#9・・・魔法少女vs雷の魔法少女②

 雨の中、二つのシルエットが交錯し、ぶつかり合う。遠目からは、呼吸の合っていないジルバのようでもあり、誘蛾灯に群がる羽虫の小競り合いのようにも見える。

 男たちは、煙草が意味を成さないことを呪いながら、その顛末を見届けようとしていた。

「っうお」


 彼らの足元に閃光。大きく半月状に抉れ、衝撃波が奔った。新入りの男がのけぞって後ろに倒れ込む。誰も手を貸さなかった。ただ前を見ていた。


「決めるなら、とっととケリ付けてほしいもんだ。やつらを見てると、胸が悪くなる」


 一人が、濡れた煙草を咥えたままで言った。

 ……皆、沈黙とともに同意していた。


 幾度かの閃光の衝突があった。その余波は周囲の地面をえぐり、泥を飛沫として跳ねさせた。その後二人は接近し、直接的戦闘を行った。


「はあッ!」


 裂帛の叫びとともに、雷光を纏うフルゴラの両腕が振るわれた。

 それはハイドの真正面を打ち貫くべく放たれたが、すぐさま行われた行動により徒労と化した――彼女は、両腕を差し出してきたのである。電撃を受け入れるかのように。その一瞬の行動にフルゴラは戸惑ったが、直後、後悔に変わる。彼女の手のひらの先に魔法陣展開。

 ハイドの両手が、フルゴラの手をがっしりと掴んだ。

 次の瞬間、稲光が悶え苦しむように拡散し、魔法陣を通じて彼女の腕の内側へと流れ込み、消えていった。焼け焦げる自らの肌を媒介とし、電撃のマナを吸収しているのだ。


「何ッ、」

「……」


 雷撃はハイドのものとなった。フルゴラが腕を振りほどいて後方へと飛び退いた瞬間には遅かった。

 既に彼女はその両腕に溜め込んでいた。吸収した力を。彼女が駆けた。フルゴラは避けようとした。だが、彼女のほうが早かった。片腕を掴まれて、逃げられなかった。もう片方の腕が爆発を球状に握り込んでいる。その体が懐に潜った。

 一瞬、ナイフのような殺気に満ちた目があらわになった。フルゴラは、戦慄した。それがスキを生んだ。


 爆光。

 周囲に余剰の光を放ちながら、その場に広がり、フルゴラの身体に炸裂した。彼女は声にならない声を上げながら、真っ黒な煙に包まれながら立ちすくみ痙攣した。ハイドはそっと彼女から離れる。

 焦げたにおい。足でたたらを踏んだフルゴラが焼けた髪をかき上げてハイドを睨む。焦点があっていない。彼女は次なる反撃に出ようとしていた。だが遅かった。ハイドは容赦しなかった。わずかに後方へとのけぞっていた彼女に対して、再び両手を差し出した。そこにまた魔法陣――土色の。

 ぬかるみの中から、植物のつるが身をくねらせながら這い出てきた。フルゴラの足元へと異常な速さで絡みつき、まとわり付きながら上へ上へ。抵抗する暇もない。蔓は四方から死霊の如く現れて、彼女の四肢を次々と拘束していく。フルゴラが振りほどこうとするたびに拘束は強まるばかり。

 彼女は歯噛みしながら前を見る。しかしハイドは、無情だった。その瞳に滲むものに、彼女は戦慄した。


 殺意。純粋な、敵を倒すための感情。

 久しく見ていなかった、かつて憧れた者の感情に、じかに触った。触ってしまった。何か、いけないものを垣間見てしまったかのような。フルゴラは、揺さぶられた。だから、抵抗を一瞬やめてしまった。

 そして、その瞬間をのがすハイドではなかった。彼女は――本気で、フルゴラを倒すつもりだった。

 その手には爆発の火球が浮かんでいた。

 しまった、とフルゴラが呼ぶ間もなく、ハイドはそれをフルゴラに押し付けた。


 雨の中、爆発が轟いた。

 湿った音でどれだけ撹拌されようと、その轟音は周囲にはっきりとした波紋と振動を伝えた。


「ッ、がはっ……」


 フルゴラが、その場で崩れ落ちた。

 焦げ跡と創傷が到るところに生み出されていた。痛々しい赤と黒がその体に消えない痕跡を刻みつけていた。痛みの中で、彼女は震えながら膝立ちになる。その前に、ハイドの影がかかる。わずかに顔をあげると、そこに彼女が居た。


