第7話 死んだわ……。

 遙か彼方まで広がる牧草地帯。

 そこには静かに、そして穏やかに暮らす温和な種族の馬族達が暮らしていた。

 馬族の国は、国土が広大であるものの、大きな町や王族といった者もおらず、国としての法律やルールは存在していない。


 各地域に点々と集落や村が形成されており、その集落毎にルールがある程度で、それでも争いのような事は滅多に起こらなかった。

 馬族は皆、農業や小さな商業のみを行い、自然の摂理に従って生きている。


 そんな平和な馬族の国に、時として他種族が攻めてくることがあった。

 馬族は馬力が凄いため、その戦闘能力は高い。

 故に、国として軍などは持たないが、各自治体ごとに自警団や自衛隊などと言った防衛部隊が存在し、多種族の侵攻から守っている。


 そして今、そんな長閑で平和な国のとある場所で、広大な土地を颯爽……というよりも驚異的なスピードで駆け抜ける者がいた。


「あぁぁ、おぉぉぉー! どぉーまぁーでぇー! じぬ! 死ぬ! マジでおぢる! だのむから、ぞぐどをおどしでぐれーー!」


 そうブライアンである。

 その速さによる風圧で、まともに喋る事ができず、言葉にならない決死のシャウトが草原に鳴り響いていた。


 通常サラブレッド馬の走行速度は、時速60から70キロ。

 ギネス記録でも最高速度は時速88キロである。

 しかし、馬族が馬化した時の速度はこれを大きく上回り、時速120から160キロであった。


 中でも人族とのクォーターのブライアンは、自分では気づいていないが、土の精霊の加護を持ち、重力を自然に操ることができるため、その速度は時速300キロを優に超えていた。

 

 それに乗っている俺は、ボディも風除けもないスーパーカーに乗っている様なもので、乗馬経験があるなしにかかわらず、しがみ付くだけで精一杯である。

 ブライアンの上では、ただただ手綱を握りしめ、しがみ付く事しか出来ないのだ。


 そんな暴れ馬に未だに振り落とされずにいるのは、偏にバスケで鍛えた下半身の筋肉と並外れた体幹の良さのおかげである。

 しかし既に俺の限界は超えていて、少しでも気を抜けば振り落とされる危険な状態であった。


「シン! もうすぐ目的の洞窟がある森に着くニャ! 頑張るニャ! 気を強く持つニャ! あと少しニャ!」


 俺のシャツの中にいるアズは、風の影響を受けておらず、必死に俺の心が折れないように元気づける。

 だが当の俺には、ブライアンの風を切る音しか聞こえておらず、全神経を筋肉に回しているため、その声は聞こえない。


 しかし息も絶え絶えなデスタイムにもやがて終わりはくる。

 牧草地帯を抜けた先に、遠くからもその存在感が分かるほどの巨大な木が見えた。

 その木を中心に樹海のような森が広がっている。

 流石にブライアンも、森の中をこのスピードで爆走する事は出来るはずもなく、もうすぐ減速……しなかった。


「お! お! お! うおぉぉぉぉぉ!!」


 ブライアンはあまりの快感から無心で走っていた。

 当然前など見てもいない。

 つまりどうなるかと言うと……。


 そのままの勢いで森に突っ込んで行った。


  ドーーーーン!!


