第4話 若返りと協力者
夜の色は濃さを増し、天からの雨が地を濡らす。
天は逃亡者の味方をしたのか?
追手は、誰もが真摯ではない。
別に、自分1人が働かなくても、脱走者の確保に関係ない。
怠惰な憲兵は酒すら浴び、公僕の腐敗が露わになる。
だが、中には真面目な憲兵も入れば――――
ブレイク男爵が放った猟犬部隊は夜の街を走る。
「奴の身内は、この町にはいないはずだ」
「味方……協力者は皆無だとしたら、人目を避け移動している」
「あるいは、廃墟に侵入しているか?」
「この町の廃墟の数は――――」
その横を祭服を来た男が通り過ぎていく。
「……おい、止まれ」
「はい? 何か」と呼び止められた男は柔和な笑みで対応した。
「こんな時間に聖職者が買い物か? 」
「えぇ、信者に急に倒れた方がいましたので、今まで看病に」
「そうか、神に使える者は大変だな」と、どこか馬鹿にしたような口調。
「あの……何かあったのでしょうか?」
「ふん、貴様らは知らなくていい。 聖職者は神にでも祈ってろ」
「……はい、それでは失礼します」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
教会。
聖職者はドアを開け、そこで水に濡れた足跡に気づく。
「サイズは成人男性。両足を引きずるように歩いて……これは裸足ですか」
そのまま足跡をたどると、そこはドア。 木で作られた小部屋と言えばいいだろうか?
そこは懺悔室だった。
「……」と無言で中に入り、椅子に座る。
顔の見えないよう木でできた仕切りの先に誰かがいる。
聖職者は小さな声で尋ねた。
「……トール様ですか」
対面した者からコクリと頷く気配があった。
「よくぞ、ご無事で」
「あぁ、ハイド神父」とトール・ソリットは微笑んだ。
「貴方のおかげで、逃げ出す事ができました」
「いいえ、感謝しているのは私の方です。貴方のおかげ、私たちは再建の夢を失わずに生きていけてます。首は、首の様子はどうですか?」
「えぇ、貴方の教え通り、正確に魔力を流す事で首輪の効果を狂わせることができました」
咎人の脱走を防ぐための首輪。 トールの言う通り、魔力を流す事で効果を阻害できる。
ただし、それは熟練した魔導士に匹敵する魔力量と精度が必要だ。
では、本職は剣士であるトールに、それほどの魔力があるのか?
「私の予想では、倍以上の年月が必要だと計算してました。 たった10年で、その領域にたどり着けるとは――――才能と努力の賜物ですかね」
「えぇ、鎖に繋がれている間、魔力の鍛錬しかする事がありませんでしたから」とトールは照れるように笑った。
10年間。
その年月をトールは檻の中でありながら、人知れず魔力の鍛錬につぎ込んでいた。
幸いにも、ハイド神父は咎人への懺悔や説法が許されていた。
そこで、捕まる前に決めていた暗号を使い、トールに魔導士としての指導を行っていたのだ。
「ではこれを」とハイドは小瓶を仕切りの隙間からトールへ手渡す。
「これは?」
「エルフの霊薬。 それを飲めば、貴方の体は10才ほど若返ります」
「――――ッ! そんな高価な物を!」
「静かに。まだ、貴方にやってもらいたい事がたくさんあります。そのままの姿では、いずれ捕まり――――そうでなくても昼間に出歩くことすらままなりませんよ」
「……すまない」とトールは小瓶を掴み、口をつけた。
「うっ……」と胃が締め付けられるような感覚。 体の内部で、何かが暴れるように酷く痛む。
「我慢してください。 すぐに薬の効果が出て落ち着きます」
トールの肉体は高熱を発し、跳ね上がった体温によって白い湯気が登っていく。
体から力が失われていく感覚。 見上げれば天井……
「いつの間にか倒れて……」
「よかった。成功です」
「ん? ……失敗する可能性もあったのですか?」
「えっ? あはははっ……何せ、10年前に城から持ち出した秘宝の1つですから、効果が失われている可能性があったのです。いやですね、トールさん。そんな疑うような目で見ないでください」
「鏡は?」
「もう懺悔室を出ても良いでしょう。鏡は出て、右の奥にあります」
言われるままに進み、鏡を見る。 その姿は、確かに10年前に青年時代のものだった。
「髪は染めた方が良いかもしれません。 この地域で黒髪黒眼は目立つ過ぎますから」
「なんというか……神父」
「はい?」
「俺は、人生をやり直せるかな?」
「はい、トール様は我らの恩人。必ずや、貴方の門出に最大限の支援をお約束いたします」
そんな時、誰かの気配がした。 反射的に僅かな物影に姿を隠すトール。 しかし――――
「ハイド、何かありましたか?」と現れたのはまだ若い女性だった。
(服装から冒険者。 それも回復職……教会関係者か? ……いや、まてよ!)
トールの記憶に1人、よく似た人物が思い浮かんだ。
亡国の姫君 レナ・デ・スックラ
もう1度、彼女を見る。 確か、本人ならば16才くらいか?
子供ではない年頃だが、確かに面影がはっきりと残っている。
しかし、彼女はトールに気づいた様子はない。警戒するように近づいてくる。
「――――誰ですか? こんな時間に……」
「レナさま、強盗です! 追い出してください」と突然にハイド神父は言う。
「なっ!」とレナは手にしていた杖をトールへ向けた。
「……どういうつもりだ、ハイド神父?」
「はい、折角の再開です。姫がどれほどの腕前になられたか確かめるには戦ってみるのが手っ取り速いかと」
「はっはっは……コイツめ! 合理主義も行き過ぎると破滅するぞ」
「あと、トールさまが衰えていないかの確認ですね」
「よし! それなら上等だ。 よく見ておけ!」
今にも飛び掛かろうとしてくるレナにトールは構えを取った。
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