第3話 介入
さてそれから数日後。
飛び込んできた、という表現は事実に反する不適切な表現だったかもしれない。なぜならそれは、ガラスを割るが如き運動量を以て世間に広められた訳ではなかったからである。焼失を報じた時とは対照的に、新聞の隅に五センチ角で載った程度の、些末なニュウスであった。
その日も粍野は午前の講義を終えた後、独りで昼食を摂り、図書館に向かった。世の動きを追うためである。外界から隔絶された大学で日の大半を孤りで過ごしていると、世のことが何も分からなくなる。そこで時々図書館の新聞を眺め、世情を知ろうと試みるのである。
いつものように京都の地方新聞に目を走らせていると、三面に「金閣」の二文字が見えた。何事かと思い粍野は記事を見た。「金閣再建 米建築家主導へ」との見出しが付いていた。五センチ角の本文を数度追った後、急ぎ指導教官の元へ駆け出した。
「先生これはどういうことですか」
粍野は肉体の鍛錬をせず、また貧しい食事ばかり摂っていたので、教官と面会する頃には一日分の運動可能量をとっくに使い果たしてしまった。そのため死期迫る病人の如き様相を呈しており、教官を大層驚かせた。
「この、今朝の新聞で、金閣が……」
そう言って記事を指さしたところで、図書館で貸出処置もせず新聞をひっつかんできたことに気が付いた。
「まあ落ち着きなさい。ああ……それかい」
教官の顔が曇った。
「記事の通りだ。米国のパイント・オンス氏が再建に尽力する旨を示してくださった。今後は彼が主導することになるだろうな」
「なぜ、なぜ米国が介入するのですか。あれは『日本』の建築物でしょう」
面前の教官に当たっても仕方のないことと知りつつ、怒りを抑えきれず、粍野は叫んだ。
「……残念なことに、今の我が国には、経験豊富な専門家が不足しているんだ。みんな死んでしまったからね。どうしようかと思っていたところへ、オンス氏が名乗り出てくださったんだ。日本での実績こそないが、経歴を見る限り優秀な方のようだ。何ともありがたいお話だということで、彼に参画していただく運びになったんだ」
「でも日本での経験はないんでしょう。金閣を含め日本建築に造詣が深いとは思えませんね。そんな人物に主導権を与えるのは、問題ではありませんか。日本建築の経験がないのであれば、国内の他の専門家がやるのと変わらないでしょう」
その問いに対し、教官は口を横に広げるだけで、明確な返答を与えなかった。
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