#22・・・魔法少女vs雷の魔法少女⑤
ヴァルプルギスとフルゴラは衝突しなかったが、新たな局面がもたらされた。
異形の魔法少女はぶつかる直前四散して無数の蝙蝠になる。同時に向かい側の相手もまた電撃と化し、大気中に散った。
そして、衝突。至るところで、それぞれがぶつかり合う。
蝙蝠、カラス、蛙、ゴキブリ。空を覆う無数の化外の民が、あらゆる場所で電撃に揉まれ、黒焦げになりながら衝突する。あたかもそれは、群衆と群衆の激突だった。空の下から見れば、化け物たちが雷の中で踊っているようにしか見えない。
だが実態は違う。二人は――それぞれの場所、それぞれの魔物に化身しながら衝突しあっているのだ。
虫から虫に、雷から雷に、何度もヴァルプルギスとフルゴラのシルエットが映し出され、消えていってはぶつかる。そのたび、空の上から黒焦げになった虫や鳥が吐き出され、地面にボトボトと落ちていく。おぞましい異臭がいっぱいに広がる――。
それを繰り返す中で、2つの光が、状況を離脱した。
フルゴラの『本体』が、高速でビルの狭間を飛行し始めたのだ。ヴァルプルギスが、追っていく。
尾を引きながら、2つの飛翔体が駆けていく。後方に化け物たちの衝突を残して、ドッグファイトが始まる。
『分身』がそれぞれ負うダメージは、その間も彼女たちに蓄積されていく。
ビルの狭間、高架の真下――道路の真上。狭間を縫うようにして駆け巡りながら、ヴァルプルギスは、フルゴラを負う。その合間も、絶え間なく血が流れていく。
「……ッ」
唇をかみしめて、ダメージに耐える。追う、彼女を追う。
ソニックブームがビルの壁面を揺らし、窓ガラスを次々とぶち破っていく。二人は、空を舞っていく。
ヴァルプルギスはフルゴラに向けて爆裂火球を差し向けて、ミサイルのように放っていく。それらは彼女に当たることなく回避され、あらぬ方向にぶち当たり爆発する。彼女はさらに先に行く。追う、追う。速い。追いつけない。彼女は完全に光の速さだ――追いつくのは至難の業。それでも追う、追わなければならない。
火球の光が何度も夜闇を照らし、その間をくぐり抜け、2つの尾がからまり、もつれ合いながら街を駆け巡っていく。
「待て、フルゴラ、待てっ」
叫んだ。手を伸ばした。
――正面にビル。フルゴラは向かって左に折れた。行こうとする。
だが、そこへ電撃。ヴァルプルギスは防御ないし回避しようとした。
攻撃は当たらなかった。てっきり外したのかと思った。一瞬立ち止まった。彼女は折れ曲がり、向こう側へと飛んでいく。
すぐに、それが彼女の目論見だと知る。
真上から轟音が響いた。
見上げると……崩落するビルの上半分が、自分に降り掛かってくるのが見えた。
影が色濃く自身を包む。視線を前にやると、フルゴラが遠くに居た。
押しつぶすつもりだ。
ビルが、落ちてくる。
「そうはいくか……そうは、いくかぁッ!!」
叫ぶ。落ちてくる――魔法陣の展開。蔦を伸ばす。何度も、何重にも。より合わさって、巨大な腕同然になる。
崩落が、止まる。超絶的な重量を、彼女の身体が感じ取る。噛み締めた奥歯が僅かに砕ける。
「何っ」
フルゴラは動揺する。
ヴァルプルギスが、落ちてきたビルを蔦で止めた。
そして、彼女が、叫ぶ瞬間を見た。
ビルの塊が、こちらに向けて投げ込まれた。視界を埋める質量。
だが、フルゴラは動揺しない。周囲に電撃をまとい、彼女はその中に突っ込んだ。
……コンクリートと鉄筋が無い混ぜになって破壊されていく。その向こう側に、穴が空いた――ヴァルプルギスが、見える。驚いた顔が一瞬見えた。フルゴラは……歓喜する。
その一瞬のち――フルゴラは、渾身の力を込めて、足に纏った紫電で、ヴァルプルギスの身体に蹴りを入れた。
彼女は、衝撃と雷撃を同時に浴びて、地面に叩きつけられた。本当の地面に。
ヴァルプルギスは身を起こす。往来の真ん中。敵を見ようとした。
だが――再び視界を覆ったもの。上空で、雷がはじけていた。
空が、落ちてくる。
轟音。
ヴァルプルギスは、破壊され、倒壊したビル数棟の下敷きになった。
◇
立ち込める黒煙を見下ろした。完全に封殺されている。思わず笑いが口の端から漏れる。
「ふふ、ふふふ……げほっ」
咳き込んで、また嘔吐した。髪の毛を掴むと、いくつかの房が抜け落ちた。
