第105話

「街道で魔物に襲われただと!?」


 ケータの報告を聞いて、ファナさんが焦った声を出した。


 ファナさんの話によると、そういう事は全く無い訳じゃないと言う。だけどそれは、空飛ぶ魔物だったため対応が遅れたとか、魔物の数が多く防衛網を突破されたとか理由があってのことで、魔物の存在を把握すらしていなかった今回の事件とは一線を画すみたい。


「何処から侵入されたか分からなければ対応も取れない。王都に連絡して、国中の警戒が必要になるかもしれない…」


 私たちが思ってた以上にファナさんの反応が深刻だった。でも言われてみれば確かにそうかも…。安全と思ってた場所が、安全ではなくなったのかもしれないんだから…


 私たちは今、ファナさんの屋敷の応接室にいる。いつもの書斎じゃないのはベルさんがいるからだろうか?リンスがここに案内したのだ。


「あの、ベルさんたちの荷馬車を、泉にそのまま置いてきてしまったんだけど…」


「ああ勿論分かっているよ、ケータ殿。後で人を出して回収させよう」


 ファナさんの言葉を聞いて、ケータはホッと一安心したみたいだった。


「あの…私はこれから、どうなるのでしょうか?」


 ベルさんがおずおずと申し訳なさそうに質問する。


「クマン行きの商隊に合流出来るように、こちらで取り計らおう。商隊が見つかるまで日数がかかるかもしれないが、構わないか?」


「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」


 ベルさんがファナさんに深々と頭を下げる。


「あの…その際は、ケータ様に護衛を頼みたいのですが…」


「そうだな、皆が良ければ別に構わないが?」


「はい、ベルさんはボクが必ず護ります!」


 ケータが即答した。私たちは「え?」と困惑する。


「ちょっとケータ、相談も無しに勝手に…」


「皆んなが嫌なら、ボクだけでも行くよ」


 ケータが無表情で私を見つめる。その顔を見て、カッと頭に血が上った。


「イヤとは言ってないでしょ!」


「ケータくん変だよ、どうしたの?」


 サトコが不安そうにケータを見た。


「変?どこが?」


 ケータが不思議そうな顔をした。


「護衛を頼まれたんだから、最後までやるのが普通だろ?」


「それは、そうだけど…」


 サトコが言葉に詰まる。それから哀しそうな瞳で私を見てきた。そんな瞳で訴えられても、私にも分かんないよ…


「やっぱりケータお兄ちゃん変です!」


 ルーが目一杯声を張り上げた。「フーフー」と荒い息を吐いてる。


「ルー…」


 ケータが困ったような顔をした。それからファナさんの方を見る。


「ボク、どこか変ですかね?」


「ええ?うーん…」


 ファナさんが珍しく困った顔をした。こんな状況じゃなかったら「してやったり!」とガッツポーズでもしたいところなんだけど…


「すみません!私がわがままを言ったばかりに…今の話は無かったことにしてください」


 ベルさんが私たちに深々と頭を下げた。急に罪悪感が芽生える。


「あ、別に嫌って訳じゃないんですよ…」


 なんだか私たちの方が悪者みたい。サトコとルーの方を確認すると、同じ顔になってる。自分たちでもちゃんと自覚してる。これは完全に、私たちの自分勝手な「嫉妬」だ。


 なんだかモヤモヤは晴れないけど、それをベルさんにぶつけるのは何だか違う気がする。今のベルさんは、心の平穏を失ってるだけなんだ…


「分かりました。護衛の話、引き受けます」


 私は力なく頷いた。サトコとルーから小さな溜め息が聞こえてくる。分かるけど、仕方がないでしょ!


「本当ですか!ありがとうございます」


 まるで花びらでも舞うかのような笑顔が、ベルさんの顔にパッと咲いた。


 クッソー、この人ホント綺麗な女性ひとだなぁ…

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