#10・・・魔法少女の、絶望
衝撃とともに扉が破砕され、そこから混乱が流れ込んだ。
激しい明滅のはざまで世界は揺れて、そこから銃声が聞こえる。
「どうなってるんだ、防御魔法が――」
「いいから銃を……があああ!」
煙の中から腕が伸びて、その先に居た人間の一人を空中に浮遊させた。首を押さえてもがき苦しむ彼は、一秒後短い悲鳴を上げて頭部を破砕され、その場に倒れ込んだ。
戦慄――彼らはガレージに立てかける武器ラックに駆け寄る。その隙にも、『それ』は歩みを進め――完全に、その姿をあらわす。
粗末な着衣に身を包んだ少女。だが、その正体――魔法少女コアトリクエ』。
だが異質なのは、その装束の所々に痛々しい針とともに無機質な金属の装置が植え付けられているさまだった。それが彼女の立ち姿を異様なものにしていた。
まるで亡霊。彼女はゆらりと、光のない目でたたずんでいた。そして、煙から現れて、その片腕をつきだした。
「くそったれ、撃て、撃てッ――」
改造銃器を持った男たちが、一斉にその銃口を閃かせ、人為的な火炎魔法を発射しようとする。だがそのとき、コアトリクエの掌が魔法陣を展開、何らかの効果が発動。
そのとたん、彼らの手元が一斉に『ねじきれ』た。その銃口は彼らの方に向き、火炎弾はそのまま彼らを焼き尽くし始めた。
無言の黒い人形が、そのまま狂気じみたダンスを踊っていく。なんとか自分に炎が当たる前に銃を破棄した者たちは、そのまま別の武装を手に取る。一人は長大な剣、もう一人はロケット弾の形状。焼け死んだ仲間の間を縫って、叫びながら彼女のもとへ向かった。
「うおおおおおお……」
だが彼女は動かない。男は剣を振りかぶって向かってくる。そこに再び掌をつきだした。さらなる魔法が発動する。
瞬間、男は狂ったような笑いを浮かべながら身体の端から溶解していく。
すえたにおいが周囲に散っていく。男は剣ごと崩れ落ちていく。ロケット弾の男はうろたえたが、すぐに発射しようとした――しかし、動かない。ロックがかかっている。機械が代行してくれるはずの魔法詠唱が始まらないのだ。何度トリガーを引いても始まらない。
そうしているうちに彼は思い出す、そうだ、原則、魔法は一人に一つ。俺は以前に別の武器を。ならばなぜ、目の前のあいつは複数の武器を。サイコキネシス、毒、それに……。
規格外だ、こいつらは規格外だ。これこそが、魔法少女なのだ――!
男は狂ったように叫びながら女に突進していく。だがそれもすぐに停止した。コアトリクエが放った何かが彼の胸を貫いて、そこから無数の鎖が乱れた。鉄、青銅。おぞましいパッチワークが彼の中心から広がり、その肉体を引き裂きながら周囲に爆発した。巻き込まれながら転倒し、混乱に陥っていく仲間たち。
混沌の中をルシィは駆けた。なんだこれは、こんなはずではなかった。こちらから裏切り者が出た。アジトの中を逃げ回りながら、彼女は視界の端にあるものをとらえる。
ジェスの死体。ファフニールの内通者。彼がここの場所をもらした。そこまではいい。理解したくなくても出来る事実。ならば何故、魔法が解かれた? 何故――。
彼女の心の中はぐちゃぐちゃに崩れていた。信じていたものすべてが崩壊していく。血が肉が飛び散り、悲鳴が少しずつ減っていく。
魔法少女が、人間を、殺している。
しかし彼女は、一つの目的のために動いていた。どこかに居るはずだ、探せ、探せ――見つけた!