「とどめよ」


 ハイドは言った。

 その声にいかなる感情が込められているのかは、雨の音のせいで、推し量れなかった。

 どうあってほしいのかは、フルゴラにも分からないことだった。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。彼女は、笑った。

 そして、言った。ゆっくりと、明確に。


「それは、どうかしら」

「……ッ!」


 ニュアンスから良からぬものを感じたハイドはすぐに後方へ引き下がった。なるほど、賢明な判断だ――だが、もう遅い。フルゴラの唇が、再び凶暴な笑みを作り出し。

 ――スパーク。

 ハイドは腕で目を覆った。その隙間から状況が見えた。

 彼女はその場に居なかった。だが周囲には、雷光の残滓があった。

 その直後。

 ハイドは感じ取った。殺気と戦慄。

 それは全体にあった。この雨の空、全体に。

 フルゴラは居なかった――だが、居た。真上の空を、駆け巡っていたのだ。


 広い墓場の丘を、暴走する雷光が駆け巡り、火花と轍を刻みつけていく。獣が暴れ狂い、その痕跡を痛々しい傷として残す様に似ていた。

 フルゴラの身体は今雷光そのものとなって駆け巡っていた。それはハイドの周辺をずたずたに破壊しながら、彼女の殺意――その指向性を混乱させていく。


「止まればあんたにやられるなら、止まらなきゃいいだけっ!」


 ハイドが視線を動かす。その端に光が見える。次の瞬間、身体に強い痛み。痺れ。彼女が自分の体の一部に掠り、抉ったのだと分かる。肉の焼ける匂い。ふらついて、再び視線を巡らす。見えない。フルゴラが見えない――そして再び、打撃。雷光が身体を貫く。鞭のようになぶり、通り過ぎていく。何度も、何度も。

 ランダムなようでいて、明確な意思のもとで行われる蹂躙……視界を巡らせるたびに、目が回る……そのたびフルゴラを見失う。彼女は到るところに現れて消える。追いつかない、追いつかない――ハイドの足元に、血溜まりが出来ていく。意識が、理性が、痛みによって削り取られていく!

 稲妻は男たちをも巻き添えにしながら周囲を巡った。彼らがどれほど非難して罵倒しようと、フルゴラには聞こえなかった。彼女は今、明確に逆転していた。


 痛みと、朦朧としていく意識。電撃は予想できぬ場所から飛来して、確実にダメージを与えていく。フルゴラの戦術変更は良い判断だ。実際、今の自分には太刀打ちできない。それは彼女の成長だ――認めざるを得ない。

 だが、ひとつ見落としがある。それは電撃の速度が、弱まっているということだ。動き回るにしても限度がある。正確さにも。いつまでもこの姑息な攻撃を続けてはいられない。彼女はどこかで、自分に対して着実なとどめを刺そうとしているに違いない。この攻撃は、そのスキを生み出すための布石に過ぎないのだ。

 だとしたら、そこに自分の勝機がある。

 逆に言えば、そこにしか勝機はない。他に選んではいられない。

 電撃は周囲のあらゆる場所を巻き込み破壊している。無関係の墓石や木々までも。


 やるしかない。これ以上、彼女に、勝手を許すわけにはいかない。

 ハイドは覚悟を決めた。

 そして、動くことを、やめた。


 フルゴラを捉えることをやめて、その場にしゃがみ込んだ。

 すべてを諦め、受け入れるような姿勢――だがそれは、第三者から見れば、疲労し朦朧とする意識の中で、抵抗することをやめたようにしか見えない。

 ……間もなく、ハイドは後方に気配を感じた。

 視界に映っていた稲光が、消えた。


「とどめだッ、死ね、『ヴァルプルギス』ッ!」


 後方にフルゴラ。たった今、実体化した。獲物の喉首に噛み付くかのように、叫びながら襲いかかる――。


 その瞬間。

 ハイドは、最後の魔法を行使した。地面に両手を置いて、そこに魔法陣を展開させた。巨大な蒼色の魔法陣。

 同時に、全く同じ形状のそれが、空中へ現れた。

 それは見えない何かを、雨の空間に放射した。


 雨が、魔法陣を通り過ぎた。

 それは一瞬で凍結され、鋭利な無数の氷の槍へと変化した。

 ……降雨と同じ速度で、それは地面へと落下していった。

 その真下には、実体化したばかりのフルゴラが居る。


「しまッ……!?」


 声。

 だが、もう遅い。


 炸裂。

 無数の氷の槍が、フルゴラに突き刺さった。



 すぐさまハイドは、もう一つの魔法陣を展開。自分の体の真上に。それは防御魔法だった。フルゴラを貫いた氷の槍はそこへ吸い込まれたが、すぐに跳ね除けられて地面へ散っていった。


