第18話 ヒロインは美少女に限る!

 マリリン達が鬼族の駕籠(かご)に乗せられ、村から出発してから20日が経過した。


 鬼族達は、指揮官を先頭にして列をなし、マリリンを乗せた駕籠1台と食料等を積んだ荷車10台を囲むように参列し、鬼族の町を目指して進行している。


 鬼族達が進んでいる場所は、ステップと呼ばれる丈の短い草原が広がる地帯となっており、降水量は少ないものの、昼と夜の気温差が激しい場所である。

 そのため、日が昇る前に動き始めて日が高くなると休憩し、気温が下がると再度出発して、日が落ちる前には暖をとって休むという行軍の流れのため、行軍速度は遅めである。


 そういった季候状況から、駕籠は通気性がよく設計されており、日中は比較的暑くはないものの、夜はかなり冷えた。

 大きめの毛布が駕籠の中には置かれており、日が落ちると二人は毛布にくるまっている。


 マリリン達が乗っている駕籠に窓はなく、木製の扉が1つあるのみで、扉の外側には閂が設置されているため、内側から外に出ることはできない。

 トイレ以外では外に出ることも、外を見る事も許されておらず、いつか村に戻りたいと戻っている二人にとっては不安しか残らない状況であった。


「冷えてきたわね、毛布を出すわ。」


 日が落ち始めて、駕籠の中に冷気が入り始めたことから、マリリンは駕籠の中に積まれている毛布を取り出し、ヒヨリンに渡す。


「ありがとうマリリン。ねぇ……鬼族の町って村からどの位遠いのかな?」


 ヒヨリンは渡された毛布を床に敷き、更にもう一枚を被るようにしながら、いつもと同じ話題の会話を始める。


「そうねぇ、村から出た事がないからわからないわね。でも指揮官の話だと、歩いて1ヵ月位って言ってたから、かなり遠いと思うわね。」


「私達、いつか村に帰ることできるかな……。それにしても今日はいつもより冷えるね。」


 ヒヨリンは毛布にくるまりながらもブルブル震えている。

 それは刺すような寒さのせいなのか、それとも不安のせいなのか、本人にすら分かっていなかった。


「寒いのはきっと、村から大分離れて気候が変わったせいかしらね。大丈夫、私達にはおばあ様がくれた幸福の加護があるじゃない。」


 そんなヒヨリンの様子を見たマリリンは、毎回同じ言葉でヒヨリンを慰めていた。


「そうだよね、大丈夫だよね。」


 そしてヒヨリンもまた、自分に言い聞かせるように毎回同じ返答を繰り返す。

 最初は不安で二人とも話すことなく、ただじっと駕籠の中で座っていたのだが、やることもなく外も見れない状況で、次第にどちらともなく昔の思い出話をし始めた。


 しかし10日も経つと話すような思い出話も尽きて、今では同じ事の繰り返しであった。


 しばらくすると駕籠の動きが止まり、駕籠が地面に降ろされる。

 どうやら今日の行軍は終わりで、鬼族達は野営の準備に入るようだ。


 30分もすると、いつものように駕籠の扉が外から開かれる。

 扉の外からは、毎度おなじみの赤鬼さんがご飯を差し入れてくれた。


「メシモッテキタ、キョウトクニサムイ、アタタカイスープ ヤル」


 赤鬼こと鎧オーガは味噌汁とおにぎりをお皿に乗せて持ってきた。


「あ……りがと……です」


 その風貌と顔の怖さから、何も返事をできなかったヒヨリンであるが、20日もすれば多少は返事ができるくらいにはなってきた。

 元々ヒヨリンは人見知りであり、家族やマリリン以外にはおどおどした話し方しかできないため、返事ができるだけ大分ましである。


「メシ、オワッタライエ。」


 それだけ言うと、赤鬼は再び扉を閉めた。

 マリリン達は、駕籠の中で手を合わせ「いただきます。」と言ってから食事を始めた。


