第12話 男爵の悩み グリアの暴走?
「あの時の少女はお前だったのか?」と トールは言うわけにいかなかった。
自身の正体が逃亡犯であるトール・ソリット本人である事を認めてしまえば……
それは、彼女すら当事者として巻き込んでしまう。だから、トールの選択は――――
「……」と沈黙で返すのみでしかない。けれども――――
「はい、あの少女が私、カイル・セルティでした」とまるでトールの心を読んだように彼女は微笑んだ。
「命の借り。それをいつか、貴方にお返ししようとして……いつの間にか道を誤ってしまいました」
トールは聞いていた。 彼女が有能新人を無理やり勧誘していた理由。
理由そのものは、所属していたパーティが解散したため、新しいパーティを作るため……単純な動機。
では、どうして、それまでのパーティが解散したのか? 重要なのはその理由。
(厳し過ぎたから…… 高すぎる理想に誰もついてこれなかった)
手段を択ばず、誰よりも高みを目指した少女。 その原風景が自分にあるとしたら―――― トールは、そう考えさず得なかった。
「それも、今は昔の話です。 貴方が帰還した今、私は貴方に忠義を尽くしましょう」
その姿は、まるで王に忠誠を誓う騎士のそのもの。たとえ、今はメイド姿であれ、それを馬鹿にする者はいないだろう。
だが、その忠義をトールは簡単に受け取る事はできない。
「もしも……」と彼は小さな声で呟く。
「はい?」
「もしも、俺がトール・ソリットとは別人……ただの同姓同名だとしたら?」
「構いません」と彼女は力強く言う。
「貴方が別人だとしても、その剣技はトールさまそのもの……ならば、どこかで彼と貴方は繋がっているのでしょ。私には、それだけで忠義を尽くす理由になります」
「――――ッ!」とトールは息を飲む。 彼女は危うい。
だから、こそ――――
「俺は、君の望むトール・ソリットであると名乗り上げる事はできない。けれども、君の忠義に答えよう」
カイルは深く頭を下げ「ありがとうございます」と感謝を述べた。
そんな時だった。
「いやぁ、トールくんにメイドを跪かせる趣味があったなんて知らなかったよ」
「――――ハイド神父。どこから見ていたんだ?」
「どこか、過去に俺との接点が~ の辺りからでしょうか」
「最初からじゃないか!」
「いやいや、思い出話に浸っているご両人に話しかけるほど、野暮じゃありませんよ。ねっ? レナさま」
「えっ! いや、私は最初から聞いていたわけでは……き、聞き耳なんて恥ずかしい真似をしていたわけでは……」
神父の影から顔を真っ赤に染めたレナが現れた。
「やれやれ」と騒がしくなってきた様子にため息をついたトール。それから――――
「あれ? 他にも女の子を魔物から助けた事があったような……」
記憶をたぐり寄せようとするも、途中で諦めたトールだった。
その一方――――
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「へッ……クシュン」と可愛らしいクシャミをした少女がいた。
「大丈夫か? グリア」と彼女の父親 ブレイク男爵は訪ねる。
「え、えぇ……最近は、少し寒いので」と彼女――――グリア・フォン・ブレイクは答えた。
「あの男が逃亡してから、お前にも心配をかけるな」
「いえ、そんな事はありません」
「……」と彼女の思いを知る父親は、なんとも言えない表情に変わった。
「それで、貴様ら猟犬部隊を用しておきながら、なんの手掛かりもないとはどういう事だ?」
さっきまで娘に向けていた優しさと困惑は消し、部下たちに激高した表情を見せた男爵。
「これがあの男……国王陛下に知れたらどうなると思っている!」
「も、申し訳ございません」と隊長格の男は頭を下げた。
しかし、それで男爵の怒りが消えるはずもない。
「あの男は、熱狂的なトール支援者。10年前は幼王だからこそ……
今、権力を振り回したら……いかん! いかんぞ!」
ギロリと部下たちに視線を向け――――
「貴様ら、何をしている……報告がないなら、すぐさま探索を続けよ!」
怒号が飛び、部下たちは急いで部屋を後にした。
「お父様……大丈夫ですか?」
「グリア……本当は、お前もわかっているだろ? あの男が自由になった時の最悪の展開が」
「はい」と頷くも彼女も、またトールの熱狂的支持者である。 父親の心労を理解していない。だが、次の父親は言葉には――――
「最悪の展開は、レナ・デ・スックラと結婚すことだ」
――― ミシッ ―――
何かが軋むような音は男爵の耳まで届かなかった。
「いや、本物でもなくていい。どこぞの女をレナ姫に仕立て上げればいい。さすれば、トールは我が国が有する旧スックラ領の統治を王から任せられる」
そんな彼女の異変に気付かず男爵は、自身の不安を吐露するのだ。
「ならば、旧スックラ領を分割支配する他国はどうであろう?
加えて旧スックラ国民どもは、トールの支配地域に移動する。人も、物流も、金も……」
男爵は拳を机に叩きこむ。 戦争になっては先陣に立つべき貴族としての膂力は机を叩き割った。
「いかんぞ! 独立……スックラ国が蘇れば、我が国がそれを最初に認めれば……最悪、他国との戦争になりかねん」
興奮のあまり両肩で息をする男爵に娘であるグリアは――――
「ご安心ください父上……私自らが指揮を出し、必ず阻止してみせましょう」
そんな娘の発言。 本来ならば、それを許さぬ父親であるが――――
今は正常な精神状態ではなかった。
「おぉ! そうか! お前にも貴族としての責務が芽生えたか。ならば、お前に任せよう」
「はい……必ず」とグリア。
その後に続く――――
「必ずトールさまの結婚は阻止します」
という声は父親に聞こえなかった。
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