第124話 スックラ王女 レナ・デ・スックラ(?)

 魔犬。


 犬は人類の相棒というならば、魔犬は――――


「ほう……私の使い魔を随分と簡単に葬りさりましたね。なるほど、あれが剣聖 カエリ・トールの力……」


 トールたちと魔犬との戦い。 


 そこから離れた場所で呟く男がいた。明らかかに人間と違う風貌……魔族だ。


 「ん? カエリとは若い……もしや別人か。やはり、人間の年齢は分からぬ」


 「ふふふ……」と愉快そうに笑う。


 「私にも運が巡ってきましたかね? 亜人どもとの戦争中に、辺境で斥候の真似事などとは嘆きましたが……」


 魔族は、遠く離れた戦地に思いを馳せすると……


「あの方は、一体どれほど深く世界を読み解いていられるか……恐ろしい」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「やれやれ、それで?」と魔犬を倒したばかりのトールは近くの兵士に尋ねた。


「あ、あぁ、助太刀を感謝する。我らの主に代わって礼を……」


「……いや、そうじゃなくて」


「?」

 

 何を言いたいのか? 困惑の表情を浮かべる兵士。 すると――――


「怪我をした彼は、大丈夫よ。 今、馬車や中で治療を受けているわ」

 

 馬車から女性が降りてきた。


 貴人。そう呼ぶのが相応しい女性。


 そうトールが思った瞬間、彼の全身は衝撃に包まれた。


 (な……この感覚。まるで真剣を構えた父上を前にした圧力。それでいて違っている。なにが? なにもかもが……)

 

 そんな思考を止めるように「待たれよ」と兵士。


「貴殿は、我等が恩人。しかし、この道中は密命を受けた極秘の旅で」


「問題ない。察しはいい方だ。今日、俺は

あんたたちと会ってない。魔犬も見ていたい。それでいい――――」


「いいえ、ダメです」と貴人が兵を止める。


「例え密命の最中であったとしても、恩を返さないのはスックラ王室の沽券に関わります」


「スックラ? あんたら王室の人間なのか?」


「―――仕方がありませんなぁ。我々はスックラ王室を護衛する者だ。そしてこの方はスックラの王女、であらせられる」


「私たちはソリット村のおられる剣聖 カエリ・ソリット様を訪ねる旅の途中です」


「カエリ」とトールは天を仰ぎながら


「父上だ」と短く答えた。


「なんと!」と驚く兵士に対して王女レナは微笑みながら、


「ねっ? 恩ある方には恩を返せば、運命は答えてくれるのですよ、将軍」


「将軍?」とトールが見たのは、今まで話していた兵士だった。


 王女が彼を将軍と呼ぶのであれば、彼は本物の軍属の最高指導者となる。


「うむ」と兵士は居心地が悪そうに頷き、


「ワシの名前はトウタク。 スックラの将軍」 


「第一次魔王戦争の英雄の1人……」


「あぁ、貴殿から、そう呼ばれるとむず痒いものがある…… お主の父親とは肩を並べて戦場を駆けた腐れ縁じゃよ」


 トールは驚く。 父は第一次魔王戦争の話をしたがらない。


 彼等が住む場所も辺境とあって、カエリ・ソリットの活躍がどのようなものだったのか? 正確にトールは知らない。


 ただ……時折、道場に人が訪ねてきて、


「剣聖 カエリ様から一手御指南を」と戦いを望む。


 道場破りにしては、道場主に深い敬意を持ち、最後には満足したように頭を下げて帰っていく。

 

 そういう者たちの中に、剣聖の息子としてトールを面白がって接する者も少なくはなかった。


 トールの知る剣聖カエリ像は、父親を尊敬する者たちから伝え聞いた者……


 日常から外れた実戦においての父親 剣聖カエリの本当の姿をトールは知らない。


 そんな思いを胸に、彼等を、スックラ王室一行を自宅兼道場へ案内を申し出ていた。


 そして、トールも同室(?)を許された。


「――――こんな辺境の地に王女自ら」と絶句する父親をトールは初めて見た。


「自宅は手狭ゆえ、このような道場に王女さまを通す無礼を許してください」


「剣士に取って道場は聖域でしょうに、私こそ道場に入っても良いのかしら?」


「これは、お戯れを」


「うふふふ……変わらないわね、カエリ」


「はい、レナ王女も美しさが変わりなく」


「あらあら、剣聖は社交辞令を覚えたのかしら?」


「いつまでも傍若無人とはいきませんね。――――あぁ、先ほどの言葉は本心です」


「さて――――本題と行きましょうか」とレナ王女の雰囲気が変わった。


 何か、重大な話が始まる事をトールは、まだ若輩なりに理解した。


「剣聖と謳われた剣の神技……再び、スックラのために振るってはいただけませんか?」


 王女、自らの申し出。それを断れる人間はいない。……そのはずだがカエリは、


「……」と無言ながら渋る様子を見せた。


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