「……」


 苦痛の声を、ハイドは聞いた。勝負がついた――そう思った。


 その時、フルゴラの表情は、当然、ヴァルプルギスからは見えなかった。

 痛みの中で、彼女は笑っていた。


 これが、この流れこそが――彼女の作戦だったのだ。



 ルッカは、突如としてその小さな体を震えさせた。

 その場でうずくまり、頭を抑えながらガタガタと歯を鳴らす。

 サイトが駆け寄って寄り添う。その顔は――恐怖に満ちている。


「どうしたの、何があったの……!?」

「来る、くる……!」


「おいジェス、テメエ何してんだ――誰と電話してたんだっ!!」


 そう、そいつはトイレに篭っているはずだった。

 ならばなぜ今、そいつは携帯を持っている?

 そして、誰かに電話したということを示している?

 ――誰かとは、誰だ?

 仲間がジェスの胸ぐらを掴んで問いかける。彼は夢の中にいるような顔で薄く笑いながら、心を奪われたようにしてつぶやく。


「人間の世が来るんだ。いい加減うんざりなんだよ、お前ら……へへへ……!」


 その言葉に、仲間は戦慄した。意味を、少なからず、理解したのだ。


「てめえ、裏切っ、」


 ルッカが、叫んだ。ここではないどこかに向かって、言葉を放射した。


「くるっ……にげて、こわいのが、こわいのが、くるっ!」



 フルゴラ――ライルの身体が、糸の切れた人形のように雨の中にくずおれた。

 氷は解除され、冷たい水が彼女の身体を容赦なく打ちのめしていく。

 ハイドが彼女の傍に歩みを進めた。背中には小さな穴がぼっかりと空いて、そこからどす黒い血が流れていき、地面に吸い込まれていく。彼女はしばらくその様子を眺めた後……思い出したかのように、地面に向けて片腕を差し出し、その先に魔法陣を生み出した。

 すると、小石や枯れ葉が彼女の手元に吸い寄せられ、一つの形となって凝集していく。

 それは剣だった。魔法によって生み出された剣。ハイドはライルの肩を掴み、その身体を強引に仰向けにした。泥がはねて、足元に当たった。

 喉元に、剣先を突きつける――微塵の震えもなく。


「あはは。やっぱり強いな、ヴァルプルギス……どれだけ頑張っても、勝てやしない」


 金色の髪はくすんで見えて、顔の前面にべっとりと貼り付いていた。乾いた虚無の笑い。


「私の電撃一つだけでいえば、貴女よりも遥かに劣る。だけど私には、それを上回る『力の数』がある――忘れたわけじゃないでしょう、ライル。ずっと私の後ろで、見てきた筈なのだから」

「なんて、力」

「一つの魔法体系にだけ拘り、戦術が限られてしまった。そこが貴女の敗因」


 否定はなかった。また、彼女は笑った。


「教えて、フルゴラ。なぜあなたは、そこまで絶望したの」


 くっ、くっ、くっ。笑い声が咳になった。彼女は苦しげな声を上げながら、雨を呑み込みながら言った。


「何もかも知ってるからよ、真実を」


 ――真実。

 その二文字。

 ふいに、胸の内側がざわついた。何を言われても、後は彼女を殺すだけなのに。

 何をしている、はやくその剣先を突き立てろ、命を断て、全てを終わらせろ――。

 それなのになぜ、自分は彼女の言葉を聞いている?


