#6・・・魔法少女vs特殊部隊

 認識が歪むのを彼らは感じた。目の前に居るのは確かに人間であるはずだったのに、まるでそうは思えなかった。

 しかし、その感覚こそ証だった。彼女が、魔法少女であることの。


「撃てェーーーーっ!」


 焦燥は怒号となって前方へ噴き出した。


 間髪入れず、砲口が一斉に前方を向き、その威力を濁流のごとく射出する――小さな魔法陣、そこから沸き起こる火炎の弾丸。


 時間が緩慢になる。彼女に向かう幾つもの赤い光。仲間の技術を使った殺戮兵器。爆ぜて光って、こちらを向いてくる――ハイドはその目でしっかりと、見た。


 その両手の魔法陣が回転し、両腕を床面に叩きつけた。

 弾丸が殺到。ほぼ同時。土煙、衝撃音。兵士たちは銃をおろしかける、だが間違いだと気付く。火炎は到達したのではない。

 目の前に現れる。女ではない。それは壁。地面がえぐれて隆起して一つの形に形成されている。いびつに強引に、壁が作り上げられている。彼らの目の前に。

弾丸はそこへ吸い込まれ、小さな焦げ目を無数に刻みつけるだけで終わった。磁力魔法――彼らが知る由もない。

 驚愕する兵士たちの動きが、やけにゆっくり見えた。それにかまう理由など無い。彼女は、その壁を、魔法陣を展開した両拳で、思い切り殴った。

 同時に魔法が解除されて、錬成された瓦礫の破片に指向性が宿る――小さな槍の礫。一斉に彼らの方角を向き。


 怒涛のように、降り注いだ。

 ……痛みの悲鳴。礫がミサイルのように着弾、彼らの装甲服を破り、血を噴出させ、銃器を取り落とさせる。悶えながら地面に倒れ伏す。なおも銃を構え、次弾を装填、


 ――する暇を、ハイドは与えるつもりがなかった。その場から動かず、次なる魔法を選択していた。その魔法陣が純白に変化し、奇妙な舞を踊った。


 残った兵士たちは食い込む破片の痛みに耐えながら構え、撃とうとした、だがそれもかなわない。


「何っ、」


 唐突に立ち込めたのは、全てを覆い尽くす白い霧。彼らの視界は不透明一色に染まり、何も、見えなくなる。


「ゲホッ、なんだこれは、なんだ……」


 見えない、何も見えない。パニックになる部下たちを鎮めようと、隊長は何かを言おうとした。だがどうすればいいのだ、こんなことをやる奴に、自分たちはどうすればいいのだ――。


「――戒めの蔦よ、その歩みをはばめ」


 声が。すぐそばで聞こえた。

 平板で冷徹な女の声。一瞬の静寂。

 彼らは、その方角に銃を構え。


「――居たぞ、そこに、『魔法少女』が……!」


 叫びは途切れ、白煙の中で悲鳴に変わった。

 彼らの不可知の領域――あらゆる場所に小型の魔法陣。そこから無数の蔦が蛇のようにのたうちながら現れ、煙の中に襲いかかった。

それは右往左往する者たちの胴体に、首に絡みつきながら暴れ狂う。悲鳴が苦しげな嗚咽に変わっても止まらない。総てはハイドの指先で動かされていた。彼女の狙いは一つだった。不明瞭な空間の中で、兵士たちを絡め取った蔦――彼女は、その場で舞うように両腕を振るった。

 兵士たちが、蔦ごと窓の外へと投げ出されていく。ガラスが割れて、夜の闇へと吐き出される。重武装の男たちがまるで赤子のように声を上げながらぶっ飛ばされ、地面に叩きつけられていく。次々と、次々と。

 一人が駐車していたセダンにぶつかり、その勢いで小さな炎上が起きた。座席から人が飛び出し逃げていく。割れたガラスの散らばる地面に打ち付けられた兵士たちは、身体を丸めながら苦痛に呻いている。だが、誰も死んでいない。ただ彼らはもう戦えない。全身をしたたかに痛めつけられ、戦意を喪失していた。


