第26話 狂気の看守 そして狂気は、もう1つ
薄暗くなっているとは言え、まだ夕方の時間帯。 人影も皆無とは言えない。
離れた位置から様子を窺う人もいる。
(目撃者も関係なし。しかも、他人の家に潜んで奇襲をしかけてきた……コイツ、壊れているのか?)
看守はゲラゲラと笑い、抜き身の剣を向けている。
「俺はお前を捕まえて出世をする。 やがて兄を追い出して、俺が当主になるんだ」
彼にも、彼を追い立てる何か理由があるのだろう。
ブツブツと他者には意味の分からない事を呟きながら、間合いを縮めてくる。
トールは剣による追撃を考え、杖を確認する。 いや――――
(あくまで魔導士として戦うか。 剣技を見せれば、脱獄犯トール・ソリットとして言い逃れできないかもしれない……)
ポツポツと雨が落ちてくる。 夕立……すぐに土砂降りに変わった。
「ひゃっひゃっひゃっ……天まで俺の味方だ。 お前の逃亡生活も終わりだぞ、トール・ソリット!」
看守は手をかざすと―――― 『
魔力によって大量の水が放出された。
威力は、それほどでもない。 だが、トールは回避する。
(この魔法……そうか。牢で俺を担当していた看守だったのか)
この時、初めてトールは看守の顔を思い出した。
牢獄から月に一度、外に出る日。魔物狩りの時にトールに放水していた男だ。
「ちくしょう! ガキが、なんで避けるんだよ!」
看守は狂ったように魔法の乱射を続けた。
(無茶苦茶を言う。俺も魔法で――――あっ!)
そこでトールは気づいた。 魔法は使えない。
トールの魔法は、その高すぎる威力のため市内地で使用するわけにはいかない。
周辺の建物を簡単に破壊してしまう。 住民に怪我人……あるいは死者が出てしまうかもしれない。
(やはり、ここは――――剣で行かせてもらう!)
手にした杖をカチッと音が出る位置まで手元を捻る。
杖に仕込まれた剣が解放される。
「あははははは……なんだそりゃ! 俺に、俺様に剣を向けるか!」
『
看守は、この魔法に自信があった。 魔法は、威力が評価の対象になりやすい。
しかし、看守が使う『水球』は、威力を重視したものではない。
水圧による敵の制圧。 さらに粘着性のある水分で相手の動きを阻害する。
看守という職業ならば、その有効性は秀でたもので評価の対象になる。
それが――――
『ソリット流剣術 魔法龍の舞い』
トールの剣が魔法を切断した。
「なっ……剣で魔法を切断した? 待てよお前……その顔は」
明らかな動揺。
(しかし、魔法を切り払っただけで、そこまで動揺するのか?)
「まさか! その顔は……本物のトール・ソリットなのか!」
「むっ? 何を言っている?」と言いながらトールも気づいた。
すっかりと薄暗くなった周辺。 加えて雨に濡れたトールの髪は白銀の色を失い、普段よりも濃い色に見えるようになっていた。
「間違いない……その黒い瞳は!」
それにしては看守の反応はおかしい。 本物のトールだと思っているから襲撃をしかけてきたのではないのか? では、その反応は――――
「あぁ、お前……俺が本物のトール・ソリットとか、どうでもよかったのか。たまたま同じ名前の奴だったから……それだけお前にとっては襲うに値する理由か!」
その怒りを向けられ、「ひぃ」を看守は後ずさる。
「思え返してみれば……冒険者ギルドでのお前の理不尽な振る舞い」
言いがかりでしかない理由で、罵詈雑言を繰り返してた看守。
「あれらの目的は――――ただの八つ当たりだったのか」
そして、今――――ただの八つ当たりで新人魔導士であるトール・ソリットを――――脱獄犯 トール・ソリットと同姓同名の別人だと思っていながら、殺そうと襲い掛かってきたのだ。
「だ、黙れ! お前に何がわかる! 俺は……例え別人でもトール・ソリットを捕まえれば……そうだ、まだ遅くない。お前さえ捕まえれば猟犬部隊の隊長だってなれる」
再び看守はトールに向けて手をかざし、魔法を発動させる。
『
だが、あっさりと切り落とされた。
「ち、近づくな! 俺に近づくんじゃない!」
『水球』の連続使用。 だが、トールには当たらない。
「なぜ……なぜ、俺の魔法が通じない!」
「……なぜって」とトールは呆れた顔をしながら近寄っていく。
「本来、切り札である魔法を、俺に何度見せた? 牢であれだけ頻繁に見せてたら簡単に捌けるようになる」
「――――っ!」と口をぱくぱくとさせる看守。 彼にとって魔法は、彼を形成する
「うぅ……うぅ……うっぎぁあああああああああああああああ!?」
まるで精神が崩壊したかのように叫び出す。そのまま敵であるトールに背を向けて逃亡を開始し始めた。
「逃がすか!(ここで逃がすわけにはいかない!)」
だが、無防備な背中を斬るのに躊躇する。 今も隠れて様子を窺っている他者の目もある。
(いや、それが理由ではない。 ここで、コイツを殺すという事は――――)
だが、その時――――奇妙な声が聞こえて来た。
(――――せ! ――――せ!)
「誰だ!」とトールは驚く。
自身の近くから聞こえる声。しかし、その存在には気配とがなかったからだ。
彼は気づいた。 その声は自分の口から発せられていた事に。
そして、その言葉の意味を理解した。
(殺せ! 殺せ! 殺せよ? トール・ソリット!)
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