第25話 燃え盛る村

 そうこうしている内に前方に煙が見え始める。

 走り始めて数時間ではあったが、何も遮るものがないステップ地帯であったため、ブライアンは気持ちよく爆走してきた。


 行きは20日掛かっていたが、鬼族達の休憩を入れながら歩くスピードに比べれば、ブライアンの速度は圧倒的に早い。


「見えたぞ! 村だ!」


 俺が叫ぶと、マリリン達の顔は青ざめていった。


「あれは私達の村よ! なんで! どうしてよ! こんなのってないわ!!」


「どうして……何が起きてるの……?」


 マリリンは動揺して俺を掴む力が強くなり、ヒヨリンは死にそうな程顔を青ざめさせて、ぶつぶつとつぶやく。


「敵がいるかもしれない! 俺が先に踏み込む、二人は俺が合図したらブライアンと一緒に来てくれ!」


 ブライアンから飛び降りると、ドリブーストを使い村に駆け込んだ。

 村の柵を飛び越えて中に入ると、辺り一面の建物からは火が激しく燃え上がっており、付近は真っ赤に染まっている。


「く……熱い。やばいなこの熱気は……誰かいませんか! 誰かいたら返事をして下さい! 助けに来ました!」


 必死に叫ぶも返事はない。

 そこには敵どころか、人の気配すら無かった。


「みんな来てくれ! 中に敵は見当たらない、火が激しく燃えてるから気を付けてくれ!」


 マリリンとヒヨリンを乗せたブライアンは柵をぶっ飛ばして中に入ってくる。

 マリリンはブライアンから降りると、目の前の状況を見て、その場に崩れ落ちた。


「嘘……なんで村が? どうしてよ! なんでよ! どうしてこんなことに……。」


  パシ!!


 すると突然、ヒヨリンは崩れ落ちたマリリンに近づき、マリリンの頬を平手打ちする。


「しっかりして! まだ誰かいるかもしれない! すぐに諦めないで! マリリンが無理なら私一人で助けに行く! マリリンはそこで座ってて!」


 普段おどおどしているヒヨリンであったが、今のヒヨリンは必死に生存者を探すを考えており、その目はまるで目の前の炎のように激しく燃え上がっているように見えた。


「母なる生命の源、水の大精霊よ。今一度矮小な我が身に力を貸し与え給え!オーバーレイン!!」


 ヒヨリンがその場で呪文のようなものを唱えると、上空に黒い雲が集まり始め、あたり一面に猛烈な雨が降り注ぎ始めた。


 雨に打たれながらも、まだ放心状態のマリリン。


「一緒に探そう! まだ誰か助けられるかもしれない! 村を案内してくれ!」


 俺はマリリンを無理矢理抱き起した。


「私は何をやってるの……。私は! 風の巫女よ!」


 マリリンは立ち上がると、毅然とした姿で呪文を唱える。


「我に従えし、風の妖精シルフ達よ。我が願いに答え、姿を顕現せよ! スピリットサモン!」


 すると緑色の光る球体が無数に現れた。

 その光る球体の中をよく見ると、小さな妖精が飛んでいる。


「みんな私に力を貸して! 村の中で生きている人を探してきて欲しいの! お願い、急いで! 見つけたら知らせて!」


 無数に浮かんでいる緑の球体は、勢いよく散り散りになって村に飛び散った。


 燃え上がる炎は激しい雨に打たれ、少しづつ火がおさまりつつある。

 マリリンはヒヨリンの下に駆け付け、涙を流しながら叫んだ。


「ヒヨリンごめんなさい! もう大丈夫。情けない姉でごめんね。」


「よかった……大丈夫……きっとみんな……無事……。」


 ヒヨリンはマリリンに笑顔を向けるとその場で気を失った。

 ヒヨリンが使った魔法はかなり精神力を消耗する大呪文であり、その反動は大きい。

 マリリンの姿を見て気が緩んだヒヨリンは、その場で倒れそうになるもマリリンに支えられ、横に寝かせられた。


 その時、緑の球体がマリリンの下に戻ってくる。


「え? ほんとに? まだ息はあるのね! いそがなきゃ!!」


 どうやら妖精は生存者を見つけたようだ。


「シン! 生存者が見つかったわ! ついてきて!」

「わかったわ! 急ぐぞ!」


 俺達は妖精に案内されて、生存者の下に向かった。

 二人は焼け崩れた建物を抜けて、広場に到着する。


 そこには十字架のような木の棒に張り付けられ、血だらけで、煤によって体中黒くなった長老が吊るされていた。

 木の棒の下には一本の長刀が突き刺さっている。


「おじいさま!!」


 俺はすかさず十字架に駆け寄り、落ちている長刀を拾うと、長老を縛る紐を切って長老を下すが既に意識が無い。


「おじいさま! おじいさま! ねぇ! おじいさま! 待ってて、今傷を治すから!」


「安らぎを与えし、風の精霊よ。かの者を癒す風となりて、吹きそそげ。ヒールウィンド!」


 癒しの風が長老を包み込むが、長老の体は回復していかない。

 損傷が酷すぎる。


 風の精霊による回復魔法は自然治癒能力を高めるに過ぎないものであり、現在の長老の状態では焼石に水状態であった。


「お願い! 回復して!!」


 しかしマリリンの強い思いが奇跡は起こした。


 長老は目を開き、マリリンに気付く。


「おぉ……マリリン。無事でよかった……。任せろって言っていたのにこの様じゃ。すまない。」


「おじい様! 気が付いたのね! 今ヒヨリンを呼んで助けてあげるから! ヒヨリンの魔法ならこのくらいの傷どうってことないわ!!」


「そうか……ヒヨリンも無事か。それは本当によかった……。じゃが、ワシはもう無理じゃ、自分の事は自分が一番よくわかる。最後にマリリンに会えただけで幸せじゃ、もうすぐ先に逝ったヒミコが迎えにくるじゃろうて……。」


