番外編 とある吸血鬼の追憶
――嫌だ! 死にたくない。
今思えば、無様な命乞いだった。だが生への執着が俺に誇りを捨てさせ、仇敵の前に平伏させた。
タナトス計画によって生み出された禁忌のデザイナーベビー、それが俺たちだった。
人類の希望となりうる存在という名目で作られた俺たちだった――だがそんな自然の摂理に反した歪な存在を世界は許さなかった。
人為的に生み出された死神は、ほとんどがその身に欠陥を抱え、皆若くして死んでいった。
ほとんどのものは先天的な遺伝子疾患で齢十歳前後で死に、仮に生き残ったとしても別の問題を抱え、どのみち未来は残されていなかった。
その中でも取り分け、致命的な欠落があったのが俺だった。
他人の血を呑み込まないと、急激に衰弱死してしまうなぞ、生物として成り立っていない、粗悪品もいいところである。
すぐに廃棄される予定だったが、研究者たちはそんな無様な命乞いをする俺が面白かったのか。飢餓状態になった俺にわざとぎりぎりまで血を与えずに、苦しむ姿を嘲笑って、山の中の極秘研究所という閉鎖空間で生じた日々の不満の捌け口にしていた。
他者の存在がないと命を繋ぐことさえもできない、タナトスどころか、生物としても不完全な存在。そんな俺を奴らは欠陥品の烙印を押して、床に垂らした血を舐めさせた。
ディスィーストに対抗できる最強の存在? 笑わせる。他者の血と生きていけないような存在なぞ、ただの痴愚だろう。
屈辱で身を震わせながら、垂らされる血を埃とともに舐めとると、研究員全員が腹を抱えて笑い出した。
自己の矮小さを自覚するとともに、目の前の人間その全てに対する業火のような感情を抱く。
――いつか必ず、貴様ら全員を俺の前に跪かせてやる。
どす黒い炎を抱えながら、ただ虐げられる日々。
そんな日々が――爆炎がこの身の全部を焼き尽くしたあの日とともに終わりを告げた。
体の半分が灼かれていたが、前日に血を摂取していたおかげか何とか立つことができた
――死にたくない死にたくない死にたくない
見苦しいほどの足掻き、その生への執着が俺を前に進ませた。
喉が渇く、ひどい飢餓感に苛まれながら。炎の中を縫って逃げる途中で見つけたのだ、たった一人の人間を。
「助けて、助けて」と泣きながら俺の足に縋ってきたのは、いつも俺に命乞いを指せていた研究員。
――それを見下ろした瞬間、笑いがこみあげてきた。そしてその涙で塗れた顔面を勢いよく、蹴った。
今まで自らを足蹴にしていた奴を踏みつけ、唾を吐くことがこんなに楽しかったのか。
完全に立場が逆転――いや違う。最初からそうだったのだ。人を超えた能力もったタナトスである自分はこちら側なのだと。
命乞いを一通り聞き終わると、その喉を食い千切って血を啜った。虐げられていた時とは違う甘美な味に興奮を覚えた。
その後、同じように怪我を負った研究員を片っ端から鏖して血肉を貪った。
身体と服についた一滴の血さえも飲み干した。
不思議だ――あれほど脆弱だった肉体、限界寸前だと立つことさえもままならなかったのに今は体の芯まで血が行き届き、満たされている。
この体は他者の命に縋らないと生きてはいけないのではない、人の命を自らの糧として、吸収する力があるとこのとき初めて知った。
今までの人生の中で最も高揚している、緩む頬を、哄笑を止めることができない。
奪う側、虐げる側になることが、こんなにも――
「フフフフフフフハハハハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハ!」
見上げるとそこには満月であった。
この日俺は――吸血鬼ブラムは生まれたのだ。
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