「真実? 一体なんのこと――」


 ざわめきが大きくなって、雨の音が耳の中で暴れ狂った。鬱陶しい鬱陶しい。視界が揺れて、心臓が痛くなる。これ以上は聞いてはいけないはずなのに……。


 突如。フルゴラの身体が、バグを起こしたかのように震えた。

その目が虚ろになり、濁る。ハイドは一歩下がった。苦しみに喘いでいた彼女の身体がピタリと静止し、その後。

 その目に、光が宿った。

 先程までとはまるで違う光。そこに居たのはフルゴラのはずだった。だが、まるで別の誰かが、代わりに現れたかのようだった。ハイドは、何が起きたのかを察した。


『なんだ、フルゴラ。ボロボロじゃないか。体中が痛いぞ。舌もうまく回らない』


 声が聞こえた。

 フルゴラの声に違いなかった。だがそれは、明らかに彼女ではなかった。

 ハイドは、さらに後ずさる。


「カレル、レン……!」

『ああそうか、はじめまして、になるのか。この形で顔を合わせるのは』


 『彼』は、そう言った。フルゴラの身体を通して。

 それは彼女の魔法の延長線上にある力だった。その身体をバイパスし、カレルレンが――『ファフニール』のCEOが、こちらに顔だけを機械的に向けて話しているのだ。


『さて、どこまで聞いていたかな、ヴァルプルギス。私が思うにきっとフルゴラは、君に対してなんらかの運命論をぶちまけていたのだろうが……あいにく、この端末を通して話すにはそんな夾雑物は必要ない。結論に向けて、速やかに論理を並べる必要がある』

「何が、言いたい……」


 準備ができていない――こんなに早く、この男の声を聞くことになるとは思っていなかった。

 相手はただの人間であるはずなのに……なぜ、こうも身体が震える?

 何故こんなにも、戦慄が背中に奔っている……?

 硬直し、ただ会話をするだけの状態になった。とどめを刺すための剣は、握っているだけになった。心臓は変わらず、落ち着きなく鼓動を続けている……。


『さて。君は我々に対して決意表明をするためにこの場を選んだわけだが、我々も君に対して一つ言うべきことがある。それは、君の狙いが分かっていながら、我々がここに来た理由だ』

「理由……?」

『そう、つまり、我々がここに来たことにも狙いがある。つまり、君がたった一人で、ここに来た状態で、君を迎え入れることに』


 心臓が、いちだんと強く跳ねた。

 こいつは、何を。何を言おうとしている。

 雨が染み渡り、身体が冷えていく、冷えていく……。


『そう、たった一人だ。一人だけの君がここに来る必要があった。他の誰も連れてくるべきではなかったのだから……そう、ましてや、君の娘などは』

「ッ、貴様……!」


 名前が出た瞬間に彼女は動いていた。

 その剣先を完全に喉元へ。だが足りない。何かが彼女を縛り付ける。

 何をしている、はやく命を奪え、このままだとお前は取り返しのつかないことを知ることになる――心の中で、警告の声が聞こえる。どす黒い何かが心に迫りつつある。だが雨は冷たかった。彼女の身体の動きは制限されていた……ああ、うるさい、うるさいなぁ。


『さて。君は、疑問に思ったことはないかね。自分の娘は、どうしてこんなにもカンが鋭いのだろう、とか。そう、たとえば』


 止められない。彼の――彼女の声音を使った男の声は、終着に向けて加速する。

 心臓の鼓動が、ヒステリックに暴れまわる。


『たとえば、目の前で起きる交通事故を、その寸前で言い当てたり』


 ――どくん。

 頭の隅が焼け付く。


『他にはそうだな、その日に起きた些細な出来事について、正確な時刻まで覚えていたり……まぁ、よほどボケて日常を送っていれば気付かないかもしれないが。だが、お前は、お前は気付いていた。気付いていたんだよ』

「やめろ……」

『つまり、君の娘にもまた、魔法少女の力が宿っている。君と同等か、それ以上のね。だが、そこからマナを絞り出すにはあまりにも幼すぎる。アンチ=バベルの糧など望むべくもない。そうなれば、将来的にその子は、我々にとっての夾雑物にしかなり得ない』

「やめろ……やめろ!」

『もう分かっただろう、ヴァルプルギス。我々の目的は』


 今だ、振り上げろ、とどめを刺せ。

 だが動かない、身体が動かない。剣を取り落とす。後方で音がする。複数の足音。


『我々の目的は――君の娘を、確実に殺すことなのだ』


 そして、雨の中、それがあらわになった。

 後方に現れたのは、半身にピアッシングを施した不気味な男。

 彼がその腕で乱雑に抱えている、小さな体。



 目から光を失い、ぐったりと倒れ込んでいる……ルッカだった。

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