第12話

「私からも良いでしょうか?」


 私は右手を挙げた。


「よいぞ」


「恵太と一緒に居られるようにしてください」


「ケータ?」


 女王が首を傾げた。すかさずアリスがフォローを入れる。


「あ、聖女さまのご兄妹です。規定外スキルでして…」


 規定外スキル?ちょっとイヤな感じのするワードが出てきた。


「あの、規定外スキルだと、何なんですか?」


「通例だと、毒の霧にて即時処分じゃな」


「は?」


 毒の霧…?毒ガス!


 そうか、だからあそこは地下だったんだ!私は目眩がした。しかも、処分?つまり、殺すの?


 私の頭の中で何かが弾けた。


「そんなことをしてみなさい。私がアナタたちを殺すわよ!」


 私は今までの人生で一番キレた。この時私は一体どんな顔をしていたのだろうか。女王がこちらに壮絶な笑顔を向けていたのだ。


「そのことですが、お母さま。別段危険なスキルとは思えませんでした」


「どういう意味じゃ?まさか、使用したのか!」


「いえ、起動させただけです!」


 アリスが強い口調で反論した。


「私は今回の召喚にあたり、勇者のスキルについて三賢者と共に調べ直しました」


 三賢者…て、もしかして、あの老人たち?


「勇者のスキルには、起動と使用の二段階があり、起動だけではスキルの効果は出ないと分かったのです」


「た、例えそうだとしても、今回も大丈夫という確証はなかった筈じゃ!」


「そ、それは…」


「お主は国民全員の生命を天秤にかけたのじゃ、分かっておるのか!」


 女王に痛いところを突かれてアリスは押し黙った。


 今までは「異界の門」のような悲劇を繰り返さないために、過去の慣例から「安全」と思われるスキル以外は処分していたのだろう。向こうの事情もあるだろうが、極論を言えば「駒」扱いだ。


 私は誤解していた。


 この世界で唯一、アリスだけが転生者わたしたちの味方だったんだ。


「ちょっと、良いですか?」


 春日翔が珍しく、強めの口調で言った。


「正直俺は、俺の目的のためにここにいる。あなた方の戦争なんかに付き合う義理は全く無い。しかしそちらが先に生命を賭けたのなら話は別だ」


 春日翔はアリスの方に顔を向けた。


「俺は、アリスさまのためなら戦いますよ」


 やだ、コイツ、格好いい!


 なんて思う訳はないけど、春日翔にこういう思考回路があったことに、ちょっと驚きを隠せない。


 だけどアリスの胸には刺さっちゃったみたい。たぶん、さっきのお辞儀事件から繋がってるんだろーな。今までは「姫、姫」ともてはやす人しか周りに居なかっただろーから。


 そしてこれは、厄介払いの良いチャンス。やっと私にも風が吹き始めた。


 だけど今は、恵太の問題をなんとかしないと。


「戦ってくれるなら、理由はなんでも良い」


 女王がさらりと事も無げに言った。え?それって親公認てこと?


「お、お母さま!」


 アリスは女王に反論するが、その表情は満更でもなさそうだ。


「それと、恵太のスキルを使った使わないの話は今さら無駄ですよね。大事なのは『この国の役に立つのか』ではないのですか?」


「……そうじゃな」


 女王は頷いた。


「では、あの部隊に従軍させよう」


「お母さま、それは!」


「話は終わりじゃ、アリス。皆を連れて退出するがよい」


   ~~~


 半ば強引に部屋を追い出された私たちは、もと来た廊下を戻っていた。


「ごめんなさい、ハルカ。結果は変えられないかもしれない」


 アリスが突然、頭を下げた。


「ど、どういうこと?」


「ボーダー連峰を越えてきた火竜の討伐なのです」


 火竜とは、またファンタジーな。


「討伐目標を伏せたまま、重罪を犯した犯罪者たちを恩赦を餌に送り込むことになっています」


「え?」


 なんだかイヤな予感しかしない。


「普通の人間は竜にはとても勝てません。少しでも良心の痛まない生け贄を送り込んで、満足して魔界に帰ってもらおうとしているのよ」


「うそ!?」


 私は無意識に駆けだした。大階段を降り、玄関から飛び出した時、目の前を馬車が通過した。その横を通り過ぎ、螺旋階段を降りて地下室へ辿り着く。


「恵太!」


 私は勢いよく扉を開けたが、そこにはもう誰もいなかった。

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