#23・・・魔法少女vs雷の魔法少女⑥

 紫電を纏ったフルゴラの手足が鞭のようにしなり、降り注ぐ。

変幻自在――前後左右あらゆる場所からの殴打。視界を巡らせる。追いつかない。東洋の修羅のごとく。


 ヴァルプルギスはそれらをかわし、受け止めながら拮抗していく。だが決定的なカバーには程遠い。その電撃が、彼女の脚部を、腕を、胴を打ち据える時、彼女は耐え難い痛みを感じる。

 縦横無尽、容赦のない電撃が攻め立てる――足元が滑る。ヴァルプルギスは後方へ追いやられていく。一歩、また一歩。目の前で花火が何度もスパークして、彼女の振るう腕の軌道が光線を描いた。

 避けきれない――後方へ、後方へ。足元で死んだカラスが踏みつけられて臓物を吐き出す。

 なぜ、攻撃の予測ができないのか。簡単だ。『軌道』はわかる――だが、拳の先が見えない。透明になっている。それはメジェドの力だろう。


「くッ……」


 直接的な白兵戦となれば、向こうに分があるのは分かっている。だが、やらねばならなかった。押されながら、食いしばった歯がきしみを上げるのを感じながらも、ヴァルプルギスは向かい合い、彼女の電撃攻撃の応酬を受け止め続ける。


「ほらほら、どうしたどうしたぁ、ヴァルプルギスの夜は――そんなもんかぁッ!」


 挑発。

 ――ならば、あえて乗ろう。

 ヴァルプルギスは、彼女の足を掴んだ。一瞬だった。頭部に電撃がぶち当たり、一瞬意識が遠くなる。だが、既に掴んでいる。後は……。

 ねじりあげて、地面へと、叩きつける――。


 床でバウンドするフルゴラ。小さく呻く。そこへ、ヴァルプルギスが飛びかかり、真上から攻撃を仕掛ける。

 だが、その姿は消える。彼女の拳は虚しく拳を殴った。

 後方を振り返――らなくとも、わかる。彼女はそこにいる。フルゴラ。

 またあらわれて不意打ちだ、また電撃が来る。だが……蝙蝠になればいい。


「……」


 しかし、絶句する。一瞬が引き伸ばされる中で、彼女の中に『何故』が弾けた。

 身体が、蝙蝠に、変貌しない。

 それどころか、あらゆる生命の力が――。


 衝撃。

 ヴァルプルギスが叩きつけられる番だった。ダメージ。脳が揺さぶられ、焦げ臭い匂いとともに嘔吐する。頭をぶんぶんと振って、すぐに状況確認。フルゴラは――いない。だが、いる。

 彼女は跳ねていた。飛び回っていた。足元を見ると、幾つもの場所で水が波紋を作っていた。フルゴラは今、姿を消した状態で、自分を翻弄しながら――。


「ぐあッ――」


 ダメージを、与えるつもりなのだ。

 一撃で駄目なら、何度でも。あの日のリフレイン。それが再び。だが、何故。

 左右に打ちのめされ、ふらり、ふらり。その中で魔法を展開しようとする……だが、何も起きない。彼女の中にある力はまだ感じられるのに、蛙も、ゴキブリも、何も出てこない。一体何故だ、何が起きている。

 ……痛みが蓄積され、身体に焦げ跡が増えていく。足元の血溜まりも。何度も何度も攻撃を喰らい続け、意識が朦朧としていく。より一層『何故』が高まる。雨の轍――彼女の速度が、上がっている、上がり続けている――。

 なんだこれは、どうすればいいのだ。


 彼女は、ありったけの力を込めて、周囲に蔦を伸ばそうとした。蔦は腕から這い出てきた。

 だが、すぐにしおれて枯れ落ちて、雨の中に消えていく。蛙も、一瞬で骨になり、消えた。これは、なんだ――まるで、まるで。

 まるで――二人の間だけ、時間が加速しているかのような。


「そうか、あれこそ」


 カレルレンは、思わず立ち上がって歓喜した。

 彼には分かっていた。彼女の力を分析し、磨き上げてきたのだから、分かっていた。今何が起きているのか。


「電撃による加速――今、彼女の中に起きているのはその『極致』だ……あれは、ヴァルプルギスの力が無効化されているというわけではない。間違いない、フルゴラは、加速のその先――『時間の加速』に到達している。彼女の電撃に包囲された空間の時間が――何億倍も早まっている……」


