エピローグ
結果的にルッカは、魔力とともに、母の記憶を失った。
今は、知らない場所に居る。
ただし、断片的に覚えているらしい。幸せな母の笑顔を。それはかつて知るその母親への、何よりの罰に思えた。彼女の抱えていた罪も苦しみも、誰にも顧みられることはないのだ。
ルシィは、無事に警察をやめた。街は混乱が続いているが、彼女のいる場所に、それが押し寄せることはない。彼女は自らの使命を、小さく残る平穏を守ることだと規定した。
結局、銃は一度も撃たないままだった。だが、それこそが自分なのだと思い直した。
「……」
そうして今彼女は、友人から譲り受けた煙草屋のカウンターに座っている。相変わらず客は常連しか来ないし、経営は苦しいし、近所のガキがおもちゃだけ荒らして帰っていく。掃除だって中途半端なまま。
しかし、レジのそばにある色あせた写真にだけは、ホコリが付かないようにしている。それは、ちょっとした自慢だった。
あの人は。あの人たちは、居るべきではなかったのだろうか。はじめから、否定されるべきだったのだろうか。だとしたらここは、今ここにいる場所はなんなのだろう。どこかにいる小さな女の子とは、一体なんなのだろう。
彼女はそれを考えている。多分これからも、客を待つ間に、考え続けているだろう。
だが、それも悪くないと思えた。時間は、たっぷりあるのだ。
その日は、特段客が少なかった。夕方の段階で、店を閉めてしまおうと思った。
だが、足音が入口の前で聞こえた。
ルシィは鬱陶しそうに顔を上げて、もう今日は閉店だと伝えた。
そこで、動きを止めた。
「すいません。たばこ、売ってもらえますか」
夜の中にいるような、女の声。
そして、その傍らに、小さな足音が寄り添っていた。
ルシィはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、全てをかなぐり捨てて、駆け出した。頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
答えなど、出なくて良いのだと思った。だから、店を開けることにした。
――煙草屋は、煙草を売るものだ。求められ続ける限り。
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