第5話 レナ姫とハイド神父
レナは手に杖を握っていた。
魔法使いが呪文を使う媒体として使用する杖。
しかし……木製の杖。
木刀を考えれば十分に人を殺せる凶器となる。
それをトールに向けて振る。 ――――だが、当たらない。
(うむ、躊躇がない。 余程の鍛錬を積まれたか。それとも……そうせざる得ない人生だったのか)
レナは杖による突きを繰り出す。 腰の入った、良い突きだったが――――
「あ、当たらない」と彼女は驚きの声。 それもそのはず、トールは奇妙な方法で回避したのだ。
開脚。立った状態から両足を左右に広げる事で頭部の位置が大きく下がる。
それにより、レナの突きは、トールの頭上を通過して行ったのだ。
「おのれです! 強盗のくせに奇怪な技をやりますね!」
彼女は杖を振りかざし、トールの頭部を目がけて振り下ろす。
しかし、トールは――――
「無手ソリット流剣術 土龍の舞い」
地面を回転する動きは、まるで
杖による一撃を受けるよりも早く、彼女の脚を払った。
「キャッ!」と可愛らしい声が聞こえ、彼女は転倒。 尻餅をつく。
「神父……人が悪い。 止める事はできたでしょ?」
「いやぁ、これで貴方の腕前が衰えていないか確認できましたね。すいません。それと彼女の腕前が冒険者として通用するという証拠に」
レナはてっきり強盗と勘違いしていたので、ハイド神父と和やかに談話する男の様子に困惑していた。
「冷静に観察して、強盗ではないと見破れれば合格点確実だったが……それにしても慣れていたな。ここは勘違いするほど日常的に強盗が来るのか?」
「はい、昨日も来ましたよ」とハイド神父。
「教会に押し入ろうとする奴がわんさかいるなんて……世も末だな」
「えっと……ハイド。 この御仁は?」とレナは手を上げて神父に質問した。
「姫さま……この御仁は、トールさまですよ。 我らを救い下さったトール・ソリットさまです」
「――――え? 嘘……だって、牢獄へ……」
「脱獄してきました」とトールが答えるとレナは、パクパクと口を動かし……やがて、それすら諦めて絶句するのだった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
―― 翌朝 ――
「こんな感じでどうかしら?」とレナは鏡をトールに見せた。
「うん、銀髪か……」
「あら? ご不満かしら?」
「いや、これでいい」
彼は長かった髪を切り、黒髪を銀髪へ染めた。
そして、改めて鏡を見る。
「まるで別人だなぁ」と呟いた。
「今、都で流行っている髪型です。凄くかっこよくなりましたね」
10年も投獄されていたため、流行りに疎いトール。 それ以前に、オシャレなどに興味がなかったため「うむ……」としか言えなかった。
それをどう感じたのか、レナは――――
「ご不満でしょうか?」
「いいや、ただ……」
「ただ?」
「俺の中身は少々、年を取っていましてね。こう刺激的な恰好に慣れていません」
「それではもう少し慣れてもらいませんとね。これから冒険者として復帰するのでしょ? 歳相当の恰好をしてもらわないと逆に目立ちますよ」
「復帰と言います。新しい身分、新しい名前で1からの再スタートですね。そう言えば――――」
「はい?」
「レナ姫は、どうして冒険者など危険な仕事を?」
「それは……」と言い淀む。やがて決心したかのように――――
「力がほしいからです」
「力が……」
「はい、今は非力でも、いつか私の力が必要となる日が来ると信じているのです」
その言葉にトールは、強い決心のようなものを見た。
(あぁ……彼女は、自らの国を甦らそうとしている。ならば、自分はその時に彼女の横に立っていられるように、僅かならの助力を――――)
彼も、またそう決心するのだった。
そんな時、ハイド神父がやってきた。
「おや、スッキリしましたね」
「……なんの用ですか? ハイド」とレナは少し怒って言った。
「昨晩、戦わせた事を怒って……ますよね。 トールさまからも何か言ってください。貴方も乗り気だったじゃないですか?」
「むっ……」と言い返そうとしたが、実際に乗り気だったために言い返せないトールだった。
「もう知りません!」とレナ。 どうやら、自室に戻るみたいだ。
「いやはや、嫌われてしまったね」
「自業自得だろ? それより、それは?」
「はい、トールさまのように用意しました。新しい武器です」
ハイドから手渡されえたのは杖だった。
本来は剣士のトール。脱獄のためとはいえ、魔力を磨き上げた彼は魔導士として――――
「いや、これは鉄の匂い?」
瞬時に仕掛けに気づいたトールは、手にした杖に捻りを加えて――――カチッと音が鳴る。
そうして、姿を現したのは紛れもなく白刃。
「仕込み杖か。 杖そのものも上等な物だが、内蔵されている剣も中々の業物では?」
「はい、改造するのに手間はかかりました」
「エルフの霊薬もそうだが……そういう事をしているから強盗が頻繁に来るのでは?」
「あはははは……噂になってるみたいですよ。あそこの神父は数奇者だから、価値の高い物をため込んでいるって」
「少しは自重しろ」
「なぁに、トールさまの新たな生活の餞別になるなら、強盗の1人2人……うっ!?」
「なに! どうした?」
「以前、噂になり過ぎて、強盗でも何でもない人まで10人くらいが毎週、訪ねてきてお宝を見せてくれって騒いでた頃を思い出して……」
「それはもう、教会に宝を展示して寄付を集った方がいいのでは?」
「まぁまぁ、後はこれを」
「これは?」
「魔導士としての装備です。どいつもこれも、いわくつきの一品を用意しました」
「それはありがたいが……」と手に取り、さっそく身に纏おうとした直前に手が止まった。
「はて? どうかしましたか?」とハイド神父の問いに対してトールは――――
「……呪われてないよな?」
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