彼女はそこにいた。
ルッカだ。地面を這いつくばりながら、頭を抱えている。ルシィは戦火の中を駆けて、彼女をギリギリのところで救い出そうと手を伸ばした。彼女は泣いていた、叫んでいた、恐怖がその小さな頭の中いっぱいに広がって、今にも弾け飛んでしまうだろう。そうなればこの子は二度と、二度と……。
後悔が頭の中に広がって、ルシィは知らずのうちに、多くのものに懺悔していた。一瞬の出来事。
だが、その一瞬が、伸ばした手を、遅れさせ。
爆発。
ルシィは身体に大きな痛みを感じた。
どこかをしたたかにぶつけたのが分かった。視界が歪んでいき、霞始める。床が斜めになって、遠のいていく。だめだ、このままでは、あの子が……。
薄れゆく視界の中、彼女は、アジトに空いた穴に黒服の男たちが進入してきたのを見た。彼らは転がる死体のすべてを無視して、ひとつのものを無感情につまみ上げた。
はっきりと分かる――それはルッカだ。今彼女は、どんな表情をしているのだろう。どうか、どうか気を失っていてくれと、見当違いな願いを浮かべた。
コアトリクエの傍には、ピアッシングをした男――ケネスだ。ファフニールでは有名な存在。彼女はその男の足元にかしずいている。男はそんな彼女を蹴りつける、バカ野郎やりすぎだ、とか、そんな言葉が聞こえた。彼女は抵抗していない。彼はいらだっている。部下に何かの指示を出して、撤退していく。
彼もまた、コアトリクエを連れ立ってその場から離れていく。自分は見逃されたのだと分かった。アジトにうずたかく積まれたコンテナの一つが影になっていた。しかし助かったという安堵はなく、彼女の心の中は痛みと後悔が暴れていた。
意識が、消えていく。その中で彼女は懺悔する。
娘が、遠くなっていく。手の届かないところへ。
ごめんなさい、ハイド。あなたとの約束を果たせなかった、ごめんなさい、ごめんなさい……。
そうしてルシィは、意識を失った。
◇
『何故、安全な場所に居た彼女がここに居るのか、説明が必要だろうな。ひとつは、我々があのクソくだらん“神聖同盟”とやらにスパイを送り込んでいたゆえだが、もう一つは、彼女が教えてくれるだろう』
動揺するハイドの前で、フルゴラの体が震えて、目の色が変わった――『彼女』が、戻ってきた。今まで水の中に居たように荒く息を吐きながら、顔をこちらに向ける。
「ダイナーでの戦いの後、貴女は客の一人を守るために防御魔法を使った。そこに違和感を感じたのよ。だってそれまで貴女は、一度もそいつを使っていなかった。そこで思い出したの。貴女は防御魔法を、他の魔法と同時には使えない性質。強大な力を振るうための代償としてね。つまり、言いたいこと、わかる?」
分かっている、分かりきっている。
「私はずっと待っていた。この戦いの中で、貴女が防御魔法を使ってくれるタイミングを。そして、そいつはこの大怪我と引き換えに訪れた。目論見は達成された。貴女があの氷を防ぐために魔法を使い、『神聖同盟』のアジトに張っていた防御魔法が、解除されたってことよ……!」
――そんな。
そのために、おめおめと、私は。
……ハイドは、膝から崩れ落ちる。
フルゴラはその隙を逃さなかった。彼女の身体に電撃が走り、バウンドし、痙攣した。外科手術の電気ショックと同等の原理――強制的に、動かない身体を起動させる。
彼女は半身を起こして、そのままショックで抜け殻になっているハイドの身体に触れた。
「ッ――!」
ハイドは、電撃によって地面に縫い付けられた。
泥を顔面にかぶり、美しい相貌が穢れる。それでも、震えながら顔を上げる。
娘が、そこにいる。
頬に涙の跡。だが、目に光はない。心神喪失状態になっているのだ……あまりにも多くの残酷を、一度に刻みつけられて。
今までずっと、そこから遠ざけていたのに。
自分の落ち度で、こうもあっさりと、呑み込まれてしまった――安全ではない世界に。
自分のせいだ、これは自分が招いた結果なのだ……。
ハイドの中で過去が奔流となって駆け巡り、その全てが彼女を打ち据える。怨嗟を、憎悪を吐き散らして。
「あ、あ……、」
手を伸ばす。届かない。泥の中で、彼女はあまりにも遠かった。あまりにも無力だった。
「貴女は何もかも中途半端だった。完全に市井の中で生きたいのなら、魔法の力そのものを投げ捨てるべきだった。それも出来ずに、自分が産み落としたものに宿った呪いにすら気付かずに……そして、自分が思いを、愛をぶつけさえすれば、守りたいものは守られると……そう思った。なんですかそれ、ダサすぎますよ先輩。何もかもいびつじゃないですか……何もかも!」
嘲笑――それとともに、再びフルゴラの『中身』が変わった。
ルッカを抱えた男は懐から何かを取り出した。
考えたくなかった。見たくなかった。
