第55話 水面の怪物 その真なる正体は―――

 教会。


 治安が良くない場所にある。 貧困街……スラム街と言っても良いだろう。


 貧する弱者ほど信仰心の薄い事を証明するようにボロく人通りが少ない。


「囲め」とブレイク男爵は短く命じた。 しかし――――


「お待ちを」とコリンが止めた。


「なんだ?」とブレイク男爵は耳を傾けた。 これは、本来あり得ない事だ。


 コリンも貴族の出とは言え、家を継ぐ長男ではない。まして看守など、ブレイク男爵に取って存在しないような男。


 それを短時間で、ここまでの信頼関係をどうやって?

 

「あの教会は堅固な城と見た方がよろしいかと……」


「ほう? 私とは違う意見だ。 城と言うならば城壁……平凡な壁すらないように私には見えるが?」


「いいえ、この城を落とす方法は一つです。 ハイド・アトキンを倒すのみ……残念ながら彼に取って壁は視界を遮る邪魔者に過ぎません」


「……なるほど、一理ある。 つまり、闇雲に包囲陣を敷けば――――」


「薄くなった兵をハイドは単騎で食い破るでしょう」


「うむ……ならば、我らが取るべき戦法は?」


「籠城戦です」とコリンは断言した。


「スックラの狂信者バーサーカーとて、食事も睡眠も取らず3日も戦い続けれるはずもありません。加えて、トール及びレナ姫が援軍に戻ってきたら……好機」


「うむ、面白い。ならば陣形は、どう組み立てる?」


「……」と少し考えて「最も勤勉な兵と最も怠惰な兵の2人組をお作りください」


「うむ? 面白そうだ。続けたまえ」


「一定の間隔で2人組を警邏として教会周辺を巡回させます。もしもハイドが兵を襲えば、すぐさま後発の警邏によって奇襲が発覚します」


「果たして、そううまく行かね? 包囲せぬ籠城攻めなど……」


「大丈夫です。奴が単騎で出て、もしも逃走を計ろうとしても――――私が仕留めます」


 コリンには自信でみなぎっていた。


 手に入れた不死鳥と天使の力。 コリンは人間を越えている。


 あのハイドと一騎打ちをしても、そうそう負けない。


 長引けば、他の兵がハイドを囲い込む。 長期戦……籠城戦こそ、コリンが新たに力を有した肉体に真価を発揮する。


 「……」とそんな様子を教会の屋上で観察する影。


 スックラの狂信者バーサーカー ハイド・アトキンだった。


「懐かしい戦火の匂いですね。まだ、私に荒ぶる心が残っていたとは……」


 ハイドは堪えきれない笑い。 


 日も落ち、空に星。 月明かりが降り注ぐ中、彼は猛り狂う直前だった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「これが俺の船だ」とハーマン。


 紹介された船は――――


「思っていたよりも普通の船だ」とトール。


「そうね。とんでもない形の船が出てくると、少し期待してたけど」とグリア。


「お二人とも失礼ですよ」


「おぉ、筋に……お嬢さんは礼儀正しいな」


「……? 今、私の事を自然に筋肉って呼ぼうとしませんでしたか?」とジト目のレナ。


「はっはっは……細かい事をきにしちゃ海の男にゃなれんてよ」


「私は海の男になりたいわけはないのですが……それに女の子ですから!」


「ほれ」とハーマンは、木の棒をレナに渡した。


「えっと? 何ですか、これ?」


「何って櫂だよ。オールって言ったらわかるかい」


「船を漕ぐ……こんなに大きいですね。あれ? なんで私にだけ渡したのですか?」


「そりゃ、この中で一番漕ぎ手に相応しいのは――――」


「え?」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「ど、どうして私が漕ぎ手なんですか!」とレナは叫びながらも真面目に櫂を動かした。


「オイラの見込んだとおりだ。あのお嬢さん、船のエンジンとしては化け物クラスだぜ」


 ハーマンの言う通り、船は嵐の中を出港する。


 レナの腕力によって、加速した船は大きな波を貫く。


 加えて聖樹の効果があり、嵐の影響が少ない。


「しかし、この速度を維持するならレナの体力が尽きるのも早いだろう。俺も漕ぎ手に――――」


「いや、止めておいたほうがいい。海を進む船はコイツだけだ。だったら、奴が――――白鯨がすぐ襲い来るって決まってら! オタクら2人は銛を手にして、少しでも慣れておけ」


 ハーマンは銛をトールとグリアに手渡す。 思っていたよりもずっしりとした重み。


 そして――――


「きやがった! 気配がするぞ!」


 ハーマンは銛を構え水面に目を凝らす。 彼には嵐で狂う海の中まで見えるのだろうか?


 一投……今だ姿を現せない白鯨に向けて銛を投擲した。


 「手ごたえは――――ある!」


 銛。 ただ投げて、突き刺した程度では大きな効果はない。


 しかし、銛につけられたウキが水面に浮かび、白鯨の動きがわかる。


「オタクらも……早く投擲しろ!」


 その声に背中を押され、トールもグリアも銛を放つ。


「よし、刺さった。 まだだ……まだ、弱らせて……いや、水面から出てくるぞ!」


 跳ねた。 その巨体が水面から飛びだして、全身を明らかにした。


 しかし、それは白鯨ではなかった。


「これは……巨大な鮫? しまった! コイツの正体は!」


 驚愕する。


 水面から飛びだした巨大な鮫は宙に浮かび、トールたちを威嚇する。


 そして、ハーマンの絶叫。


「コイツの正体は――――


 竜巻鮫シャークトルネードだ!」

      

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