第6話 取り違えられた『本質』

 時間にして、ほんの数秒のことであった。粍野みりのがようよう意識を取り戻すと、オンス氏は先程の説明を続けていた。粍野が憤死寸前にまで怒りを覚えていることなど、誰も気がついていないようだった。淡々と続く説明をどこでどう打ち破り、追及するべきか。それを思案するだけの冷静さを、少しずつ取り戻していった。あのような表記は決して許容されるべきものではないが、ここで直ちに全面戦争となるのは避けなければならない。氏にも明確かつ正当な理由があるかもしれないからだ。自分の何倍も実績のある人物であるし、紹介してくれた教官への恩義もある。今取るべき最初の行動は、好戦的対決ではない。そのように、彼は考えた。


 一通り説明が終わったところで、休憩に入った。隣室のソファーでコーヒーが提供された。輸入が再開されたばかりのまだ慣れぬものを飲みつつ、何気ない風に切り出すことにした。

「先程図面を拝見しましたが、あれはなぜフィート、インチ表記なのでしょうか。日本建築ですから、尺貫法に基づいて書く方が自然なように思います」


 オンス氏はゆっくりうなずいた後、質問に答えた。

「あれには、理由が二つあります。一つは、私自身にとって扱いやすいということ。米国で長く活動してきた私にとっては、あの書き方の方が扱いやすいのです。無論尺貫法の存在は知っていますし、私にも使えないことはないと思いますが、慣れないものを使って大事業を失敗させてしまっては大変です。

 

 それから二つ目は、フィート、インチを使うことで足利氏の持っていた富と権力としての金閣をより表現することができるからです。尺貫法やメートル法に比べると、これらは決して使いやすいものではありません。しかし、だからこそ、これらを使うことはかつての足利氏が最も繁栄していた時期の象徴としての金閣にはふさわしいのです。あの時代は動乱の時代でしたが、いかに戦闘力それ単体が優れていようとも、複雑な仕組みを理解し使いこなせなければ、国を動かすだけの権力を長きにわたって維持し続けることはできなかったはずです。それは今も昔も変わりません。足利氏はその素質を持っていたからこそ、黄金の建物を建設することができたのです。そして今、その再現は、尺貫法やもっと単純なメートル法を以てしては、充分ではありません。一見複雑で取扱いが容易でない度量衡どりょうこうを採用することで、初めて本質的な再現が可能となるのです。そのように、私は確信しています」


 これを聞いた粍野は、しばらくぼうっとしていた。氏は自分とはまるで考え方が違う。根本的な部分で違っている。そのため並大抵の議論では話し合いにもならず、意思の疎通が図れない。そう感じたからである。

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