「点じゃ駄目だ、面だ、面で攻撃するんだ」


 晴れかかった煙の中で怒号する。残った兵士たちはとうに統率を失っていたが、その声にだけは恭順を示した。ポシェットから別の聖句が刻まれたカートリッジを取り出し、銃身にセットしようと試みる、混乱のなかで取り落とす――だが。

 さらなる悲鳴。鈍い衝撃音。誰かが倒れた、一人、また一人――霧が晴れる。

 そこに、ハイドが、魔法少女が居た。


「ひっ、」


 片腕の魔法陣が、黄金色の変化。稲光をまといながら、握りこぶしを形作る。恐慌状態に陥った兵士の一人がパニックになりながら銃を構え、撃った。馬鹿やろう、どこに向かって――カートリッジは、水、煙、風、光。連鎖するように様々な魔法弾丸が空間に打ち込まれ、跳弾となって空間を跳ね回りながら彼らの足場を奪っていく。彼らは狂気のダンスを踊る――もはや誰一人として彼女を狙うことが出来ていない。 そのスキに、『ヴァルプルギス』は――。


 魔法を完成させた。

 両腕に宿った稲妻は彼女の直接的な暴力の手段となって顕現した。

統制を喪い自分を見失った男たち。彼らの懐に潜り込み、その拳を叩き込んでいく。その瞬間彼らは体の内側から感電し、痙攣しながら倒れていく。当然誰もカバーできない。店内には花火のごとく、恐怖のまま何の指示もないままに撃ち込まれた様々な魔法弾が跳ね回っており、意志を持たず決まりきったコースさえないそれらを人間に回避できる道理はないからだ――。

 一人が、彼女に気付く。ナイフを取り出して斬り込もうとするがあっけなくいなされ、その腹部に平手を当てられる――彼女の吐息。一瞬、動きが止まる……。

 直後に感電。彼は衝撃を感じ、ぎゃっと小さく悲鳴を上げて倒れていく。

 銃をかなぐり捨てた何人かが彼女に襲いかかる。一人を打ち倒したハイドは気付いている。後方を振り返り、そのままその腕を振り抜く。



 ルシィが状況を知って、ガレージからなけなしの装備をひっつかんでから現場に急行した時には、とうに状況が進行して、収束に向かっていた。


「何、これ……」


 夜の街路の中で彼女は立ち止まる。人々がその惨状を見て、逃げていく。

 深夜のダイナーの内部で激しい極彩色の火花が飛び散って、その中から『定期的に』人間が吐き出されていく。彼らは例外なく重装備の兵士たち。ルシィには、それがファフニールの息のかかった連中であることが分かった。だからこそ、その中で何が起きているのかを理解する。

 店内に、足を踏み入れる。

 それから、彼女は見た。


 屈強な兵たちの攻撃を流水のごとく交わしながら、その両腕に宿った雷撃を炸裂させ、彼らを地に伏せていくハイドの姿。その間を縫って混乱した魔法が弾けるが、彼女には当たっていない――彼女はただひたすら、兵士たちを屠っていた。

 己の肉体で、その魔法で。悲鳴と轟音のコンチェルト。酒の並ぶ棚が弾けて、床面が水浸しになっている。恐慌状態に陥った兵士の一人が足を滑らせて転ぶ、その勢いのまま天井に撃たれた弾丸がシャンデリアを落下させ、もうひとりの上に積み重なる。

 また悲鳴が聞こえ、ぐったりと伸びる。彼女の格闘は続いて、自分よりも遥かに大きな体の男たちに電撃の殴打を繰り返していく……一人、また一人。彼女の外側に、呻く兵士たちが積み重なっていく。

