第35話

 ボクたちはカリューの背に乗り、湖に向けて空を移動していた。いつも通り目立たないように、サイズは10分の1に縮小している。


 ファナの話だと危険な魔物らしいので、ルーには残ってもらって家のことをお願いしてきた。


 ルーはちょっと残念そうにしてたけど、聞き分けが良くてとても助かる。


「見えてきたぞ、サトコ」


 カリューの声に誘われて、ボクたちは下の様子を伺った。緑豊かな森に囲まれた大きな湖が目に入る。


 しかし、なんだ?湖の水面が白くて水面ぽくない。


 そしてその湖の中心あたりに、銀色の毛並みの何かが、丸くなって眠っていた。


「銀狼…だな」


 カリューが呟く。


「銀狼?」


 先頭に座っているサトコが、カリューの首筋に触れながら尋ねた。


「雪と氷を操る魔物だ」


「じゃああの湖、凍ってるの?」


 サトコが驚いて声を張り上げた。気持ちは分かる。あの湖、結構なデカさだぞ!


「大型魔核を創り出せる魔族が、まだ生き残っていたのだな」


「そのこと、なんだけど…」


 カリューの言葉を聞いてハルカが疑問を投げかけた。


「異界の門は、結局どうなったの?」


「勇者の死とともに消滅した。故に、永い年月をかけて人間どもが戦争に勝利した」


「魔族は増えないの?」


「偶然だが、母体となる存在がこちらに流れて来なかったからな」


「な、なるほど」


「とはいえ魔族は長命だ。老衰などというものに期待はしない方がいい」


「な、なるほどー…」


 ハルカは渇いた笑いを浮かべていた。


「なあカリュー。お前アイツを抑え込めないか?」


 魔物とはいえ、あれ程強力な存在、サトコのスキルで仲間に出来ないものか。


「戦えば勝つが、手加減は出来んぞ」


 それを聞いて、尚更欲しくなった。


「だったら、力の差が開けばいいんだろ?」


 ボクはスマホをクイっと持ち上げた。


   ~~~


 カリューは森の外側から進入し、木々の合間を器用にすり抜けて飛んでいく。やがて森の切れ目に近付くと、ゆっくりと着地した。


 ボクは自分とハルカとサトコを原寸大に戻すと、念のため木の陰に姿を隠す。ハルカも「聖女」を発動させた。


 そこから湖の中心にカメラを向けるが、遠くて何も映らない。ボクはピンチアウトで拡大を繰り返す。すると、銀狼の姿をフレームに捉えた。機能ではなく流石スキルということか。これだけ拡大を繰り返しても、銀狼の姿が綺麗に映る。


 その時銀狼が上体を起こし、ボクの方を真っ直ぐに見据えた。カメラ越しに目線が合う。


 気付かれた?


 一瞬焦ったが、落ち着いてシャッターをタップする。流石は大型魔核クラスということか。気付かれるとは思わなかったが、これで準備は整った。


「カリュー、お願い」


「心得た」


 サトコがカリューを送り出す。カリューが銀狼の上空に着いたころに、ボクはカリューを原寸大に戻した。


 銀狼は前傾姿勢をとり、カリューを威嚇する。体長はカリューの半分くらいで、5、6メートルはありそうだ。


 その時、銀狼の頭上に雪が渦巻き、氷柱つららのような氷の槍を3本創り出した。カリューもブレスの準備に入る。


「頼むぞ、カリュー」


 ボクは銀狼のサイズを10分の1に縮小した。同時にカリューがブレスを噴く。あたりの氷が一瞬で水蒸気へと昇華して湯気が吹き上がった。


 銀狼により創り出された3本の槍は、放たれることなく消滅していく。それからカリューが、ザブンと湖に飛び込んだ。湯気のせいでよく分からないが、銀狼が湖に沈んだのだろう。


 しばらくしてボクらの元に戻ってきたカリューが、口から「ペッ」と何かを吐き出した。


 それは、5、60センチメートル程の小型犬のような銀狼の姿だった。

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