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既に歩き出していた少女は、振り返って言った。
「……ゲーム? ギャンブルってこと?」
「そうだ。君が勝てたら、この百円はやるよ」
「おじさんが勝ったら?」
「お兄さんと呼びな。俺が勝ったら、寸借詐欺として警察に通報する! ……と言いたいところだけど、そうしないでやるよ。君は心を入れ替えて反省するだけでいい」
警察を呼んだところで、俺の方が妙な疑いを向けられそうだからな。現に今だって、カジノに出入りする客や警備員の一部(ごく一部だが)は、不審の目をこちらに投げ掛けている。
ただ、小学生に負け犬扱いされたままでは、俺の気が済まない。この高飛車なガキの鼻っ柱を折って、日頃の鬱憤を晴らしてやる。晴らしてやる晴らしてやる!
俺がそんな事を考えているうちに、少女の表情は怪訝なしかめっ面から、不敵な笑みに変わった。
「面白そうね。やるわ。それで? ゲームの内容は?」
「グッド……!」
俺は思わずそう言うと、百円玉を正面に向けて少女に見せ、それからすぐに手の内に隠した。
「勝負は簡単。百円玉に、ギザギザがいくつあるか、当てられれば君の勝ち。当てられなければ俺の勝ちだ!」
少女は一瞬面食らったような顔をしたが、すぐにニヤニヤ笑いだした。
「へ~え。百円玉のギザギザ……。私が答えるのは一回? お兄さんは、答えを知ってるの?」
「一回きりの勝負だ。答えは知ってる。数える必要はない。ウィキペディアに書いてあるからな。言っておくが、スマホを見るのは無しだぞ」
「私スマホ持ってないわ。そんなのなくても、この勝負は私の勝ちね。だって私、答えを知ってるもの」
「なっ!」
俺は仰天した。が、少女はいたずらっぽく声を上げて笑った。
「キャハッ! ウソよ。そんなの知るわけないじゃない。でも……、私の勝ちっていうのは、変わらないかもね……!」
少女は再び不敵な笑みで俺を見上げた。俺は思わず息を呑む。
……いやいやっ、当てられるわけがない。こんなの、エスパーでもなきゃ当てられっこない……!
「ほらっ……! どうした、お嬢さんっ? やるって言ったんだろ? 早く答えなよ……!」
「あら、せっかちね。ゲームは今、始まったばかりよ」
少女はそう言うと、肩に提げたポシェットの中から、ファンシーな筆箱とメモ帳を取り出した。
「そうね……。まず、百円玉って、直径何ミリくらいなのかしら?」
少女が鉛筆を持ちながら言った。
「は? 直径?」
「一円玉は直径2センチよね」
「っと、そうだっけ……? もっと小さそうだけど」
「何にも知らないのね。一円玉は直径2センチ。重さは1グラム。厚みは1.5ミリ。アルミニウム100パーセント。それくらい常識じゃない? ま、いいわ。一円玉が2センチで、次に小さいのが五十円。その次は五円で、次が百円、それから十円、五百円よね」
百円玉って、十円玉より小さいんだっけ。俺がそんな風に思っているのを、まるで見透かしたように少女は鼻で笑い、続いて筆箱から定規を出してじっと見つめた。
「1ミリずつくらい大きくなるのかしら? だとすると百円玉は直径23ミリ……。まあ、もう少し小さいような気もするけど、ダトウなとこね」
俺はこっそりスマホでググッた。百円玉、直径……。22.6ミリ……!
少女はメモ帳に「Φ23mm?」と書き記し、それから更に、俺の度肝を抜いた。
「これだと円周は……、72.22ミリ」
少女はそう言って数字を書き加えた。彼女はスマホも電卓も持っていないどころか、余計な数字すら書いていない。まさか、23×3.14とか暗算したのかっ?
「さて、ここからが難しいけど……。百円玉のギザギザ、さっきチラッと見た感じでも、ギザギザの幅は、1ミリはないわね。0.5ミリから1ミリの間のどこか。するとギザギザの本数は……」
俺は寒気を覚え始めていた。
「73本から144本! ……72通りか。なぁんだ。これじゃあ幅がありすぎるわね」
助かった……。けど俺だったら、その73と144から72を導くのさえ怪しい。1引くんだっけ? 足すんだっけ?
と、ここで少女は、俺の顔を覗き込むようにして見た。
「こんな勝負を仕掛けるくらいだから、ちょうど100本とか、野球ボールの縫い目と同じで108ってことはないでしょうけど、それでも70通り……。お兄さんは既に知ってるのよね? 何かヒントはないかしら?」
俺はさっき見た答えの数を思い浮かべた。
「駄目だ。ノーヒント」
「……素数かしら?」
「っ………、ノーヒント……!」
「キャハッ! 良かったわ! 素数は知ってるのね! 1とその数自身でしか割り切れない数!」
そのくらいは俺でも知ってる。けれども俺には、勇気を与えてくれないらしい。
「頭に思い浮かべたわよね? それから私が素数って言ったら、少し、けど長めに、考えたわよね! ねえ、割り切れた? 7で割り切れた? 全ての桁の数字を足して、それを3で割り切れるなら、元の数も3で割り切れるのよ? 割り切れた?」
「………うるさいっ! 答えねえよ!」
「と、言いつつ、また少し、けど長めに、考えてる。これで大体決まりね。ギザギザの数は素数。73から144までの素数は、73、79、83、……」
俺は悪魔でも相手にしてるのか? このままじゃ当てられるかもしれない。何とか手を打たなければ……。俺はスマホでググッた。何かないか……? 何か……。
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