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「えっ」
その明確な拒絶は、先程受けた暴力よりも痛かった。
「どうして、こんなこと」
「君を助けようと――」
「誰も助けてなんて言ってない!」
なんで。どうして。彼女が怒る理由がわからない。慌てて言葉を紡ぐ。
「だ、だって、久野さん泣いてるじゃないか」
「私は泣いていない!」
昨日の放課後と同じ、明らかな嘘だ。彼女の体は透けていて、それでもわかるほどに瞳は潤んでいた。
「違う、泣いていない。泣いていないの……」
彼女の声は段々と小さくなっていき、体は徐々に透明になっていく。まるで泣いている姿を隠すようで、きっとそれが理由なのだろう。彼女が透明になるのは、自分の弱さを見せたくないときなんだ。そうやって、自分の弱いところを隠して、平気な振りをして、堂々としているように振る舞う。彼女は強がりだ。どうしようない強がりだ。一人で戦って、一人で泣いて、それはとても悲しくて寂しくてつらいじゃないか。
今の彼女に必要なのは、いじめから守ってくれる人ではなく、弱さを見せられる人だ。彼女を助けるということは、僕がその人になるということだ。そのために、僕がすべきことはなんだろう。頼りない僕にできるのは多分、お手本を見せることだ。
それならできる。弱さを見せるのも、言い訳をするのも、僕は得意だ。
「僕はさ、どうしようもなく弱い人間だよ。ちょっとしたことですぐに縮こまってぶるぶる怯える臆病なオジギソウだよ」
久野さんは黙ってじっと僕を見つめている。話を聞いてくれそうだ。
「でも、そんな弱っちい僕だからさ。誰かの弱い部分を笑わないよ」
久野さんの姿はほとんど見えなくなっていた。
「弱くたっていいじゃないか。みんな弱いから手を取り合うんだよ」
久野さんが透明になってどこかへ行ってしまわないように手を握る。今度は拒否されなかった。その手を通して、久野さんの温かさや震えが伝わってくる。
「僕が君の味方になる。君と一緒に戦う。君と一緒に泣く。だから、僕の前では泣いていいんだよ」
久野さんはもう見えない。どんな表情をしているのかわからない。けれども、掴んだこの手が、目の前に彼女がいることを教えてくれる。
「一方的にやられてた癖に」
「それ、今言うの?」
ようやく発せられた一言が、久野さんらしくて苦笑してしまう。
温かいなにかが胸に飛び込んできた。制服に染みが広がり、久野さんの嗚咽が聞こえる。
「ごめん、なさい」
「謝るのは僕のほうだよ」
「それと、ありがとう」
「どういたしまして」
そうして、彼女はまた泣き出した。
明日から
でも今は、久野さんが僕の胸で泣いていることが嬉しかった。
それだけで充分だった。
サンカヨウが透明になるとき 柊八尋 @HRG8hiro
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