第10話 元イケメン騎士 カイルの過去 前編
パタパタと忙しそうに駆け回っておるメイドさん。
こんなボロ教会に、そこまで忙しい仕事があるのか? と疑問に思うトールだったが……
彼女の名前はカイル。 男性でも、女性でも通じる名前だ。
「――――いや、そんな事よりも、どこまで俺に気づいているのか確かめないとな」
彼女は、俺が見せた剣技を見て、かつての俺――――トール・ソリットだと断言していた。
「どこか、過去に俺との接点があったのか? それも剣を通じて?」
「う~ん」と10年前に出会った強者たちの顔を思い出す。
しかし、該当する人物に思い当たらない。 そもそも、10年前なら彼女も子供のはず……
「いや、年齢は知らないけどな!」
そんな自己ツッコミも終わらせ、トールはカイルに近づく。
「なぁ……」
「はい! 何か御用でしょうか! トール・ソリットさま!」
まるで軍隊のように背筋を伸ばして挨拶するカイル。
その目はキラキラと光っているように見える。 隠しきれてない憧れへの視線。
「あの……さま付けをするのはどうしてなんだ?」
「はい? みなさん、そう呼んでますよね? レナさまもハイドさまも……トールさまって?」
「ん~ そうか? いや、確かにそうだったな。 話を変えよう。俺を見てどう思う?」
「はい? トールさまはトールさまじゃないですか?」
「……いや、そうじゃなくて! 昔、俺と会った事あるか?」
「はい、ありますよ! あれは10年前の事でした」
「!?(やはり、10年前……脱獄犯として気づいてる!)」
「私は、10才にも満たない子供でした。 ある日、母が病気になり、父は薬草を取りに出かけたのです。しかし、父は夜になっても帰ってきませんでした」
「……」
「いえ、父の本業は剣士です。魔物に後れを取る事はありません。しかし、日頃は近づかぬ森へ入り迷ってしまったのでしょう。 苦しむ母を見て、私は真夜中の森に走り出したのです」
「……(そうか。思い出してきたぞ)」
カイルがする10年前の話。トールもまた、当時の事を思い出していた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「お母さん大丈夫だからね。絶対、お父さんが薬草を取ってきてくれるからね!」
少女はベッドに横たわる母親を励ますしかできなかった。
母親は高熱。 熱冷ましの薬は、すでに尽きている。
少女は、母親が意識を失って、どれくらいの時間が立ったのか? 確かめるように窓から外を覗く。
すでに太陽の恩賞は途絶え、夜の帳が下りている。 しかし、父親は近くの森にいったきり、帰ってこない。 朝に出て、昼には帰ってくるはずだったのに……
「うっ……うぅ……」と意識を失っている母親は、呻くような声を漏らす。
もうこれ以上、待ってはいられない。 夜の森で、灯りの準備をしていない父親は、薬草を手にしても朝まで戻ってこれないだろう。
そう判断した少女は、ランプを手にして家を――――その前に、
「お母さん、待っててね。 お父さんと帰ってくるから」と少女は母親に声をかけてから家を飛び出した。
恐怖。 日中と夜では行きなれた道が別物のように見える。
少女の家、その周辺には民家など存在していない。
だから、手にしたランプだけが頼り。 それを頼りに森への道を走り抜けていく。
そして森の入り口。 ここで少女は初めて現実と対面する。
どこからともなく聞こえてくる獣の咆哮――――いや、あれは断じて獣などではない。
もっと恐ろしい物だと、幼い彼女でも本能が訴えかけてくる。
(嗚呼―――どうして私は、もっと誰かに助けを……どんなに遠くても駆けて行けば、誰かの家にたどり着いたはずなのに――――)
今からでも、そうしよう。 少女は後ろに下がり……
ガサガサ…… ガサガサ……
「ひぃ!」と漏れた悲鳴。慌てて、自分の口を押えても、もう遅い。
何の音? 決まっている。魔物がすぐ近くで獲物を狙って草むらに隠れているのだ。
(助けて! お父さん! お母さん! 神様!)
そんな少女の祈りは、果たして神様に届いたかどうか?
それはわからないが、運は彼女に味方したようだ。
「ん~? 子供? どうしてこんな時間に、こんな場所へ?」
「え?」と少女が閉じていた瞳を開くと、目前には男性が……それも冒険者らしき男が立っていた。
男は少女の視線を合わせるためにしゃがみ込み。怖がらせないように優しく、
「どうした? 迷子か? 家は……どっちだ?」
「お、お母さんが病気で、それでお父さんが薬草を……でも、帰ってこなくて」
たどたどしい少女の説明。 それを「うんうん」と相槌を交えて聞く冒険者。
やがて聞き終えると冒険者は立ち上がり、森の方を見る。
「まいったなぁ。周辺住民にも魔素の影響が出ているか。 俺は森に入れないが……いや、待てよ。もしも中にこの子の父親がいるとしたら、因果律が通っている? この子となら……」
冒険者は難しい言葉を使った。 少女には意味がわからなかった。
どうやら、それは独り言のようだ。
「この中は危険がいっぱいだ。でも、俺と一緒なら安全は保障する……どうする? 母親と父親を助けたいか?」
少女は怖かった。 昼間には姿を見せない魔物。 それを想像するだけで少女の脚は震える。
しかし、冒険者が差し出した手。 それを強く握りしめると――――
少しだけ恐怖は薄れて行った。 そんな気がした。
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