第54話 聖樹の船 一方、その頃……

「俺の計画は単純だわさ。嵐の中、船を走られて銛で打つ……おい、筋肉の」


「……」


「……レナ? 呼んでいるぞ」


「レナちゃん、どうしたの?」


「!?」とレナは左右の2人を見た。


「わ、私の事ですか? 筋肉って呼ばないでください!」


「そうか……お嬢ちゃん。 回復術士だろ? この家に何か感じとらないか?」


「家に? あっ!?」とレナは驚く。


「この素材……聖樹? 海から流れて来た物だけで!?」


「あぁ、オイラが集めた。ここは、船の材料のあまりで作った家だ」


「聖樹で作られた船ですか! そ、そんな物があれば、確かに魔物が起こした嵐を無効化できる……はずです!」


「それじゃ船はもう完成しているのか?」とトール。


「察しがいいな。船はあるなら、なぜ3か月も白鯨狩りに行かないのかって事だろ?」


「あぁ」とトールは頷く。


「人手が足りなかった。漕刑囚でもほしいくらいだ」


 漕刑囚とは、その字のとおりに船を漕ぐ刑罰を受けている囚人の事だ。


 まさか、トールが脱獄犯と見破ったわけでもあるまいが……


 「まぁ、お前等が手伝ってくれるなら、問題はないわなぁ」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


一方、その頃……中央都市


 ざわ…… ざわ……


 冒険者たちは騒めきを隠せない。 武装した一団が道を歩き……冒険者ギルドの前で制止している。


「これは一体、何事ですか!」とギルド長リリアが飛び出してきた。


「我はブレイク男爵。この冒険者ギルドに逃亡者 トール・ソリットが潜伏していると情報を得た。 そうそうに引き渡せ!」


「冒険者ギルドは、独立機関でもあります! たとえ貴族相手でも、そのような権限はないはずです」


「愚かな。権限がないだと! 逃亡者を捕らえる事が、このブレイク男爵が王から与えられた権限そのもの! 貴様は、我らが王に逆らうか!?」


「いいえ、そもそも、私たちギルドは冒険者個人に何かを強要する事はありません。それに王の名前を出すというのは、その責任を1人で負う覚悟はおありですか!」


「無論、あるとも! 全ての責任は我にあり! そもそも語るに落ちたり……貴様の言は全てトール・ソリットが冒険者ギルドに所属している事を前提としたもの! 知って匿うならば―――貴様も同罪!」


「――――ッ!」とリリアが睨み返す。


 今にもブレイク男爵の部下たち、100人の猟犬部隊がリリアを捕らえようと、じり…… じり……と間合いを縮めてくる。


 しかし―――― 


「待たれよ! 我が名はカイル……冒険者ギルドの末席に名を連なる者として――――義によってギルド長を守護いたす!」


「――――ッ! 中央の冒険者騎士カイルか」と苦虫を噛んだようにブレイク男爵は顔を歪める。


 さらにカイルの声に呼応するように複数の冒険者たちがリリアを守るように前にでる。


 一触即発状態。


 しかし、ブレイク男爵を含めた彼の部下。 冒険者たちも、ある疑問が脳裏を過ぎる。


(この地を代表する冒険者カイル……なんでメイド服を着ているんだ?)


 両勢力、互いに睨み合い……時たま視線をカイルの服装に向けながら……


「ブレイク男爵、ブレイク男爵……」と近づき、耳元に囁く男。 看守のコリン・G・ハートだ。


「……なんだ。空気を読め」


「火急ゆえ失礼を。トールが潜伏していたと思われる教会を発見いたしました」


「うむ、ここで冒険者どもと衝突するよりも、奴の根城を攻め落とすか?」


 従来の貴族なら、ここで矜持を選択する。 自身にたてつく冒険者たちを蹂躙しようとするだろう。……それが可能かどうかは、無視して。


 だが、ブレイク男爵は無能ではない。 むしろ、有能な部類。


 ここで冒険者たちを戦闘を行うリスク。 それを避ける柔軟さを持ち合わせていた。


「ギルド長! ここでの戦闘は多くの死者が予想される。それは我らとて望む所ではない。 明日、我を代表者として互いに言葉を交わそうぞ!」


 それだけ言い残し、ブレイク男爵は背を向けた。


 冒険者たちは、それを勝利と捉え歓声が沸く。


 それを背後に受けて、ブレイク男爵と猟犬部隊は馬を急がせる。


 目指すは教会。


 トール・ソリットと並ぶ重要人物……ハイド・アトキンを落とすために……  


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