 ブライアンは直線上に聳え立つ大きな木におもっきり衝突すると、とてつもない衝撃音が辺りに響き渡った。

 そして、森が見えた事で気が緩んだ俺は、ブライアンにしがみ付く力が緩んでしまった。

 その為、飛び降りる事もできずにダイレクトに特大な衝撃を受けると、空高くに吹っ飛ぶ。


「ギャーー!!ア“ア”ア“ーーーー!!」


 あ、死んだわこれ。


 俺は生まれてから転移するまでの思い出が脳裏に流れた。

 まさに走馬灯である。

 そのまま俺は、木々の枝葉をなぎ倒しながら吹っ飛んでいき、意識を手放す。

 しかしこの時幸運だったのは、太い枝等にぶつかることなく、大きな葉が連続したのだ。

 背中のバックパックがうまくクッションになり、直接木にぶつかる事が無かった。


 勢いは次第に減速していくと、そのまま落下し、タイミングよくバックパックに枝がひっかかる。

 俺は、まるでベランダの物干し竿に引っ掛けてある洗濯物のようにぶら下がった。


 あれだけの事故があったにも関わらず、致命傷となる傷は一切なく、小さな枝による切り傷だけで済む。

 だが既に俺の脳は、意識をシャットダウンしていた。


 一方、直撃を食らったブライアンは、ぶつかった衝撃で大木を倒し、その衝撃で馬化が解け、人型の姿のまま前方にくるくると前転しながら転がっていった。

 車ならば大破は間違いないのだが、あいにくぶつかったのは驚異的な石頭を持つブライアンであったため、一瞬気を失っただけ。

 ほぼ無傷であり、更には前転している間に意識を取り戻す。


「お? ここどこだ? おーい、あいぼーう! 俺っちだぞ! 俺っちがきたぞぉー、お? 相棒いねぇな……かくれんぼか?」


 自らが招いた大惨事であるにも関わらず、全くをもって状況を理解していないブライアン。

 自分が何で森にいるのか、何が目的でここに来たのかも忘れており、純粋にかくれんぼをしていると思い込んだ。


「相棒、隠れるの上手いじゃねぇか、上等だかくれんぼうのブラちゃんの意地をみせてやんぜ、バーロー」


 そしてブライアンは森を駆け回るのだった。


数分後


「お! 相棒みっけ! お? 相棒面白い隠れ方するな。てっきり俺っちが干した洗濯物かと思って見逃すところだったぜバーロー。」


 ブライアンは俺を遂に発見する。


「次は俺っちが隠れる番な、俺っちは中々見つけられないぜ! お? 相棒どうした? 降りられなくなったか?」


 ブライアンは未だにかくれんぼをしていると思っており、いつになっても降りてこないシンに痺れを切らした。


「しょうがねぇ相棒だぜバーロー」


 ブライアンはジャンプすると、俺をお姫様抱っこでキャッチし、そのまま着地する。

 そこで初めて俺が意識を失っていることに気付いた。


「お? 相棒? 起きろ? もう見つけたぞ。おーい……まじかよ、死んでるぜバーロー……。」


 死にそうにはなったが、決して死んではいない。

 そして俺は、ブライアンが着地した衝撃で意識が戻りつつあった。

 俺は朧気ながらも意識が戻ってきて、目をゆっくりと開けると……


 目の前に映った怪物(ブライアン)がキスしようと顔面を近づけている瞬間だった。


 俺を人工呼吸で助けようとしていたのだった。


「俺っちの初めて・・相棒に捧げるぜ!!」


 俺はあまりの恐怖と受け入れられない現実から再度意識を手放しそうになる。

 しかしこのままじゃ、体は死ななくても一生消えないトラウマで心が死んでしまう。

 俺は防衛本能が働き、とっさに近づいてくる恐怖(ブライアンの顔)を右手でぶん殴った!


 ゴン!!


「何すんだごらぁ! 殺す気か! 心を!!」


 俺は殴ると同時に叫んだ!!


「ブベラァ」


 俺の怒りの一撃はブライアンのこめかみにヒットし、その衝撃で俺が生きていたことに気付く。


「お? 相棒! 良かった! 生き返ったんだなぁ……バーロ。俺っち、相棒が死んだと思ってよぉ……よか……ったぜ、バーロー……」


 そしてその場で号泣する。

 あまりの恐怖からつい殴ってしまった俺であったが、ブライアンの涙を見て、自分がブライアンに助けられた事を察し、申し訳ない気持ちになってきた。


「悪かった、心配させちまったな。助けてくれてサンキュ。」


「いいってことよバーロー、相棒が生きててくれればそれで充分だバーロー。」


 ブライアンは涙を拭き、右手の人差し指で鼻の下を擦りながら言った。


(こいつはバカだけど、やっぱりいい奴だな)


「まさか、相棒がかくれんぼに必死になって、死ぬ寸前まで隠れるたぁ思わなかったぜバーロー……相棒も随分負けず嫌いだぜ、まぁ俺っちには負けるけど」


 ん? かくれんぼ?

 何言ってんだコイツ。

 あれ? そういえばどうして俺はこんな状況に……


 俺は冷静になると、徐々に混濁していた記憶が戻ってきた。


「あぁぁぁ! 思い出した! てめぇ、この野郎! 元はといえばお前のせいじゃないか! この馬やろぉ! 死ぬとこだったじゃねぇか!」


 俺の記憶は蘇り、暴走したブライアンによって、自分が何度も死の恐怖を味わい続けた事を思い出した。  

 するとさっきまでの感動はどこやら、ふつふつと殺意が湧いてくる。

 俺はブライアンから飛び降りると、ブライアンの胸倉をつかみ上げた。

 しかしその瞬間、大事な事に気付く。


「あれ? アズがいねぇ! 俺が吹っ飛ばされている時、落ちたかもしれない! ブライアン! 俺を探している時、アズを見なかったか? 俺の近くにいなかったか!?」


 俺はブライアンへの怒りは一時おいておき、アズの生死を心配する。


「お? チビ助はみてねぇぞ?」


 やばいぞ……俺は運よく助かったが、あの衝撃じゃアズもヤバイかもしれない。


「チビ助隠れるの上手いじゃねぇか。ちいせぇから見つけづれぇなぁ……バーロー」


 まだかくれんぼだと思っているブライアン。


「とにかくアズを探そう。アズが居なければ洞窟の場所はわからないし、もしかしたら瀕死の状況かもしれない……急ぐぞブライアン!!」


「お? 気合入ってんな相棒! でもよぉ、あそこ行って探した方が早くねぇかバーロー?」


 ブライアンは木々の間からも見える、巨大な大樹を指差した。


「どういうことだブライアン?」


「あのでっけぇ木に登ったら見えるんじゃねぇか? 俺っちの目は360度見渡せるし、遠くまで見えるから見つけられるかもしれねぇぜバーロー。」


「まじか? でかしたブライアン! 伊達にアゴが三つに割れてないな!」


「あんま褒めんなバーロー」


「確かに闇雲に探すよりかは効率的かもしれない! さぁ行くぞ!」


 かくして俺達は、アズを探すために、森の中心に聳え立つ巨大な大樹に向かうのであった。




 

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