魔族の敵襲

「……」とカエリは無言。彼の言葉を待ってか? 


 レナ王女もトウタク将軍も言葉を発せない。


 しばらく無言の時間が支配する。 最初に耐えきれなくなったのは


「カエリ……レナ王女の御前だぞ! いつまでも黙っているには無礼であろう」


「構いませんよ、トウタク」


「はい、いえ、しかし……」


「私たちはカエリに死地に行くよう頼んでいるです。簡単に決めることはできることではありません」


「しかし……だったらお前の息子はどうだ?」


「え?」とトールは自分のを呼ばれ驚いた。


 この場に同室を許されていること自体、不思議に思っていたのだった。


 カエリは一度、トールを見ると深いため息をついた。それから――――


「うむ……残念ながら我が息子はまだ未熟。それにおよそ、剣の才というものを持たずに生まれてきました」


「――――ッ!? ち、父上……」とトール。


 トールは父を尊敬していた。 その父から才がないと断じられるのは初めて。


 それも客人を前に…… 自分でも信じられないほどに衝撃。


 それはまるで、羞恥心に叩きのめされるようで……


「いいえカエリ、それは違います」


 レナ王女は大きく声を張り上げた。 それに追随したのはトウタク将軍だった。


「カエリ、お前の息子はワシが、いや我が精鋭をもって敗北必死だった魔犬を相手取り、意図も簡単に薙ぎ払って見せた。あの姿は若きお主を思い出したわ」


「なに? 魔犬を……ここら辺で魔物が出現することでも希――――」


 言葉を止めたカエリの目に鋭さが宿った。


「トウタク!」


「わかっておるわ!」と既にトウタク将軍は王女を庇うように動いていた。


 トールは何が起きたのかわからず反応が遅れる。


 カエリに突き飛ばされる。そのまま地面を転がり、立ち上がると――――


 爆音。


 

 いや、何かが落下したのだ。


 落下地点にはモクモクと白い煙が立ち上ぼっている。


 見上げれば天井には大穴が開いていた。


「いや、そんなのことよりもみんなは!」とトールは周囲を見渡す。


 どうやら、怪我人もいないようだった。けど――――


「けど、これは攻撃? 一体、なにが、どういう攻撃が?」


「油断した順番に死ぬぞトール。もう――――来る!」とカエリの声。


 それが正しい事を証明するかのように白煙の中、何かが蠢く。

 

「うん、人界の調査なんてつまらない任務と思ったら、スックラの王女さまに剣聖カエリ……凄い当たりを引いた気分だ」


 特徴的な薄紫の皮膚。 そして、黒い羽。


 それだけで、何者か? 容易に正体がわかる。


「魔族っ!? こんな辺境まで潜り込んでくるとは、あり得ん!」


「あら? 貴方はスックラのトウタク将軍。王女と剣聖には劣るけど超がつく大物に違いないわね」


「……」とトウタクは腰に帯びた剣を抜く。


「いい判断ね。戦う恰好だけ見せて、撤退を最優先している。部下たちも飛び込んでこないのは、そういう訓練をしているから。けどね――――」


 疾い。 魔族が突き出す貫手はトウタク将軍の胸を貫いて――――


 「いや、させない!」とトール。


 ギリギリ間に合う。抜き身の剣によって魔族の手刀はトウタクの胸から弾かれた。


 「見事だ。ご子息」とトウタクが動く。


 思わぬタイミングで攻撃を弾かれ、体が膠着した魔族。 


 がら空きになった瞬間を逃すトウタクではなかった。


「チョイサあぁ!」と気合の叫びと同時に一太刀を浴びせる。


「手ごたえはあり……しかし」とすぐに間合いから離脱したトウタクは自身の剣を見る。


「上位魔族の血液は鉄すら溶かすと聞いて半信半疑だったが」


 1切りで腐食した剣。 もう二振りと持たないだろう。


「流石、ただの人でありながら将軍に成り上がった者。 勝ち負けの機微をわかっている。私が弱き魔族だったら、今ので死んでましたね」


 胸から腰にかけて、血液が零れ落ちている。 しかし、その量は少ない。


 剣をも溶かす血液が、致命傷を避けたのだ。


「さて、こうしている間に剣聖は、王女を逃しましたか。油断も隙もない」


 いつの間にか道場内から王女の姿は消えていた。 


 魔族が言う通りだった。


 今のやり取りの時間。極めて短時間でカエリはレナ王女は外に連れ出し、そして戻ってきている。


「……トール、トウタクも逃げよ。こやつ――――ワシよりも強い」


  


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る