 彼は、笑った。なんということだ。これは大穴だった、見落としだった。

 両手を広げ、雨に身体が蝕まれるのもいとわず、彼は――叫んだ。


「なんということだ、鍵となるのはヴァルプルギス、君ではなかった――フルゴラ、っ!」


 繰り返される攻撃の中で、ヴァルプルギスは一つの打開策を見つけた。賭けだった。根拠はないが、やるしかない。

 身体をかがめる。そのときにも攻撃が続くが、耐える。足元に留まっている血を掬い取る――それから、周囲にばらまく。

 雨と一緒にしみになって、周囲に反転模様を作り出す。


 それで、何かが変わったわけではなかった。

 彼女は加速し続けている。何度も自分の場所を通り過ぎて、電撃で殴打を続ける。

 ヴァルプルギスは意識を失わなかった。彼女は血のしずくを見ていた。世界から音が消えた――極限の集中。

 ……一滴の血が、揺れた。目を細めて、見る。


 次の瞬間。

 ――何かが通り過ぎて、血のしずくが一瞬にして凝固して、剥がれ落ちて消えた。


「そこだぁッ!」


 ヴァルプルギスは拳を振るった。防御魔法を纏った急場しのぎの兵装。

 だがそれは、対象を……捉えた。


「……」


 拳は、受け止められた。

 だがそこに、フルゴラが居た。姿を見せ、停止したフルゴラが。


「……やるじゃないですか」

「もう無駄よ。あなたの動きを見切る方法を見つけた」

「だったら、どうするんです」

「あなたを――倒す」

「やってみろよ、ロートルがぁッ!」


 フルゴラはもはや、加速と透明化で翻弄することをしなかった。彼女の拳は紫電を浴びて、正面からヴァルプルギスに殴りかかることを選択した。対するヴァルプルギスは、防御魔法を両拳に纏いながら迎え撃つ。あまりにも心もとない――だが、挑発は完了した。


 そこからは、血と雨の中で、ただひたすらに暴力だけが浮かび上がっていた。

 フルゴラの拳がヴァルプルギスの胴をえぐりこむと、彼女は血を噴き出す。だがそのまま、背中に腕を打ち付ける。崩れ落ちるフルゴラ。その髪をひっつかんで持ち上げる。その顔面に拳を突き入れる。歯が何本も折れて、鼻血がふきでる。たたらを踏むフルゴラ。そこに飛びかかるヴァルプルギス。さらなる拳。だがフルゴラは脱力し、かわした。


 腕を掴んでねじり、背中から回り込むようにして床に叩きつける――意趣返し。そのままのしかかり、何度も殴る、何度も、何度も。腕で防御するヴァルプルギス。それも効かない。彼女の腕はずたずたに裂け、雷撃によって火脹れが幾つも出来ていた。それらが破けて汁が流れて、雨の中に消えた。

 殴る、殴る――ヴァルプルギスはかたわらのゴキブリと蛙の死骸をまとめてひっつかんで、フルゴラの正面に投げた。彼女は一瞬翻弄され、視線を外した。そのスキを逃さない。ヴァルプルギスは上体を起こし、その反動を利用して彼女の首に蹴りを入れた。バキリ、という音。  

 妙な方向に顔が曲がったまま、フルゴラは崩れ落ちる。咆哮を上げながら立ち上がるヴァルプルギス。そのまま、うずくまる彼女を蹴りつける、蹴りつける、蹴りつける――だが、止まる。悲鳴を上げてヴァルプルギスは悶えた。フルゴラの腕の一つが、彼女の脛に、矢をそのまま突き刺していたのだ。

 倒れ込んだヴァルプルギス。立ち上がる。フルゴラ。身を左右に振るい、背中に生えていた手が千切れていき、ぼとぼと落ちていく。身軽になったフルゴラはそのままゼイゼイと息をするヴァルプルギスを引っ張り起こして、その顔面を殴った。だが受け止められる。ヴァルプルギスは力を込める。睨みつける――拳の中で、フルゴラの拳が砕ける。