「はぁ~あったまるわね。大根しか具はないけど、味噌汁はやっぱりいいわね。」


 マリリンは慣れ親しんできた味噌汁の味と温かさにほっこりする。


「ばぁばが作る味噌汁は美味しかった……ね。」


 ヒヨリンにとってのお袋の味は、育ててくれた巫女が作る味噌汁であり、その味と一緒に巫女が亡くなった事を思い出し、涙が溢れる。


「いつかまた、あの味の味噌汁を二人で作ろうね。」


 そんなヒヨリンをマリリンは抱きしめ、語りかけた。


 すると突然どこからともなく毛布の中から声が聞こえる。


「泣ける話ニャア。」


「誰!?」


 二人は突然した声の方を振り向くも誰もいない。

 しかし、毛布の下が若干もっこりと膨らんでいる。

 アズは赤鬼が食事を開けるために扉を開けた瞬間、タイミングを見計らって駕籠の中にうまく侵入していたのだ。


「シーーっニャ!」


 その膨らんだ部分がもこもこと毛布の中から外へ移動すると1匹の猫が現れて、猫のくせに口元に肉球を立てて話す。


「えっと……猫ちゃん? なんで猫ちゃんがしゃべってるの?」


 マリリンは5歳の頃に人族同士の戦争によって両親を亡くし、その後直ぐに巫女に拾われた。

 その時一緒に拾われたのがヒヨリンである。

 マリリンは人族の国にいた頃、1匹の黒猫を飼っていたが、しゃべったりはしなかった。


「助けに来たニャ。もうすぐこの駕籠の扉は壊されるニャ。そしたら一緒に逃げるニャ。」


「助けるってどうやって? それにここから逃げてどこに行くの? 私達が逃げたら村のみんなが危ないわ。」


 マリリンは逃げたいのは山々であるが、当然自分達が逃げたら村が危険に冒される事を心配し、できれば逃げたくはなかった。


 ヒヨリンは、アズを見た瞬間にその可愛らしさに目を奪われて、話を聞いていない。

 そして、突然アズを抱っこした。


「可愛い! もふもふだよぉ……あったかぁい。」


「ニャ! やめるニャ! にゃあはペットじゃないニャ!!」


 アズはヒヨリンの胸に埋もれながら必死に抵抗する。


「ちょっとヒヨリン! そんな事言ってる場合じゃないでしょ。村が危険に晒されるのよ。そんなことされたら何の為に村を出たのかわからなくなるじゃない。」


 流石にヒヨリンの暢気なセリフにマリリンは苛立つ。


「え? 何のこと?」


 ヒヨリンは逃げ出そうとするアズを必死に抱きしめて離さない。


「だぁかぁら~、私達を助けてくれる人がいるらしいけど、そんな事されたら村がまた襲われちゃうでしょって話よ。」


「え、助けてくれるの? なんで? 誰が?」


「それをこれから聞くところよ、そもそも助けてくれなくていいわ、迷惑よ。」


「え……でも……えっと、助けてくれる人なら村も一緒に守ってもらえばいいんじゃ……。」


「そんな事できるわけないでしょ! 仮にできたとして、その人たちになんのメリットがあってそんなことするのよ。他人に期待なんてしないわ、それに助けてくれるのが人間ってきまったわけでもないし、人間だって悪い人多いんだから、よそ者の手は借りられないわよ。」


 マリリンは捲し立てるようにして、ヒヨリンを説き伏せる。


 「でも……うん。マリリンが言うならそうなのかもね。」


 ヒヨリンは期待した分、完全に納得はできないけど、マリリンに従う。


「助けるのは同じ人族ニャ。シンはそんな悪いやつじゃないニャ。後、声がでかいニャ……少し落ち着くニャ。」


「ごめんなさい、気を付けるわ。外の鬼にバレたら猫ちゃん食べられちゃうもんね。でもそのシンって人がいくら優しくたって、そこまで面倒はみれないでしょ? 会ったこともない人にそんなに迷惑はかけられないわ。」