 そして気付く――彼らの誰一人として、死んでいない。あれだけのことをしておきながら、ハイドは――いや、ヴァルプルギスは、誰一人として、殺していないのだ。


「あれが」


 ルシィは加勢するつもりだった。しかしとうにそんなことを忘れていた。

 目が離せなかった……カウンターにもたれかかり、ずるずると座り込む。


「あれが、魔法少女の、戦い……」


 ハイドは最後の一人を殴り飛ばし、前方へ、店の入口付近にぶっ飛ばした。兵士はくの字になって仲間たちのところに倒れ込んだ。


「……」

「ひ……」


 ハイドは腕の魔法陣を消し、静かに息を吐いて残身した。

 床に伸びていた兵士たちが見得を切る彼女を見ながら、へっぴり腰で後ずさっていく。

 彼女はそのうちの一人を無理やり抱き起こし、胸元に引き寄せた。そのさまを、はるか前方に逃げていた者たちに見せつける。彼らは恐怖する。一体人質をとって、何をする気なのだ……。


「――お前たちは」


 彼らを睨みつけ、静かに、重々しく問いかける。答えるのであれば誰でも良かった。


「お前たちは、こんなものを見たいが為に戦っているのか、こんなものを」


 胸元で兵士がじたばたともがくが、それ以上動けない。力以上の力が働いて、彼を釘付けにしていた。そしてその声には怒りと、それ以上の不安、困惑……。

 兵士たちに問いかける。強く、強く。


「答えろっ!」


 声に震えが混じる前に、彼女は叫びに変えた。

 だが、誰も答えなかった。

 代わりに投げかけられたのは、彼らが一斉に銃を構える音だった。

 人質は小さく恐怖に呻いたが、考えれば当然のことだった。彼らの任務は、魔法少女を殺すことだった。


「や、やめ、」

「撃て、撃てっ! 魔法少女を、殺せっ!」


 ハイドは息を吐いた。諦めと、呆れと。

 静かに、店の中空を指さした。弾丸が間もなく発射される――そこにあったのは、小さな、小さな稲妻の粒。彼女は彼らの足元を、床を指さした。稲妻はそこに向かった。

 彼らの足元には、小さな池ができていた。割れた酒や水で形成された、池。

 稲妻が、そこに落ち込んだ。小さな、ジュッという音がした。


 黄色の閃光が、彼らの場所いっぱいに広がった。

その場でたたらを踏み、感電していく。銃器を次々と取り落としていく。倒れ込んでいく。悲鳴が折り重なる。折り重なる。


「……」


 ハイドは片腕を彼らの方へ突き出して、魔法陣を展開。どす黒い赤色。今度は何も呟かなかった――そのまま、魔法が紡ぎ出された。無数の爆発のかけらが、彼らのもとへ向かった。


 いくつもの小爆発が起きて、彼らは盛大に店外へと追い立てられていった。例外なく、その痛みを背負いながら。店内が爆発の光でほんの少し輝く。とうに撤退命令が出ていたらしい。あるいは独断か。彼らはハイドに恐怖の目を向けながら逃げていく。逃げていく。小さな爆発はその後も続いて、残る全てを店の外へ追い払っていく。誰も、死んでいない。むろん、それ以上の被害を受けている者も居るだろうが。仕方のないことだった。

 彼女は片腕で拘束していた元・人質を見た。

 男は気を失っていた。その股ぐらから、据えた匂いの液体が垂れていた。


 ハイドは彼を兵士たちに向けて投げ込んだ。彼らは人質を受け止めると、そのまま彼女を見ながら店外へと逃げていく。通信で怒号が鳴ったようだが、誰も聞いていなかった。転倒しつつもんどりを打ちつつ、夜の闇へと消えていく。おそらくはもう二度と、ここへはやってこないだろう……死にに来るのでなければ。

 そうして彼らは、いなくなった。

 後には、死のような静寂が残った。


 店内はひどいありさまだった。嵐が通り過ぎたようだった。明滅する白と黒の光と影の中で、あらゆるものが破壊されて撒き散らされていた。ハイドは息を長く吐きながら、周囲をぐるりと見渡した……二、三の死体。風景と同化していた物言わぬ肉体。何も知らないまま、戦いに巻き込まれて、死んだ者たち。

