第8話 決起

 それから数カ月、粍野みりのは来る日も来る日も考えていた。まやかしの金閣が建てられつつある現状をどうすべきか。この課題は彼にとって、山よりも高く海よりも深かった。幾度も幾度も考えた。けれども、何らの有効な策も思いつくことはできなかった。

 ……いや、なかったと言うのは語弊があるかもしれない。彼自身解の一つに薄々気づいていながら、それを回避しようとしているのかもしれない。

 解の一つを指摘したのは、尺田しゃくただった。すなわち、民衆に呼びかけてはどうか、と提案したのである。それは最適解ではないかもしれなかったが、一つの取り得る解として何ら不自然なものではなかった。

 粍野は即座に拒絶した。彼は民衆になぞ期待していなかったからだ。一人の学生が何か発したところで、聞こうとは思わない。従って発したところで徒労に終わると言うものである。

 それに、彼は民衆に呼びかける一人の側になるのも嫌だった。思い出すのは数か月前、至る所で募金活動をしていた者どものことだ。どんな身なりをした者も、彼らの中で純粋な考えから行動を起こしていた者がいたかはたいそう怪しいものだった。彼は今でもそう信じている。自己陶酔、あるいはもっと直接的な私利私欲のために金閣炎上を利用したに過ぎない。そのような人間と同一視されることを、彼は酷く嫌がったのである。

 かと言って他の解を見つけることも難儀であった。平和的手段によって解決を図るには、彼は余りにも小者すぎた。平和的解決には民衆の賛同を得て、大きな力とすることが必須である。それを大した伝手つてのない彼がやるのは、余りにも非現実的であった。挑んだとて負けが見えている戦である。

 ひょっとすると誰か有力な人間が現れるかもしれない。自分とは違い、民衆を惹きつけることに長けた人物が。あれだけ美しかった金閣である。今度の再建がまやかしであることに気がつき立ち上がる者が出て来る可能性はある。その時は彼に惜しみなく協力しよう。その可能性に賭け、もう少し、もう少しだけ待ってみよう。いつしか粍野はそう決意していた。


 もう少し、もう少しだけ。そう言い続けるうちに、また七月二日が来てしまった。オンス氏は稀に見る優秀な建築家であったため、この半年間、設計も恐るべき速度を以て進んだ。鹿苑寺には資材が運び込まれ、金閣の本格的建設が今まさに開始されようとしていた。地鎮祭じちんさいさえ今日取り行われようとしている。

 結局、現行の金閣再建に反対を求める者はついぞ現れなかった。何の兆しもないまま節目の日を迎えたことに、粍野は落胆した。このままでは、計画が覆ることはない。『日本』の象徴としての金閣それ自身を否定する金閣再建計画は、永久に覆ることはない。金閣は永久に米国の建築になってしまう。自分で自分を否定する金閣の建設に、どうして唯々諾々いいだくだくと従うんだ。粍野は、独りそんな怒りを抱えていた。 


 そして、遂に決意した。


 翌七月三日。粍野は大学生らしく詰襟型の制服を着て嵐電らんでんの駅前に向かった。無数の檄文げきぶんを載せた、粗悪なわら半紙を携えて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る