第9話 トールの魔法 『火矢』

 イケメン騎士は、一気に間合いを潰す。


 接近戦こそ、魔導士殺しの鉄則。


 トールが杖で剣戟を受ける動作が見える。


 「笑止!」と剣を振るう。 何も殺すのが目的ではない。 


 その杖を切断。  呪文の威力を減退化させた魔導士など、怖がるに値しない。


 そう思い振るった剣であったが――――彼にとっては予想外の金属音が響いた。


「―――何!? 仕込み杖? いや、鞘側ですら金属のような強度だと!」


「その通りだ!」とトールは動きが止まったイケメン騎士に蹴りを放つ。


 蹴り剥がすような打撃に両者は間合いが広がる。


 すかさず、手をかざしたトールが無詠唱で魔法を発動させる。


火矢ファイアアロー


 魔力によって具現化された炎の矢が飛翔していく。


「対人戦闘において、前衛のいない魔導士の魔法なんぞ、剣士が喰らうか!」


 放たれた魔法の矢は、あっけなく薙ぎ払われた。


 イケメン騎士の剣技によって軌道は変わり、彼の背後へ飛ぶ。


「命までは取らないが、死ぬほど後悔させてやる!」


 そのまま振り上げた剣をトールへ向かって――――


 振り降ろす直前、彼の背後で爆発が起きた。


 イケメン騎士は浮遊感に襲われる。そのまま前のめりに倒れると、衝撃に背中を押され地面を転がった。


「何が、起きた……くッ!? 目が……目がぁ……爆破音と閃光で鼓膜と目がやられた……だと!?」


「あれが俺の『火矢ファイアアロー』だ。お前の仲間たちも、助太刀する間もなく爆発に巻き込まれ倒れている。どうする続けるか?」


いつの間にか背後にはトール。 


「なっ! なんて常識外れな威力を――――化け物め!」


そんな悪態をつくイケメン騎士の首筋に冷たい物があたる。


抜き身の刃という事を理解した騎士は――――


「クっ! 殺せ!」


「いや、暴力で人を支配しようとした罰は重いが……命を差し出すほどの覚悟なら、他に方法もあっただろう」


「黙れ! 貴様が何を知る! 俺はただ、俺の知る英雄のようになりたかった……それを前の仲間たちは、ついて来れなかった。 だから、俺は――――」


「あきれた奴だ。 優れた仲間が揃えば、憧れに近づけると思っていたのか?」


「俺に、俺に! 憐憫をかけるか!」と一瞬の隙をついて、トールの剣から逃れる。


 それから、再び対峙した両者。 イケメン騎士は怒りに我を忘れたように剣を振るう。 しかし――――


『ソリット流剣術 破龍の舞い』 


 トールの剣戟が煌めく。 抜き身の刃ではなく、杖による打撃。


 不規則な剣の舞い。 それでいて、一撃一撃に込められた威力は大きく、並みの剣や盾なら容易に破壊する。


 つまり―――― 武器破壊及び武器破壊の剣技。


 剣の腕前なら一流のイケメン剣士。だが、五感のうち、視力と聴覚を奪われているためだろうか? 


 その剣技を持ってすらも直撃を免れるのが精一杯だった。 それに――――


「――――こんな、馬鹿な! この剣筋は! この技は! まさか! まさか! まさか! お前は! 貴方様は、本物のトール・ソリットさま!」


「ぬっ!」と突然に名を呼ばれたため、手加減を忘れた一撃がイケメン騎士に入った。 

 

 彼の体は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。  


「いかん! つい手加減を怠って……ふっ、生きているか。打った場所が胴でなければ殺していたところだった。 こいつ……かつての俺を知っているのか?」


 駆け寄ったトールは、防具が砕け散ったイケメン騎士の胸に耳を当て、心音を確かめながら言う。


「しかし、こやつ……鍛え抜かれているわりには胸筋が……柔らかい。まるで女のように……いや、女性だったか」


「さて、どうしたものか?」とトールはレナの方を見た。 女性であるなら、解放はレナに任せた方が、後々になって波風が立たないと感じたからだ。

 

 なにより、彼女の本職は回復術士。


 しかし、彼女が「トールさま……」とふらふらと歩いていた。その目は焦点が合わず、ぐるぐると回っている。


「すいません。耳と目が効かず、暫くお役に立てません」


「いや、それは俺もすまなかった。とりあえず、こいつらを縛って、依頼を――――」


 トールは薬草群を見る……いや、正確には薬草群だった場所だ。


 地面は大きく抉られ、今も小さな火が所々で燻っている。


 再開冒険者のトール・ソリット。初依頼『薬草狩り』は未達成で終わった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 ―――翌日―――


「さて、昨日は酷い目にあった。 今日こそは依頼を成功させよう」


並べられた朝食に手を伸ばしながら、レナに話しかけるトール。


「はい、今日こそは絶対に成功させましょう」と笑みを浮かべて答えるレナ。


 そんな2人にハイド神父は――――


「言い忘れてました。 今日から、奉仕活動の人が着てもらうので紹介をしたいのですが?」


「え? もう来られているのですか? こんな早い時間なのに」とレナ。


「はい、本人は凄いやる気なので、教会に泊まり込みで奉仕させてくださいと申し出なのです」


「ふ~ん」と興味なさげなトール。それから、こう続ける。


「でも、奉仕活動って事は、なんかの軽い罰則だろ? なにやらかした人なんだ? その人は?」


「はい。なんでも、冒険者をやっていて、有能な若手を無理やり引き抜こうとしたらしいです」


「ん? それって……」


「では、入ってきてください! 」


 ハイド神父に急かされて現れたのは、例のイケメン騎士だった。


 しかし、その恰好は――――


「なんで、メイド服?」


 イケメン騎士……だった彼、いや、彼女は顔を赤面させて、何も答えない。


 代わりにハイド神父は――――


「ほら、うちは教会であって修道院ではないので、ユニフォームがないのです。 だから、この機会に新調しました。 ……テヘ?」


「テヘ……じゃないわ! この似非神父め!」

 

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