魔族ラズエルの登場

『天眼』


 剣の道を進む者は達人マスターに近づくにつれ『心眼』と言われる技術スキルを有する。


相対した相手に対して、肉眼では捉えれないもの――――仮に目を閉じても相手の動きが読める。


 剣聖 カエリが有するのは『心眼』からの発展した『天眼』


 読み取った相手の情報量。それがカエリに力量の差を伝えてくる。


「こやつ――――ワシよりも強い」

 

 カエリの言葉は、その場にいるトールとトウタクは絶句する。


 その様子を魔族は愉快そうに眺める


「さすが、剣聖と言ったところね。私の実力をわかるなんて」


「……お主の名は?」


「はい? これから死ぬのに必要かしら?」


「こらから死ぬのに殺す者の名前を知りたがるのが不思議かのう?」 


「ずいぶんと気分をよくさせてくれるじゃない。負けた後の命乞いまで考えて、こっちのテンションを上げてくれちゃってるわけ?」


「ふっ……そう思ってくれても構わんよ」


「あらあら、それじゃ気合い入れて言わなきゃね。柄にもなくな名乗り口上ってのを――――


 やーやー我こそは、魔王四天王にて最強 ラズエル・ドンデッドなるぞ」


 それに対してカエリの反応は「うむ」と短いものだった。


人界への斥候として来た魔族ラズエル。天眼の技術から読み取ったその戦闘能力は、かつての魔王戦争で戦った魔王本人に匹敵するもの。


(全盛期で互角。今の老いた体では敗北必死。ならば……)


 ここで死ぬにしても僅かでも強者の情報を残し、僅かでも怪我を負わせ戦力を削る。


 それから――――


「あら? 王女さまを逃がすための時間稼ぎは終わりかしら?」


「――――ッ!? 見破っておったか。ならばなぜ?」


「確かに。ここで王女さまを仕止めたら人界へのダメージは大きいでしょう。でもね……首印を取って評価が大きいのは剣聖カエリの首よ」


「そうか……ならば行かせてもらう」


『ソリット流剣術 獄炎龍の舞い』


 その技は剛の剣と言われるソリット流を具現化させる技。


 基本にして奥義に等しい技ではあるが――――


 それをラズエルに放ったのはカエリではなかった。


「なぜ逃げぬ!」とカエリの叫ぶ声。 


 ラズエルに剣を向けたのはトールだった。


 トールは連撃の斬撃を繰り出しながら、


「父上の言う通り、俺は剣の才がないのかもしれません。けど……だから、ここで命を燃やすは父上ではなく俺でいい!」


「……トール!?」


 しかし、トールの斬撃に対して魔族ラズエルは素手で捌く。


 素手には魔力が宿っている。 まるで拳闘術ボクシングのグローブのように拳を保護して、それでトールの剣撃を捌き、弾いているのだ。


「うん、筋がいいわね。それに闘志が技のキレを上乗せさせている」


 ラズエルの防御にトールの剣は届かない。それどころか――――


「――――このタイミングね」


 これまで剛力で剣を弾いていたラズエルから力が抜ける。 


 トールの剣に逆らわず、流すように回避。


 結果、トールは攻撃の最中に大きくバランスを崩す。


 無防備になったその胸にラズエルの拳撃が叩き込まれ――――


「そうはさせぬ」とカエリは折れた剣で技を繰り出した。


『煉獄龍 攻勢の一撃』


 不意を突かれたラズエルの防御が間に合わない。 


 直撃。


 凄まじい打撃音を鳴らしてラズエルは壁に衝突。そのまま大穴を開けて外まで吹き飛ばされていった。


「勘違いするなトール。確かにお主には剣の才がない。だが、それでありながらも技を磨き続け、およそ常人が到達できる場所にたどり着いておる」

 

「……では、どうして?」


「だからこそ、我がソリット流の理合を理解すれば、誰もが天才のように戦える。それを体現したお主を――――やはり、誰よりも、かわいいから戦場に立たせたくはなかった。だが、それも難しいようじゃ」


 カエリの視線は鋭く光った。そして、その先に人影が現れる。


「あら美しい。親子愛の美談なんて魔族じゃ聞けないからね。でも、まぁ……痛いから許さないわ」


 ラズエル、胸を打たれても致命傷にならず。それどころか、圧力が増していく。


「次は本気で行くわよ」


「トール……剣を。それと離れておけ」とカエリは自身の折れた剣を投げ捨て、トールから受け取った剣を構え直す。


 決着は――――その直後だった。

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