第3話 グリア・フォン・ブレイクの想い

 トール脱走が明らかになったブレイク家。


 ブレイク男爵は使用人に告げる。


 「猟犬部隊を出せ。 むろん、生死は問わぬ。 現場での指示はお前に任せる」


 「はい」と使用人は頭を深々と下げて、廊下へ消えていく。


 その入れ替わりに


「お父様!」と飛び込んできたのは娘のグリアだった。


「……立ち聞きしていたのか? 随分と行儀が悪い。淑女たるもの、そう大声を出すものではないよ」


「―――ッ!」とグリアは珍しく父親に反抗的な視線を送る。


「はぁ、グリア。お前が、あの咎人に惚れているのはわかっていた」


「お父様! それは違いま……いえ、その通りです。 認めます。認めたうえで尋ねたい事があります」


「あの男の処遇についてか?」


「はい、あの人は私が初めて魔物狩りに参加した時から前線で戦っていました。その功績、恩賞は100年を超える罪ですら許されるもの。 なのに……どうしてですか? 彼はどのような大罪人だと言うのですか?」


「うむ……お前が、初めて魔族狩りに参加した時だったな」と男爵は思い出すように語る。


「興奮して護衛から離れた。その時、魔物に襲われ、救ったのが彼、トール・ソリットだったな。 なんだ……その……あの頃から好きなのか?」


「……お父様、誤魔化そうとしていますか?」


「いいや、同じ事だよ。彼の罪は同じだ。ある少女は身を挺して助けたために決して許されぬ咎人になり果てたのだ」


「ある少女を救った? それが罪だと言うのならば、私を救ってくれた恩賞で十分では?」


「いいや、あの男は隣国スックラの姫君、レナ・デ・スックラを処刑前に解き放ったのだ」


「――――ッ!」とこれにはグリアも絶句するしかなかった。


 隣国スックラは滅んだ国だ。 かつて魔王が健在だった頃、侵略をうけたスックラは無抵抗降伏を行い、魔王の隷属となった。


 ブレイク男爵とて、それはスックラ王家が下した苦渋の選択とは理解している。


 しかし、魔王に支援を行ってまで延命したスックラは、滅ぶ運命だった。


 裏切りの大国 スックラ。 


 魔王を倒したらば、次はスッスラを討つべし! と大衆の声に後押しされた他国は、連合を組みスックラを攻め入った。


 王族の全ては捉えられ、処刑された。 少なくとも、それが事実として伝わっている。


「それを、あの男は――――レナ姫を脱出させた?」


「あぁ、彼を表に出せば、その事が……スックラの血脈が途絶えていないと世界は知るだろう。それを、それだけは防がねばならぬのだ」 


「いいえ、お父様! 彼なら、彼なら他言にするはずがありません! だから、どうか、ご慈悲を……」


「グリア……諦めなさい。 そもそも、償いを終え、牢から出たとしても、お前とは釣り合わぬ立場の人間だ」


「いいえ、いいえお父様。 彼の剣の力量をご存じでしょう!」


 これには、認める所があったのか? 男爵は「うむ……」と口をつぐむ。


「彼ならブレイク家の正規兵でも、上位の立場に成りますとも! そうして、さらなる武勲を立て続ければ、例え元咎人だとしても将の器と認めざる得ません。そうすれば――――わ、私と釣り合う立場にも……」


「なるほど」と呟く男爵。 娘の意見に賛同したわけではない。 ただ、娘がそのように夢を、憧れを持っていたのだと理解した。


 愛は盲目だ。


 まだ、幼い少女ゆえ、父親よりも愛する男を優先する。


 それに、どのような説得も無駄だ。 男爵は、そう理解している。


「よろしい。 彼の命だけは見逃そう。 ただし、抵抗して、庶民は無論……正規兵を1人とて傷つけずにいたとしたらの話だ」


「お父様! あ、ありがとうございます」


「うむ、話は以上だ」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 グリアは自室に戻る。


 朝早くからの魔物狩り。それに想い人の脱走。


 幼い彼女には、見た目以上の疲労が両肩に乗っていた。


 湯を浴び、ネグリジェに着替えるとベットに寝転がった。


(トールさま……今、どこで何をしておいででしょうか?)


「トール……さま……」


 彼女は確かめるようにトールの名前を口ずさむ。


 決して、様付けで呼んではならぬ男。 そう考えると、彼女の小さな胸は締め付けられるように感じ、僅かに呼吸も乱れる。


「んっ……トールさま……お慕いしています」


 痛いほどの胸の締め付け。


 その苦しみを和らげるように自身の手を胸に当てる。


 少女には似つかわしくない武骨な武人の手。 毎日、毎日、彼に近づきたくて剣を振るったのだ。


(私の手……きっと、トールさまも、同じような……いえ、もっと大きく荒々しく……私の体を壊してしまうのでしょう)


 少女の手はゆっくりと下へ、白く綺麗なへそを撫でまわす。


 そして、さらに――――


「んっ……あっ! あっ……ダメ!」とグリアは声を押し殺す。


 極度の興奮状態。 


 それにより、グリアの脳内物質は過剰分泌され、多幸感に彼女は抗えない。


 外に待機している使用人に聞こえぬように、ベットのシーツを口に加えて、矯声を消す。


それでも徐々に漏れていく、荒い呼吸音。


(あぁ、トールさま……もっと激しく。壊して! 私を壊して連れ去ってください!)


 グリアは動きを止める。やがて来る快楽の渦が絶頂を向かえ、


「~~~~~~~ッ!」と声にならない音を口から出した。


 事を終えたグリアは脱力した四肢を投げだし天井を見上げる。


「会いたい……いえ、愛していますトール様……」


 少女の瞳には涙が浮かんでいた。


 夜は更けていく……そのまま、疲れ果てた少女は規則正しい寝息を立てていった。

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