 ひるまず突き出される、もう片方の腕。受け止められる、砕かれる。だがフルゴラは笑って、顔を上げる。凄惨な、血まみれの顔。放電――砕かれた拳を伝って、ヴァルプルギスの全身を雷が貫いた。彼女は悲鳴にならない悲鳴を上げながら、その場で妙に宙吊りの姿勢になって、口を開けて白目を剥いた。そのまま……糸が切れたように、膝から崩れ落ちて、倒れ込んだ。


「はは、ははははは……」


 ふらつき、それぞれの指がへし折れた拳をゆらりと揺らしながら、フルゴラはヴァルプルギスを見下ろした。


「わたしの、勝ちだ、ヴァルプ、ル……」


 言葉は途中で止まる。

 喉の奥でひゅうっと音がすると、彼女はその場で身を震わせて、背中を折り曲げながら大量に嘔吐した。殆ど透明の吐瀉物が床を、死骸たちを流していく。


 彼女の身体のあらゆる皮膚がぼこ、ぼこと泡立ち、青ざめた血管をあらわにした。

 拒絶反応である――知る由もない。もうひとりの魔法少女の力を無理やり取り込んだことによるものだ。ましてやフルゴラは、カレクと話したことがない。

 ……それを見て、ヴァルプルギスは立ち上がった。そのまま、フルゴラのもとへ。

 彼女に駆け寄り……その顔を近づける。

 無理やり、唇に口づけをした。

 それだけではない。歯で、彼女の唇に噛み付いて、出血ごと、喉に流し込んでいく。

 荒い息が間近でかかり、吐瀉物のにおいがしたが……構わなかった。手足が殴打を続けたが、ヴァルプルギスはフルゴラの血を自らの中に取り込んだ。とっさの判断だった。

 だがそれは、すぐに効いた。

 二人は、弾かれたように離れた。

 まもなく、ヴァルプルギスの体表面にも、フルゴラと同じ変化が現れた。ぼこぼこと泡立ち、拒絶反応のようなものを引き起こしたのだ。彼女はそれを、甘んじて受け入れた。

 対するフルゴラも同等だったが――困惑していた。

 ……足元に、翼が落ちた。羽毛も、爪も。

 ヴァルプルギスの身体から、その異形が剥がれ落ちていく。次々と。

 その下に隠されている、本来のヴァルプルギスの姿が見えてくる。洗い流される罪悪のように、異形がパージされていく。

 フルゴラもそうだった。急場しのぎで得た力が剥がされて、消えていく。

 彼女は逃すまいと手を伸ばしたが、無駄だった。それらは落ちて、雨の中に溶けて消滅する。

 やがて。

 二人は、かつての姿に戻った。

 血に塗れ、立っているのがやっとではあったが。

 魔法少女――ヴァルプルギスとフルゴラ、その最初の姿に。

 違うのは、ヴァルプルギスの髪は白いままであるところか。魔法杖も、今はない。


「何を、した……」

「こうするしかなかった。ゼロに戻すには」

「……せっかく、手に入れた、力を……あなたは、どこまで……」

「どこまででもよ。これが私……これが、ヴァルプルギス……」

「……はっ」


 フルゴラが力なく笑い、再び対峙が完成する。

 満身創痍の二人だった。足元には血のカーペット。完全に洗われることもなく、残っている。

 風が吹いた。雨が降っている――にらみ合う。


 駆けた。一瞬だった。

 二人は拳を振り上げて、互いの胸元をストレートに狙った。

 速度は、フルゴラのほうが速かった。残された魔法は、彼女のほうが上だった。

 だが、彼女の拳がヴァルプルギスをとらえるその一瞬、彼女の目に……光が見えた。

 それは、光の蝶だった。一瞬で枯れ落ちて消えたが、ヴァルプルギスのものだった。

 その――瞬間だけで、十分だった。視界を奪うのは。

 ヴァルプルギスの拳が、迫った。時間が緩慢になった。

 しまった、という暇もなかった。


 フルゴラの拳は、ヴァルプルギスの肩口をえぐった。

 ヴァルプルギスの拳は、フルゴラの胸を貫いて、その背中側で、かつてカレクと呼ばれた優しい少女のものであった宝玉を、たしかに握りつぶして、破壊した。



 奇しくもその状況は、コアトリクエとの決着に似ていた。

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