第27話 狂気と暗殺者

「殺せ! 殺せ! 殺せよ? トール・ソリット!」


「なんだ……お前? お前は、俺……なのか?」


「おっ? ようやく俺の声が聞こえたか。そうだぜ? 俺はお前だ。お前が切り捨てた部分だ」


「俺が切り捨てた?」


「あぁ、そうさ。 お前が捨てた復讐心が俺なのか。気づかなかったのか? 10年間もあんな場所に閉じ込められていて……まさか、お前――――


 自分が正常なんて思っちゃいないよな?」


「――――っ!?」


「そうさ、お前は狂ってるんだぜ? だから、俺が復讐鬼の部分を肩代わりしてやってるんだ」


「俺は……復讐をしたいのか? 一体、何に? 誰に?」


「はん!」と鼻で笑うような声がした。それから


「決まっている。全てじゃないか? この国も! 貴族も! 王も! 看守たちだって――――いや、ハイド神父やレナ姫……アイツ等がいなければ……俺は自由だった。そう思わなかったって本当に言えるか?」


「俺は……俺は……」


「だから殺せ。分からせてやれよ? 俺を捕まえようとしても、もう遅いって事をな!」


(殺せ! ――――せ! ――――せ!) 


急激に声が遠ざかっていく。 目前には、今も逃げようとしている看守の後ろ姿が見える。


「どうした? 正体がバレたんだぞ? アイツを逃がすと、本格的な追手が来るぜ?」


「……うるさい」


「おいおい相棒? やっぱり正気を失ったままのかい?」


「……うるさい」


「良いじゃないか? 今更……戦争で魔族を何人殺した? レナ姫を逃がすのに追手を何人? 今も魔物を殺してきたばかりじゃないか」


「……うるさい」


「殺せよ。人を殺さないって誓いでも立てたか? でも、魔物は平然と殺すんだろ? 人と魔物……ついでに魔族の3つ。違いがあるかい? 同じ命じゃないか? 平等に――――生命を慈しみながら――――やっぱり殺せよ! なぁ!」


「うるさいって言ってるだろが!」


 トールは叫ぶ。 自覚した、内なる負の部分を追い払うように――――


 だが、その隙に看守は逃亡を開始していた。 もう追いつけない。


「ちっ……やっぱり、お前ダメだわ。 いつか、お前の体を貰って、お前の理想通りに――――殺し尽くしてやるから、安心しな」 


 再び声が遠ざかっていくのを感じた。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「やった! やったぜ! 俺は生き延びた!」


看守は走った。 背後には、おぞましいトール・ソリットの姿はいない。


「あのトール・ソリットの居場所を掴んだ。 大出世だ! 大逆転だ! 俺を見下した連中を、俺を馬鹿にしてきた連中を!」


 歓喜……だが狂気を秘めた喜びを振りまいて、看守は町を走り抜けていた。


 もしも、彼が正常な判断が可能ならば、すぐさま公的機関に逃げ込み助けを求めるべきだった。


 そうすれば――――


 息を切らしながら、ようやく足を止めた看守。 


 乱れた呼吸、もう走れない。


 「あん?」と違和感に気づく。 何か、どこか左腕がおかしい。


 既に暗くなった周囲。 看守は月明りで確かめるように左腕を上げた。


 これはもしもの話だが―――― 有能な暗殺者は、いきなり心臓を狙わない。


 まずは左腕を刺す。 鮮やかな技と手口で、暗殺対象に気づかれぬように刺す。


 そうすれば、対象は痛みではなく、違和感を覚える。


 そして、その違和感の正体を確認するために左腕を上げて、無防備な心臓を晒す事になるのだ。


 「これは……血!? 刺されていた? 誰が、いつの間に!」と動揺する看守も、当然ながら心臓が無防備となる。


 この時、注意しなければならないのは、心臓を狙って左胸を真っすぐ刺してはならないという事だ。


 普通の人間が思っているよりも心臓の位置は体の中心に近い。


 だから、左胸から刺す時は角度をつけて、斜めに刺すのだ。


 「がっ……」と暗殺者に左胸を刺された看守。その肉体から力が失われていく。


「もちろん、人間は左胸を突き刺されると死にます。胸には肺がありますからね。 呼吸器官に穴が開いて血が流れ込むと……地上で溺れるようなものと想像するだけで苦しそうなので私はしません。見ていて可哀そうなので」


 そう言うながら暗殺者は、動かなくなった看守の体を軽く押した。


 その背後には川が流れている。 


「まぁ、運が良くても溺れ死ぬでしょうが」と暗殺者は、看守が川に落ちていくのを確かめた。


「やれやれ……助かりましたね。人気のない場所まで走ってくれて。流石に目撃者がいたら簡単に暗殺はできませんからね」 


恐ろしい事に、暗殺者の服装は――――聖職者のもの。


しかも、彼は、この町で教会を運営している本物の神父だ。


彼はかつて亡国スックラで、それなりの立場にいた聖職者。


名前はハイド神父。 聖職者でありながら、教団の暗部を司る者。


――――いや、正確には教会の暗部を司っていた者か、と過去形になる。


「しかし――――」と彼は少し困った顔をした。


「トールさまには、なんて説明したら良いかな? そのまま看守だった男は始末しました! なんて言い難いですし……」


人を殺した後ですら、どこか飄々ひょうひょうとした雰囲気を纏い、夜の街へ消えていった。 

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