「どうですか、先輩……これが私の力。多くを、仲間すらも犠牲にして得た力――」
もう時間はない。目が、霞んできた。決着をつけるときが近づいていた。
「いい加減に、認めてください……あたしは、あんたよりも、強い……!」
だが、言葉はそこで止まる。
倒れたビルが揺れている。地震のように。ゆっくりと、持ち上がる。
「哀れな……」
暗い空間。下敷きになっている中でも聞こえた言葉。何としてでも倒さねばならない。
朦朧とする意識の中、ヴァルプルギスが、ビルの真下に出来た隙間から這い出てくる。
「そんなものに、すがって……」
異形の身体は引き裂かれ、地肌が露出し、そのはざまから絶え間なく粘性の血が流れ出ている。両手をだらりと下げて、ゾンビのように歩く。
そんな彼女の後方に、血が、幕のように追従する。
ぼこぼこと泡立ちながら、人型を作り出す。それは過去、ヴァルプルギスが出会い、別れた人々の虚像。今は死の中に居る人々。再び、彼女の後方を、影のごとく歩き始める。
ゆっくりと、手を前に――フルゴラの方向へと伸ばす。
フルゴラは我知らず戦慄し、後方に引き下がる。
血が、ゆっくりと前へ、前へ。
波打ちながら、空に伸びるスロープを形成していく。雨に打たれるたび穴が開く。苦悶を浮かべるように。
ヴァルプルギスは、ゆっくりとそこを登り始める。影達が、後ろをついてくる。
フルゴラは、塔の頂上にまで戻ってきた。
そこは一面、生物の死骸で埋め尽くされていた。鼻を突くにおい。カラスやゴキブリたちの、黒焦げになった亡骸。ゆっくりと後退すると、足元でパキッと崩れた。
そして彼女もまた到達する。血の段をのぼって、塔の頂上へ――元いた場所へ。
二人は改めて、向かい合う。
彼女たちが歩くと風が吹いて、亡骸達が吹き飛んで道を開けた。
フルゴラから見ればヴァルプルギスは満身創痍で、ろくに回復魔法も使えないありさまだった。だがそれでも――自分に分があるとは感じられなかった。歯をきしらせて、にらみつける。
「灰で出来た城の上の、気分は……どう…………」
熱に浮かされたような、朦朧とした口調で、ヴァルプルギスは問いかけた。
「だったらあんたは、永遠に彷徨い続ける宿なしだ、あたしとは違う、一緒にするなッ……逃げ続けるあんたなんかと……」
「なら……どうする」
問い。
フルゴラの中で、一瞬の時間が……何倍にもひきのばされる。
彼女は考えた。どうすればいいのか。
――答えは、あっさりと出た。
「こうして……やるのよ!」
風が吹き、雷鳴が轟いた。
彼女の姿が影絵となって、その弓の先端が、その心臓部に突き刺されたのが、はっきりと見えた。
ヴァルプルギスは絶句したが、止められなかった。
「が、あ……」
切っ先には心臓。そこから紫電が伸びて、彼女の身体を包んだ。
「ッ、ぎゃああああ、あああああああああああッ……」
叫びながら、崩れ落ちて悶え苦しむ。電撃を浴びて、彼女の身体が変化していく。
それは同じだった。ヴァルプルギスが、たどった経過と。
その姿が……変化する、変化する。
「ハァーーーーーーーーーーー……」
長い息を吐いて、変貌が完了する。
ゆっくりと立ち上がる……異形。
フルゴラであることは間違いなかった。だが、四肢の至るところに打ち込まれた釘のようなものと、背中から日輪のように広がって伸びる複数の腕が、その姿を人から逸脱させていた。痛々しい変化だった……磔刑に処されないまま放置された聖人のような。
背中の腕が弓を生成し、雷の矢をつがえる。影の中でフルゴラが指を前に示すと、それらは一斉に放たれる。
ヴァルプルギスの後方の、血の人形達に次々と命中。彼らを、足元の血溜まりに戻していく。
「フルゴラ……」
「さぁ、これでいいでしょ、先輩……」
――ヴァルプルギスは、一呼吸置いた後。
覚悟を、決める。
にらみ合う。向かい合う、異形。魔法少女の成れの果て。進化の袋小路。
おそらくは――これよりの一瞬の積み重ねこそが、最後の、最後の……。
「――いくぞ。フルゴラ」
「いつでもどうぞ、ヴァルプルギス」
「ならば――押し通る!」
二人は、同時に駆け出した。
雨の中、死が散乱する天空の煉獄で――ふたつの異形が、激突した。
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