第4話 コネクション
それから
「おや?」
教官との対話を終え帰宅し、自室のドアノブに手を掛けた瞬間に、ひとりでに声が出た。引っかかりを覚えたからである。「数値の読み換え」……これが何を意味するのか、疑問に思ったのである。だがそれについてはすぐに納得した。明治の図面であるから、おおかた尺貫法に基づいて作図されたのであろう。今日では最早メートル法に切り替えが進んでいるから、それを指しての「数値の読み換え」であろう。そのように彼は解釈した。
しかし……それでもなお、彼は心の内に何かざわざわとした葉音が響くのを知覚した。金閣に破滅的な変化をもたらす何かが起きようとしている。第六感とでも呼ぶべきものによって、それを認識しかけているように彼には思われた。
外野のままではいけない。何とかして蚊帳の中に入らなければならぬ。幸いにして粍野は一応建築科に所属しているので、それを利用することにした。また京都の大学であるから、教官を頼れば金閣に関わる伝手が何かしらあると踏んだのである。
「君が何を探ろうとしているのか私には掴みかねるが……まあ、一応知人を当たってみるよ。返事が来たら知らせるから、しばらく待ちなさい」
オンス氏と連絡を取りたい、と申し出たところ、指導教官はあまり気が乗らないようであったが、対応を約束した。ただし大学に迷惑をかけないように、と忠告された。
一週間ほどで返事が来た。進捗確認のため、オンス氏の作業場を京都府の担当者数人が来月訪問する。その席に同行する形で良ければ、二時間程度見学できるとのことだ。現段階で見せられる情報には限界がある上、質問も随時対応可能とはいかないかもしれないが、今回の事業を見ておくことは貴殿のような建築学生には役立つだろう、とオンス氏からの返信には記されていた。打診に当たって指導教官がどのような説明をしたか分からないが、おおかた、熱心な学生が偉大な氏との対面を熱望している、とでも伝えたのであろう。そうであれば先方からはそのように思われている方が都合が良いので、粍野は、オンス氏を敬愛する熱心な若き建築学生に擬態せねばならなかった。そこでこれから面会までの一カ月は、従順たる若き見習い建築屋として振舞う訓練に励む決意をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます