第17話 鬼族の国と巫女の村
鬼族の国は、大樹のある巨大な森を隔てて馬族の国の逆側に存在する。
純粋な鬼族は、俗にいうゴブリンやオーガ等と呼ばれる種族であるが、現在は人間とのハーフ等も増え、人間の血を取り入れる事で強い者が現れた。
故に、鬼族は精霊の力の濃い人間の女や男を探しては連れ去り、自分の国に持ち帰って子孫を残そうとする。
しかし人族の国と鬼族の国はかなり離れている。
遠くても遠征して攫うだけの価値がある人族だが、人族の国に行くには強大な力を持つ、巨人族や竜族の国等を通らなければいけない。
特に竜族は人族と友好的でり、鬼族が攻めようものならば全力で迎撃されてしまい、いくら屈強な鬼族であっても、竜族の国などを越えて人族の国に攻め込むことは不可能であった。
ではどうやって人族を攫っているのだろうか?
長い歴史の中で、全世界に人族が精霊の力を宿すことができることが知れ渡った。
その結果、様々な種族が人族を遠く離れた地につれ攫うことが増える。
また人同士の争いで敗れた者達や、人同士の戦争を嫌った者達は、比較的親交の深い竜族に頼んで遠い地に連れて行ってもらい、そこでコミュニティを形成する事もある。
そういった背景から、遠く離れた地にも人族は存在する事となり、世界各国に人のコミュニティーが広がっていった。
今回鬼族に狙われた村は、人族同士の争いから逃げてきた者達であり、1000人位の少数で村を形成していた。
当然その村に住む者達は、自分たち人族があらゆる種族の者達に狙われている事を知っている。
その為、巫女と呼ばれる者が精霊の力で結界を張り、細々と暮らしていたものであった。
しかし今回、偶然にも巫女が病に伏し、結界の力がたまたま弱まったところを鬼族に発見されてしまう。
それが今回襲われた原因だった。
だがしかし、鬼族は村を襲うものの、虐殺等はしなかった。
むしろ、交渉をするために小競り合いをした程度である。
何故ならば、ここで殺したり全員を攫ってしまえば、新たに精霊の力を持った人間が生まれる可能性が減るからだ。
鬼族達は戦闘狂ではあるが馬鹿ではない。
村の繁栄を助ける代わりに、精霊の力を持った人間を差し出してもらった方が効率がいい事を知っている。
その為、今回も必要以上の戦闘をする事はなく、
村で精霊に愛された者を二人を差し出せば、それ以上は襲わないと約束した。
付け加えるならば、他の部族から襲われた時に、助ける事さえ条件として提示している。
攫われる者は可哀そうであったが、巫女の力が弱まった今、いつどこから襲われるかわからない状況。
ここで争って撃退できたとしても、結界が回復するまで、何度も襲われれば村は持たない。
そういった背景から、村長は苦渋の判断で鬼族の申し出を承諾し、若き巫女二名を差し出す事を決めるのであった。
【長老の家】
「……というわけで、本当に申し訳ないが、これからお前達を鬼族に引き渡すことになった。未来ある若い娘を助けることもできないわしを恨んでくれ……。」
長髪で頭のてっぺんをお団子結びしている白髪頭の男は、申し訳なさそうに若い娘2人に対して頭を下げて伝える。
「何をおっしゃいますか、長老達が何日も話し合った結果ではありませんか、私達は今まで育てていただいた感謝こそあれ、恨みなど一切ありません。」
気丈に答えるのは、淡い緑色の巫女服に包まれたグラマラスな美女マリリン。
年齢は17歳で、黒髪ポニーテールの髪に、筋肉で引き締まったスレンダーボディ、少しきつめの目つきは意思の強さを感じさせる。
「私とマリリンは……元々孤児で……えっと、それで……拾って育ててくれたばぁばとじいじに……感謝してる。」
そう答えるのは、淡い青色の巫女服に包まれた気の弱そうな小柄な女の子ヒヨリン。
年はマリリンより一つ下の16歳で、茶色のショートカットにクリクリしたパッチリおめめ。
そして細見に見えるが、凶悪なパイオツを隠し持つ美少女である。
「そうです、おじぃさま。育ての親の為に犠牲になるなら、これ以上の誉れはありません。それに死ぬわけではありませんから。鬼族の国は、おいしい食べ物も多いと聞きますし、私とヒヨリンの事は気にしないでください。」
「はい……きに……しないで。だい……じょう……うぅぅ……。」
ヒヨリンは心配かけまいとマリリンに合わせて強がるも、本当は怖くて仕方ない。
絶対に泣かないで我慢しようと思っていたが、流れ出る涙を止めることはできなかった。
「ヒヨリン、あなたは私が守るわ、だから安心して。」
マリリンはヒヨリンを抱きしめて、そっとささやいた。
それをみていた長老は限界だった。
本当は娘のように育てていた二人を、鬼の手に渡すことなど死んでも許せない。
村の代表達との間の話合いでも、最後まで反対したのは長老だった。
「やっぱりワシには無理じゃ! こんな幼気な娘を差し出して何が長老じゃ! どうせやがては枯れる命。刺し違えても奴らを皆殺しにしてやる!」
長老は壁に掛かっている長刀を手に取り立ち上がるも、ヒヨリンが小さな体で扉の前に立ち、腕を広げて長老を止めた。
「ダメ! ごめんなさい! もう大丈夫! じいじが死んだら私も死ぬ!」
さっきまでのおどおどしたおとなしい感じはなく、その目には強い意志が宿っている。
マリリンもヒヨリンの隣に立った。
「そうです、私達はみんなと自分達の幸せのために、自ら鬼族の下に行くのです。それを無駄にしないでください。」
長老はその場で泣き崩れた。
「すまない……すまない……ワシが弱いばかりに……。」
「なんだいなんだい。大のじじいがみっともないったらありゃしないね。こんな若い娘たちが立派に勤めを果たそうとしているのに。」
奥の扉から一人の老婆が現れた。
「二人ともこっちにおいで。」
老婆は慈愛に満ちた微笑みと優しい声で二人を呼ぶ。
マリリン達が老婆の下へ行くと、しわしわの両手で二人を抱きかかえた。
「二人とも……こんなに立派になって。二人の綺麗な花嫁姿を楽しみにしていたんじゃがのうぅ、あたしが不甲斐ないばかりにこんな事になってすまないねぇ……。」
老婆は優しく二人の髪を撫でる。
「いいかい、決して諦めちゃならないよ。あたしの最後の力で二人に祝福を贈るさね。二人が幸せになれるおまじないじゃ。二人がいてくれたおかげであたしの人生は最高に幸せじゃった……。小さな手で、必死に花を摘んできてプレゼントしてくれたのが昨日の事のように思えるわい。本当に幸せじゃった。ありがとうね……。」
すると老婆の手から優しい光が溢れ、光が二人を柔らかく包み込む。
体の弱った巫女である老婆は、最後の力を振り絞り、光の精霊魔法【ハッピーターン】を唱え始めた。
「全てを照らす光の大精霊よ、我の全てを光に変え、この者等に光の祝福を与え給え……ハッピーターン!!」
この魔法は自身に対して幸せを与えてくれた対象のみに対し、与えられた幸せ全てを倍にして対象に返す禁忌の魔法。
なぜ禁忌かというと、使ったものは、体力や精神力が万全であったとしても一生不幸に見舞われ、そして体力や精神力の少ないものはその命を燃やし切ることになるからだった。
「おばぁさま!!!」
二人の悲痛な叫び声が部屋中に響きわたる。
今しがた巫女が使った魔法が、禁忌の魔法であると気づくが、もう手遅れだった。
「二人とも元気で幸せになるんじゃぞ……ほんに……しあ……わせじゃ……た。」
老婆は、その場で静かに瞳を閉じる。
その顔は幸せに満ち足りた顔であり、ただ安らかに眠っているようだった。
しかし、その心臓が動くことはもうない。
「ヒミコ!!」
長老は老婆の下へ駆け出す。
「なんで先に逝きおった……お前までワシを一人にするのか!」
「おばぁさま……おばぁさまぁぁぁ!!」
マリリンとヒヨリンも老婆に抱き着き、泣きじゃくる。
長老は涙を流しながら、二人に語り掛ける。
「さぁ二人とも行くがいい……。大丈夫じゃ、ばぁさんが二人を見守ってくれるはずじゃ。後の事は心配しなくてよい、わしが盛大な墓たてるけぇの……。」
マリリンとヒヨリンは老婆の額にキスをした。
「行ってきます。必ず幸せになって戻ってくるからね。」
「私も……幸せになる。」
二人は長老と亡くなった巫女に向かって誓うと、家を出ていくのであった。
村の門の前には、屈強な体をしたチョンマゲのサムライが立っている。
「別れの挨拶は終わったか?」
体つきは人族と比べると二回りは大きいものの、顔つきが人間に近いことから、鬼族のハーフ……つまりは強者であり、この軍隊の指揮官でもあった。
「えぇ、行きましょう。」
「……。」
マリリンは気丈に振舞うも、ヒヨリンは鬼族の見た目の怖さに何も喋れないでいた。
すると赤い顔で大柄のオーガがマリリン達に近づいてくる。
その鬼は甲冑を着込んでおり、強そうに見えた。
「オデタチ、オマエタチノセル カゴ モツ コッチコイ。」
二人はそのオーガに案内されてついていくと、そこには時代劇等で出てくる駕籠(かご)と呼ばれる物が置かれている。
それは、木製の座敷を1本の棒に吊るし、前後から人が担いで運ぶ乗り物であった。
時代劇で見るよりも二回り程大きいが、屈強な鬼族の力があれば余裕で持ち上がる。
「サァ ノレ ナニカアレバイエ」
二人は黙って駕籠の中に入った。
「ヒヨリン、大丈夫よ。おばぁ様の加護がついているわ、きっと見守ってくれるわ。」
「うん、マリリンが一緒ならあたし……怖くないよ?」
ヒヨリンはマリリンに笑顔を向けるが、顔は若干ひきつっており、緊張しているのが傍から見てもすぐにわかる。
「それでは皆の者! てっしゅーー!!」
二人は駕籠(かご)に乗せられ、鬼族の国へと旅立つのであった。
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