 ハイドは彼らをしばらく見つめた。

 それから視線を外し、別のものに気付いた。というよりは、ずっと気付いていた。


「気分はどう? そこで見ていた気分は」


 本当のことを言えば、ルシィも考えていることは一緒だった。

 敵が人質もろとも撃とうとした時点で、自分が前に出て床を撃ち、奴らを感電させるつもりだった。しかし結局、足は動かなかった。前には進まなかった。

 彼女の足は今、震えていた。止まらなかった。頭の一部が、麻痺しているようだった。


「……急に」


 そのままの状態で、上半身を膝の間にうずめて、呻く。


「急に……父さんと母さんと、弟の顔が頭の中いっぱいに広がって……」

「それが、戦いというものよ」

「私、一応警官で……」

「人間しか、相手にしたことないでしょう」


 言うべき言葉がなかった。ルシィはそのまま、膝を抱えてため息を付いた。

 ともあれ、これで戦いは――……。


 だが。

 そこでハイドは動いた。ルシィには理解できなかった。しかし、それを問う前に。

 彼女の手のひらは、翠色の魔法陣を展開していた。その先に居たのは、呻きながら地面を這いずる一人の男――双眸が、こちらを見る目が、驚愕に見開かれ――。

 ……直後。閃光が目の前を通過。

 男に突き刺さろうとした。しかし光は弾かれた。撹拌されて霧散した。男は腕で顔を覆い目を瞑っていた。意味のないことだった。彼の目の前で、閃光は防がれた。

 防御魔法だ。咄嗟に展開したそれが、割れた窓から一直線に差し込んだ閃光を完全に防いだのだ……翠色のグリッド線の残滓が周囲に舞い、余韻を晒す……。

 不意打ちは、防がれた。ハイドは、その閃光を予期した。咄嗟に攻撃して、一人の人間を守ったのだった。


「無事、」


 ハイドは、助けた男に近付こうとした。足元で破片が音を立てる。


「ま、」


 男は、後ずさった。彼の傍らには焦げ付いたペーパーバックがあったが、もう気に留めていなかった。彼の目は、ハイドを見ていた。

 恐怖に、凍りついていた。


「魔法少女だ……」


 ハイドの動きが、止まる。彼に手を差し伸べたまま。

 男はそのまま、這いずりながら店の外へと移動していく。血の轍が、僅かに後方へ。


「何よあいつ、助けてもらっておいて、よく……」


 ハイドに近づいて、その続きを言おうとした。

 だが、それ以上何も言えなかった。

 その姿が、全てを物語っていた。彼女の瞳は空虚だった。

 頬に汗がたれて、身体がこわばっていた。

 ルシィは何かを感じて、転がっている死体を見ないようにしながら店外へ。

 夜の闇の中に、幾つもの赤い光。虫の声が広がる漆黒から、遠雷のごとくサイレンの音。そして、幾つもの瞳。こちらを、店内を――ハイドを見つめている、幾つもの目。好奇。困惑。畏怖と、怒り。視線が、彼女をしばりつけているのだと分かった。

 闇の中から、少しずつ声がする。こちらに近づいてくる者たちが居る。ルシィの焦燥が高まり、同時に罪悪がこみ上げる。振り返ると、彼女がそこにいる。魔法少女が。拳を握って背中を向けて、惨劇のさなかに立ちすくんでいる。

 それまでの彼女の言葉。自分が見てきたもの。戦いから抜け出して、彼女はいかなる人生を歩んできたか。そして、何を守ることを選択してきたのか。

 その先で、今。

 たった今。この数分で、彼女は、何をやってしまったのか。


 サイレンの音が無数に近づいてくる。ざわめきが羽音のように群がってくる。ルシィはハイドを見つめた。声をかけようとした。だが、言葉が出てこない。彼女はただ、そこにいた。そこにいて、見つめていたのだ。死を。自らがもたらした、破壊を。


 夜が、破壊されたダイナーを包んでいく。侵略していく。

 空が、情景を見下ろしている。間もなくヘリコプターの羽ばたきが聞こえ始め、上昇していくと、光は点になる。


 そうして、セントラルの漆黒に埋もれていくのだった。

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