第41話 ラブストーリーは突然に……。

 まだ朝日が昇る前の早朝、俺は目覚める。

 外はまだ真っ暗であり、鳥も鳴いていない。


 別に早く起きようと思っていたわけではないが、ヒヨリンの膝枕や温泉で温まった事もあり、ぐっすりと熟睡できた。

 おかげで疲れが取れて、早朝から目が覚めてしまう。


「ちょっとまだ早いかな? ん~まぁいっか。んじゃ行くかね……。」


 そういうと、俺は階段を下りて1階に行くと、みんなが寝静まった家の扉をそっと開けて外に出た。


「うぅ……さぶ! 朝はやっぱ冷えるなぁ。まぁこんな半袖短パンじゃ寒いに決まってるか。ウィンドブレーカーとか作れるかな? 今度街に行ったら素材入手しとくか。」


 誰もいない寒空の中、俺はそんなことを呟く。

 この世界に季節があるのかはわからない。

 しかし、早朝にも関わらず半袖短パンで出れる事から、季節は夏の終わりか秋の始まりに近いのかもしれない。


 俺は家を出ると、ゆっくりと畦道を歩いて行く。

 10分くらい歩いていると、うっすらと朝日が昇り始めた。

 朝日は、黒く染まった牧草地帯に色を与え始める。

 俺は立ち止まると、朝日が昇る風景を眺める事にした。


「きれいだなぁ……とても異世界とは思えないや。」


 そして俺はまた歩き始める。


「お! あったあった!」


 俺の目の前には、牧草地帯には似合わないバスケットコートが設置されていた。


 ストリートバスケのコート。


 そう、こんな朝早くに俺がどこに行こうとしていたかというと、昨日こっそりと作っていたバスケコートであった。


 俺はそこで軽い準備体操をすると、さっそくボールを地面についた。


 ダン ダン ダン ダン


 一定のリズムで心地よいドリブル音が静かな早朝に鳴り響く。


「うん、良い感じ!」


 家から離れた場所にコートを作った理由は、単純にこの音が近所迷惑になると思ったからだ。

 俺はドリブルの感触を確かめ終わると、ゴールに向かってシュートを放つ。


 スパ!!


 早朝1発目は、気持ちのいいシュートだった。


「いやぁ……なんつう気持ちよさよ、これ。やっぱバスケは最高だな!」


 俺は試練の間で散々シュートを打っていたのだが、これはまた別物である。

 ひさしぶりに自然の中でやるバスケは格別なものがあった。


「うまいもんね、それどうやるのかしら?」


 突然、後ろの方から女性の声がする。

 俺は振り返るも朝日の逆光で顔がよく見えない。

 しかし、声ですぐにわかった。


 マリリンだ。


「あれ? おはよう、マリリン。こんな朝からどうしたの? 寝れなかったか?」


 俺はなんでマリリンがここにいるか疑問に思う。


「そうね、あんまりよく寝れなかったわ。朝、扉が開く音がして起きちゃったの。それで窓からシンが歩いて行くのが見えたから気になってついてきちゃったわ……。」


「そっか……ごめんね。起こしちゃったか。次は音を立てないように気を付けるよ。」


 俺は素直に謝罪する。


「シンはいつもそうね……。そうやってすぐに謝る。本当は私が謝りたいのに……。」


 なんだか、マリリンの様子がいつもと違う。

 それが何なのか俺にはわからなかった。


「ごめんって、ああ。癖みたいなものかもね。またでちゃったよ。でもなんでマリリンが謝るんだ?」


 朝日に照らされながら二人の会話は続く。


「シンに酷い事を沢山言ったわ。態度も酷かったわ。自分でもどうかしてると思っちゃうくらいにね。」


「いや、そんなことないっしょ。第一、俺が悪いんだし、マリリンが気にすることじゃない。」


 俺はなんで謝られているのか本気でよくわからなかったが、嫌われずに済んだ事だけはわかってホッとした。


「またそうやって、優しい事を言う。前に言ったわよね。勘違いするからやめた方がいいって。」


「あぁ、そうだったね。ごめんね。あ、また……。まぁでも意識して優しくしてるわけじゃないんだけどなぁ……。」


 俺は何だか照れ臭くなって頭をポリポリ掻き出す。


「そう……そうね。あなたはそういう人だったわね。そんなあなただから私は……。」


 最後の言葉は小さくて俺には聞こえなかった。

 しかし次の瞬間、マリリンははっきりとした口調で言う。


「ねぇシン! 私ね、あなたに助けてもらえて……あなたに会えて本当に嬉しかったの!」


 俺はいきなり直球で感謝されて戸惑った。


「お、おう! 俺もマリリンを助けられてよかったぜ。」


 俺がそういうと、マリリンは小さく……でも力強い声で……。


「あのね……私、あなたの事が好きになったみたい……。なんだか私が私じゃないみたい。何故かあなたのことばかり考えてしまうわ。」


 突然の告白に俺は嬉しいとか思う以前に、びっくりした。

 昨日まで散々な態度をとられていて、完全に嫌われていると思ってたからだ。

 もしも、ラブラブムードから始まる告白なら、今頃デヘデヘ、ブッチュウしているところだが、今回は全く違う。


 完全に不意打ちだ!


 どうする俺!

 なんだこれ?

 これがハーレム系主人公の宿命か!

 

 俺の探している嫁が誰かもわからねえのに……。

 だけど、ここまでマリリンに言わせたんだ。

 黙っていたら男じゃねぇ!


 頭の中がグルグル回っている。

 必死に考えるも、現実には言葉が出せない。


 そんな俺の様子を見たマリリンは、


「いきなりこんな事言ってごめんなさい。シンを困らせるつもりはないの。ただ、ずっと嫌ってると誤解されたままでいるのが辛くって……。」


 そういうとマリリンは、目に涙を浮かべて


  笑った……。


 マリリンはどれだけ辛い思いだったろう。

 どれだけ勇気を出してこんなことを言ったのだろうか。

 自分の感情とは別に逆の態度をとってしまう。

 そんな自分を一番嫌っていたのはマリリン本人であった。

 好きな相手に嫌いだと思われている。

 それは多分、想像を絶する苦しさだった。

 不安だった……。

 嫌われたかもしれないと思った。


 そう思うとマリリンはまともに寝ることもできなかったのだ。

 そしてその気持ちを口に出した途端、涙が溢れてきた。

 でも、それで相手の重荷にはなりたくなくて、無理して笑顔を作ったのだ。


 マリリンの笑顔には、そういった想いが込められていた。


 そんな気持ちもわからない俺は、自分の感情をどう表現すればいいのかわからないでいる。

 マリリンのことは正直可愛いと思う。

 こんな彼女がいたら嬉しい。

 だが、それと好きや愛とは違う気がする。

 そんな中途半端な気持ちで答える事は、俺にはできない。


 故に、行動で示した。


 何も言わずにマリリンの肩をそっと両手で包み込む。

 それは、まるで冷たい朝の風から守るように、暖かな温もりの篭った優しい抱擁だった。


 そして俺はやっと口から言葉を出した。


「いつか……いつかきっと、全てがはっきりしたら……それまで待ってくれる?」


 俺が優しくそう答えると、マリリンは無言で涙を零しながら……


「待ってる。」


とだけ、涙で溢れた笑顔を見せるのだった。

 しばらくそのまま抱き合う二人。

 朝日はそんな二人を祝福するように照らすのだった……。

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