それは拳銃だった。いともあっさりと、人の命を奪うもの。仰々しい魔法など要らない。人間一人を殺すのには、それだけあれば十分なのだ。ハイドは忘れていた――人は、人を、殺せる。
『深夜のダイナーでの“寄り道”の結果、君が過剰にマナを消費してしまった時は、実に焦ったよ』
カレルレンは謳うように説明する。それは徒に死期を先延ばしにするような行為だった。ハイドは、耳をふさぐことすら許されなかった。
ハイドはダイナーでの戦闘後、多くて後一回戦えば、全てのマナが消費されてしまう。それがファフニールの弾き出した計算だった。そうなれば、再び戦えるようになるまでには相応の時間が経過する。装置のことが周辺地区に露見するのも時間の問題だ――そうなる前に、全てが完成する必要がある。
だが、魔法少女が一定期間に消費できるマナは限られている。ハイドは無駄にマナを消費してしまった……それも、イグゾースト・マナではなかった。ただ、露払いのために戦った。状況を切り抜けるために戦った。その結果マナは、あっさりと自然に還元されてしまった。
で、あるならば。やはりこちらから強いアプローチをしかけて、彼女に力の返納を求めるほかない。
ああ――そのためには、彼女の心を折る必要がある。
そしてカレルレンは、思いついた。
なんだ、簡単なことじゃないか。
あまりにも簡単だ……人間の構造と同じぐらい、反吐が出るほどに。
他の実益も兼ねた、画期的な方法。
そう――ヴァルプルギスの娘を、殺すこと。
それこそが、彼の下した決断だったのだ。
総てはヴァルプルギスが理由で始まり――ヴァルプルギスのために起きたこと。
「やめろ、やめろ……」
『君は気付いていたのだ。魔法少女は幸せになれないと。人としての幸福を掴むことなど出来ないのだと。だが必死になって、覆い隠そうとしていた……人間としての仮面を被って。その結果がこれだ。君は逃げた、母親としてのエゴによって、全てから逃げたのだ! 知らないふりをし続けていたのだ、己の罪について!』
男は――ルッカのこめかみに、銃口を当てた。
ルッカは、それにすら気がついていない様子だった。
手を伸ばす、届かない、届かない。
泥濘の中で、彼女は己の全てをぶち壊してしまいたかった。臓物の何もかもをさらけ出して、それで今、娘があの手から解放されるならそれでも良かった。しかし、それすらかなわない。こんな些細な願いもかなわないようにしたのは、自分だ。
何もかも、自分のせいだ。
『すべては、君の罪だ。では、さらばヴァルプルギス』
「……――」
ハイドは、喉をからしてやめろと叫んでいた。
そこからの記憶は曖昧だった。
間もなく、銃声が響いて、その手元にあった小さな頭が吹っ飛び、灰色の景色の中に赤黒いものが撒き散らされた。
瞬間、ハイドは全身を励起させて金縛りを引きちぎった。全身の生傷が悲鳴を上げたが、見えていなかった。彼女は狂ったような叫びを上げながら、男たちに向けて突進した。両手に魔法陣――何の魔法かは分からなかった。彼女自身も覚えていない。雨が、世界の音を奪い去っていた。
――彼女の前に、拘束具を纏った魔法少女が現れた。『それ』は、狂戦士と化したヴァルプルギスに対して魔法を放射した。いともたやすく、命中する。彼女の身体が、男たちの手前で停まった。彼らは怯えから後ずさっていたが、もはやその必要がないことを知った。
ハイドは目を開き、唇を噛み切って下顎に血を流しながら、その場で崩れ落ちていく。視界がぐるんと反転し、その目から涙が溢れていく。手が伸びるが、その先に娘はいない。曇天と豪雨が広がるだけ。ばしゃりと音を立てて、ハイドはその場に倒れた。その口が僅かに動いて、娘の名を呟こうとしたが、それも途中で止まった。意識が、そこでぶっつりと途切れたのである。
フルゴラは身体を震えさせながら、なんとか立ち上がる。男たちが、動かなくなったハイドを拘束して運び去っていくのが見える。その後ろについていく、赤い魔法少女も。寒い、痛い。男の一人が彼女に外套を渡してきたが、跳ね除けた。それ以上私に構うと、あんたも泥とキスさせることになるよ……そう言うと、彼は憎しみと恐れと、侮蔑のこもった目で彼女を見て、どこかへ行った。典型的な、魔法少女に対する目だった。
雨が、墓場を濡らしていく。
男たちが、動かなくなった小さな肉塊を運んでいく。
フルゴラ――ライルは、しばしそれを見ていたが、やがて、傷だらけの身体をかかえながら丘を下っていって、姿を消した。男たちとは逆の方向だが、どのみち社屋で合流するのだから構わない。
とにかく今は、一人になりたかった。
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