 マリリンはアズに注意されて、少し冷静さを取り戻し、小さめの声で謝罪する。


「それに、シンって人がリーダーなのかもしれないけど、他の人までいい人かはわからないし、やっぱりそんなリスクは負えないわ。一時的に私達を助けてくれても、村まで助けてくれるとは思えないし……。」


 マリリンだって、できれば助けてほしい。

 少なくとも鬼族に攫われている者を助け出そうとしている人たちが悪い人達とは思ってはいない。

 しかし、もしも自分達の状況を聞いたらどうするかわからない。

 それ以前に自分達を助けようとして鬼族に殺されてしまったら申し訳がない。


 それならいっそ自分達を見なかった事にしてくれた方が、自分にとっても嫌な思いをしないで済む。

 ヒヨリンに人が殺されるところは見て欲しくない。

 だからこそ、このまま自分達が鬼族の町へ行けば、自分達以外は誰も傷つかなくていいわけで、それが最善だと思えた。


「ニャア達はシンと馬面のバカと3人しかいないニャ。それにシンはお人よしだから村も助けてくれると思うニャ。村の人は一緒に馬族の村に連れて行けばいいニャ。」


「3人って! だって猫ちゃん抜かしたら2人ってことでしょ? なおさら無理よ!」


 マリリンは興奮し、また少し声が大きくなる。


「お願いニャから静かにしてニャ。大丈夫ニャ。シンは強いし、バカも戦闘と移動だけならそれなりに使えるニャ。」


「強いって言ったって二人だけでしょ? 相手は鬼族よ? それに500人はいるわ。」


「それでも大丈夫ニャ、にゃあを信じるニャ。それにこれは運命ニャ。」


「信じろっていったって無理よ……。馬族の村に連れて行くっていうのもよく分からないわ。」


「今から逃げる事を拒否しても、もう遅いニャ。シンはもう既に行動を始めたニャ。」


「随分身勝手な事をするのね、確かに助けてくれようとしてくれることには感謝するわ、でもそんなの自己満じゃない。誰も助けてほしいなんて言ってないわ。」


「さっき言ったニャ、これは運命ニャ。二人が包まれている幸運の加護がシンを招いたニャ。つまりこれは必然だニャ。」


 これにはマリリンもヒヨリンも動揺した。他人にそれがわかるはずないからだ。


「え? なんで猫ちゃんは私達に幸運の加護がかかっているのがわかったの?」


 ずっと話を聞いているだけだったヒヨリンは初めてアズに質問した。


「当然わかるニャ、にゃあは神の使いみたいなもんニャ、もっとわかりやすく言えば、こう見えて精霊の主ニャ。それと名前はアズだニャ」


「うそぉ~。だって強そうに見えないよ? こんなにかわいいんだもん。」


「確かにいまのニャアはそんなに強くないし、力も制限されてるニャ。でもシンならある程度力を使えるニャ。少なくとも助ける事は余裕ニャ。」


「ねぇマリリン、もう信じてみようよ。どの道私達が村を出たって本当に村が助かる保証なんてないんだよ? だったら、猫ちゃんを信じて、ここから抜け出して村を助けに戻ったほうがいいと思うの。」


 ヒヨリンはおっとりしている雰囲気からあまり深く考えているようには見えないが、実は芯が深く、そして頭も悪くないどころか、かなり優秀であった。


 逆にしっかり者に見えるマリリンは、よく周りに気を使い、考えて行動するようにも見えたが、おっちょこちょいであり、想像力や地の頭ではヒヨリンより遥かに劣る。


「おばぁ様の加護……どの道信じてみるしかないようね。でも勘違いしないで、私はあなた達ではなくて、あくまでおばあ様の事を信じるのよ。」


 遂にマリリンも助けられる事に納得をしたのだった。



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