「やめて! そんな事言わないで! 絶対助けるから諦めないで! シン! ごめんなさい、すぐにヒヨリンを起こしに行ってきて!」


 マリリンは必死に叫んだ。


「すまない、だがもう遅いのじゃ。頼むから最後まで聞いてくれ。そこにいる者も聞いてほしい……。マリリンがつれ攫われた後、違う鬼族達に見つかってしもうた……。奴らは巫女がいないのを知ると、年寄りは全て殺し、若い者達は全員連れ去ってしまったのじゃ……。ワシも必死に抵抗したが、この様じゃ……本当にすまない……。」


 最後の命の灯を燃やして、必死に伝える。


「いいから! もう話さないで! 今助けるから! なにしてるのシン! 早くヒヨリンを呼んできて! 早く! お願いよ! 早く行ってってば!」


 マリリンは泣き叫んだ。

 とにかくヒヨリンを呼びに行こうと走ろうとするが、何かに躓いて転ぶ。

 見ると、長老が最後の力を振り絞って長刀を握り、俺の足に引っ掛けたのだ。

 しかし、それに気づかないマリリンは激昂した。


「何してるの! 早く行って! 急いでって言ってるでしょ!」


 マリリンはかなりヒステリックになっている。

 誰かに当たらなければ精神を保つことができなかったのだ。


「すまない、そこの若い者よ。初めてあった者にこんな事を頼める義理もないが、マリリンとヒヨリンをどうかよろしく頼む……幸せにしてほ……じゃ……。代わりに……この長刀を持って行くんじゃ。きっと役にたつ……じゃろう……。」


「わかった、必ずその願いは俺が叶えてみせる。だから安心してくれ! すぐにヒヨリンを呼んでくるから耐えてくれ!」


 俺は駆け出した!

 長老は穏やかな笑みを浮かべ、マリリンを見る。


「マリリン……泣くんじゃない、美人がだいなしじゃ……マリリンにお願いが……があるんじゃ……ワシを山のふもとに立てたヒミコが眠る墓に入れて……ほしいんじゃ……ゴハ!」


 長老の命はもうわずかであり、激しく吐血する。


「わかったわ……わかったから……もうしゃべらないで……。」


 マリリンは泣きながら長老を抱きしめた。


「ワシも……ヒミコも……マリリンと……ヒヨリンのおかげで幸せじゃ……った……しあわ……せに……なるん……じゃぞ……。」


 そう言うと長老は静かに息を引き取った。


 俺は猛ダッシュでヒヨリンを抱えて戻ってくるも、既に手遅れだった。


 すると空から現れた光の柱が長老を包み込む。

 その光の中には、見たことがない老婆が笑っており、透明になった長老の手をとって空へ連れていく。


 二人はとても幸せそうな顔して笑顔でマリリン達を見つめた。

 気が付いたヒヨリンもその光の柱を見て、涙を流す。


「じいじ……ばぁば……。」


「おばぁさま……おじいさま……おばあぁさまぁぁ!おじいさまぁぁ!」


 マリリンの叫び声に返事はなく、その声はその場に空しく響き渡る。


 そして二人は

 仲良く静かに空へ消えていくのだった……。


「なんで! どうして! どうしてのなの! わたしが……私にもっと力があったら……。もうやだ! 誰か助けてよ! 一人にしないで! やだ……こんなのやだよ……いやああぁぁぁぁ!」


 残されたマリリンはそのまま膝をつき、魂のなくなった長老の前で少女のように泣きわめく。


 俺は言葉を無くした。

 そして涙が止まらない。


「俺が……もっと早く来ていたら! 昨日のうちに向かっていたら……俺が……俺のせいだ! くそ……なんで気付かなかった! なぜこの可能性を考えなかった! ゆるさねぇぞ鬼族! こんなの人がする所業じゃねぇ! 絶対に許さねぇ、だがもっと許せねぇのは俺だ!」


 俺は、思いっきり自分の頬をグーでぶん殴った!

 行き場のない怒りをぶつけるには自分しかいなかったのだ。


 ドガ! ドガドガ!


 顔面が自分の血で真っ赤に染まっていく。

 何度も……何度も無力な自分を責め、そして自分を殴り続ける。


「もうやめて……あなたは悪くないわ。生命の源に宿る母なる水の精霊よ、かの者の傷を癒し救い給え、ウォーターヒーリング!」


 振り返ると俺の顔を両手で掴むヒヨリンが立っていた。


「ヒヨ……リン。すまない……助けられなかった。」


 下を向き、目を強く瞑りながら謝罪する。


「いいの、辛いけど私は大丈夫。だってマリリンがいるもの……。」


 その目には涙が溢れていた。

 そしてヒヨリンは泣き崩れているマリリンの傍に寄り添う。


「おねぇちゃん、じぃじとばぁば、幸せそうな顔してたね……。だからもう泣かないで。私がいるから……ね? じいじとばぁばに二人で花嫁姿見せてあげよ? だから……おねがい……もう一人にはしないで……。」


 ヒヨリンは泣きながらマリリンを抱きしめると、しばらくの間泣きながら抱きあう。


 そして、その場に悲しみの声だけが響き渡るのだった。

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