第28話 幕間 ある人物へのインタビュー
しがない吟遊詩人である私に大きなチャンスが紛れ込んできた。
なんでもブレイク男爵の周辺で大きな動きがあるらしい。
ブレイク男爵と言えば、政治犯など罪人の入獄。 牢獄の管理を司っている貴族だ。
公式に存在を否定されているが―――― 猟犬部隊といわれる秘密組織なんてものを保有していると噂もある。
どうやら、大捕り物が近々起きるらしい。 その情報を掴んだ私は、ある人物に接触した。
昼間の茶屋。 知り合いのマスターに特別貸し切りにしてもらっている。
ドアが開く音。 上部につけられた鐘が高い音を鳴らす。
「こちらです。ようこそ、おいでなされました……A(仮名)さん」
Aさんは男爵家で働く
「あの……こういった事は初めてなので」
「ご心配なく、顔も名前も非公開です。 貴方の安全は我々が保証します」
私の背後に組織などいない。しかし、これは嘘ではなく情報提供者を安心させるための方便だ。
「では、早速……男爵家で起きている事は?」
「はい、私はその日――――」
―――ブレイク家―――
「あら、ちょうど良いわ。 貴方、別宅にお茶を持ってきてくれないかしら?」
広い庭。 1つ作業を終えた
ブレイク男爵のご息女であるグリア・フォン・ブレイク。グリアお嬢様です。
「はい、かしこまりました」
「よろしくね」と彼女は別宅に入って行った。
この別宅と言うのは、最近できたもので、ブレイク家の敷地内でグリアお嬢さまが業務を行うために作られた専門の建物になるそうです。
私たちメイドでも入館を許されるのは、珍しい事でした。
これは私たちの間での噂なのですが――――
従者は声の音量を下げ、吟遊詩人にだけ聞こえるように言った。
「どうやら、監獄から咎人が脱走したらしいです」
そこで、
私はお茶をご用意して、お届けにまいりました。
その時、不思議な事が来ました。 その別宅に近づくと、徐々にですが気温が高くなっていくのです。
信じられないかもしれません。
情熱。熱意。熱血……様々な表現はありますが、本当に人間は熱を発するのです。
それほどまでに、お嬢さまは、何かに向かっている。 そういう予感がドアの向こうから感じられましたね。
私は覚悟を決め、ドアを叩いてノックをすると――――
「いいわよ。入って」とお嬢様の声。
幸いにも、ドアに触って火傷をするなんて事はありませんでしたが……
「失礼します」と礼を1つして中に入ると――――
「――――」と私は絶句しました。
そして、同時に理解しました。 ブレイク家で流れている噂は本当なのだと……
「え?」と吟遊詩人の言葉を聞き返す。
「本当とはどういう意味? ですか?」と詩人に指摘されたメイドは少し考えて――――
「全てです。どうやら脱獄犯がいる事。猟犬部隊の存在。それから、お嬢様が 脱獄犯の捕縛に全権を持っている事。
「どうして、そう思ったのか? それを説明するのは凄く難しいですね」と彼女は前置きをして――――
「建物の中は、広い伽藍洞の空間。 仮眠用のベットが1つだけでした。 それから、ある人物の資料が大量にありました」
詩人から挟まれたある言葉。
彼女は頷き肯定する。
「はい、どうやらトール・ソリットという人物らしいですね。資料は名前が書かれていました。 壁には、その人の絵が大量に張られていました。
「そうです、貴方も知ってると思います。咎人は入獄される時、魔法の道具によって容姿を瞬時に模写されるそうですが――――おそらくは10年分の絵が壁一面に張られているのです」
それを想像した吟遊詩人は、グリア嬢の執念を感じで「ゴクリ」と喉を鳴らした。
「加えて、トール・ソリットの等身大と思える精巧な人形がベットの横に5体もありました。 どうやら寝る直前まで、その咎人の観察をしていたようです」
「――――っ!」と絶句する詩人をどう思ったのか? メイドは興奮したように続ける。
「貴方にもわかるでしょ? お嬢様の強い強い意思を――――必ず、この男を捕まえてやると覚悟を!」
詩人が何度も頷くのを見て、メイドは納得したようだった。
きっと、この出来事を誰かに言いたかったのだろう。
そしてメイドは、こう言った。
「でも、お嬢様は、よくわからない事を言ったのです。 どういう意味の比喩だったのでしょうか?」
詩人は「それは? なんと言っていましたか?」と最後に質問した。
「ようやく私の物にできそうですね。トール・ソリット……私と結婚しなさい。たしか、そう言っていました」
「あ、ありがとうございます」と2人は別れ、メイドは屋敷に帰っていき、詩人は椅子に座ったまま動けずにいた。
知っての通り、吟遊詩人という仕事は英雄譚を曲にして各地を回る事だ。
だから、彼もトール・ソリットが何者か? 何をした人物なのか?
通常の者より遥かに詳しかった。 だから――――
「歌にできるわきゃねぇだろが!」
突然、立ち上がり店のテーブルに拳を叩きつける。 何度も、何度も……拳が赤く染まっても止まらない。
「あの英雄、トール・ソリットが脱獄! それをブレイク男爵の1人娘が恋した……いや、話を聞く限り完全に色に狂っちまってる! 誰が信じる! 誰が信じるんだよ!」
詩人の慟哭……彼は虚しく叫ぶ。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
同時刻 ブレイク家。
「はい? 休暇中の看守が行方不明になった? それがどうかしましたか?」
グリアは、部下である部隊長からの報告に首を捻った。
「それが、トールを追っていた例の看守でして……」
「あぁ、あの……精神的におかしくなって、トールさまを単独で追うとか非効率な事を言い出した人ですね」
「それが、消息を途絶えたの中央部都市です」
お茶に手を伸ばしていたグリアの動きがピタリと止まった。
「中央部都市……たしか、トール・ソリットと同姓同名の魔導士が現れた場所ですね。優先度は低いと判断して、ギルドへの調査だけですませていましたが……」
「はい、これは推測ですが――――その人物は脱獄犯と無関係ではないのでは」
「良いでしょう。貴方の進言を理解しました。 私が直接……中央部都市の冒険者ギルドへ監査へ向かうとしましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます