第6話 バカ

 俺達はひたすら牧草や畑、田んぼしかない道を歩いている。

 すると、不思議な光景を目の当たりにした。


「あれ? 馬じゃないか? 馬が歩いて畑を耕しているように見えるんだけど?」


「お? おお? あれは馬化(ばか)っていって、俺っち達はみんなできるぞ。馬化すると、疲れにくくて、早く走れんだ。」


「へぇ~、ブライアンもできるのか? つまり馬化したブライアンにのって洞窟まで行くってことなんかな。」


 俺はそう言いつつも違う事を考えていた。


 バカとは酷い変身ネームだな。

 バカするって……プププ


 思わず小さく笑ってしまう。


「俺っちのはすげぇぜ相棒、すげぇ馬化だぜ! 後で見せてやんぜバーロー。」


 うん、知ってる。

 凄いバカ


   プハ! アハハハハ……


「うー腹いてぇ~もうやめて。これ以上笑わせないで!」

 

 俺はついに腹を抱えて笑ってしまった。


「相棒、下痢か? 待ってるからその辺でしてきていいぜバーロー。」


「誰が下痢だよ! まぁある意味お前のせいで腹が下りそうだわ。」


 しかしなるほどな、これが馬族の力を借りる理由か  

 おんぶより現実的だな。

 そうなるとやはり鞍と手綱は必須か。


 そうこうしている内に、牧草地帯を抜けて藁ぶき屋根の家が立ち並ぶ集落のようなものが見えてくる。


「着いたぜ、相棒! じゃあ俺っちがすげぇ店紹介すっからよ、ビビッてちびんなよ!」


 そう自信満々に言うブライアンの後ろを付いていくと、一軒のお店に入っていった。


「おう、オグラ! 邪魔するぜぇ、客連れてきたぞ。」


「はい、いらっしゃいま……帰れ!!」


 店の奥から出てきたのは、オレンジ色のキャップ帽を被った、ブライアンより少し大柄な馬面の馬族だった。


「おう、オグラ、いきなり帰れはねぇだろ。せっかく俺っちが客連れてきたのによ、しかし相変わらずキャップが似合わねぇぜバーロー。」


 オグラはハッとブライアンの後ろにいる人影に気付く。


「なに? 客だと? おお、これはこれは人族の方ですね、いらっしゃいませ。ゆっくりご覧になってください。当店ではかなり希少な商品を扱っておりますので、よろしければ手に取ってご覧ください。」


 ブライアンへの態度とは変わり、非常に親切なお客様対応をし始める。


 ブライアンは馬族にも避けられてるのかよ。

 しかし、ゆっくり見てと言われてもなぁ……。

 まぁ予想はしてたよ、信じた俺がバカだった……。


 ブライアンに案内された店は乗馬グッズ等は置いておらず、完全に虫専門のペットショップだった。


「なぁ、ブライアン。一応聞くけど見せたいものってなに?」


「おう、これよ! カブトムシとクワガタが戦っているところを見れる籠だぜ! すげえだろ!」


 俺はは無表情になる。


 凄いのはお前の頭だろ……。


「さて、他の店に行くか…」


 俺の切り替えは早かった。


「お? 相棒は虫が苦手か? 男のくせにだらしないぜバーロー」


 ちょっと残念そうなブライアン。

 だが俺はブライアンを無視して店の外に出ると、向かいの店に鞍が並んでいるのを発見する。


 意図せずに早めに目的の店が見つけることができたため、昆虫大戦争(笑)に夢中なブライアンを置いてそのお店に入った。

 店内にはピンク色のリボンをつけて若干他の馬族よりまつげの長い馬顔の馬族いる。

 どうやらその馬族が店員らしい。


「いらっしゃいませぇ、あらん。イ・イ・男……。うっふ~ん。どちらの商品をお求めですか? 今なら私がなんとニンジン1本で買えますわよ。」


  バチコーン!


 盛大な音のウィンク音が部屋に鳴り響いた。


「うわ……。」


 どうやらこの馬族は牝馬らしい。

 得体のしれない身の危険を感じた俺は無表情で告げる。


「いえ、それは結構です。鞍と手綱がほしいです。」


 だがしかし、その牝馬は簡単には引き下がらない。


「あらぁ、もう……。照れ屋さんなんだからぁ。私の事も買ってもいいのよーん。私を買ってくれたらただでそんなものあげちゃうわん」


 その牝馬は俺に近づくなり、腕を絡めて自分の押し売りを始めた。

 俺の顔が青ざめていくのがわかる。

 馬面に女性らしいボディライン。

 俺には色んな意味で刺激が強すぎた。


 グイグイ来すぎだろ。

 馬面ヒロインは願い下げです。


 俺は、これ以上ここには居たら自分の貞操が危ういと焦り、早急に商品を選んだ。


「あ、じゃあ、これとこれ下さい。」


 店先に置いてあった鞍と手綱を手にとって渡す。

 

「んもー、イケズ……。でもそんなところもス・テ・キ。」


 いや、もうほんときついっす!

 誰か俺に目隠しを売ってくれ!


 そう切に願うも、商品の値段を確認した。


「それ二つでニンジン何本ですか?」


 俺は店員の猛烈アピールを捌きつつ、料金(ニンジン)を尋ねると意外に安かった。


「鞍が10本で手綱が5本になります。」


 随分と少ないな。

 これなら貰ったニンジンで十分足りる。


 俺はテーブルの上に、バックパックから出したニンジン15本を置くと、


「ありがとうございました!」


と口早に言って、直ぐに店を飛び出した。


 鞍と手綱ゲットだぜ!


 そんなシンを追いかけながら、扉の外に出た牝馬はシンに向かって投げキッスをして叫ぶ。


「またきてねーーん。チュッチュ! 愛してるわよーー」


 こんな愛の告白なんてあんまりだ!

 神様のバカ野郎!

 いや馬化野郎!


 異世界に転移して初めての愛の告白。

 それは、あまりにあんまりなもの。

 まさかあれがヒロインではないだろうな……。


 そして丁度タイミングよく虫ショップから出てきたブライアンは、俺の出てきた店の入り口を見て固まった。


「まじかよ……村のアイドル、ジェンティルマドンナちゃんに投げキッスされた。俺っちに……ついに春が来た!」


 一方俺は、店を出たらすぐにブライアンが立っていたので、ブライアンに呼びかける。

 しかし、ブライアンの様子がおかしい。


「おーい、ブライアン。おーい、目的の物買えたから洞窟いくぞぉ、おーい!!」


 俺の必死の呼びかけに、やっとブライアンは正気に戻ると、急にキリッとした面構えになった。


「すまねぇ、相棒。俺は今から結婚することになった! だからもう相棒とはいられねぇ……。次会う時は、子供の顔みせてやんぜバーロー!」


 そういうと、さっきの店の牝馬に向かって、叫びながら全力で駆け出す!


「俺も愛してるぜ! ハニー!!」


 ブライアンが暴走した。


「きゃあぁぁ! 気持ち悪い! こないで!!」


 マドンナは叫び声を上げながら扉を勢いよく閉めて店内に引っ込み、ブライアンを拒絶する。

 牝馬とはいえ、馬族の豪腕により勢いよく閉められた扉は、あと少しで扉に辿り着くブライアンの顔面を強打し、ブライアンはその場で倒れた。


 幸せになブライアン……。

 そいつはお前にくれてやるよ。


 俺はそう思いつつも、勢いよく扉に弾かれて倒れたブライアンの傍に行く。


「大丈夫か、ブライアン! 心配してないけど。」


 とあんまりなセリフをブライアンに吐いていると、急にブライアンはむくっと上体を起こし、目をパチパチさせて意識を取り戻した。


「お? 相棒、どうした? なんかいい夢見た気がしたぜバーロー。ここはどこだ? お? そうだ! 洞窟に行くんだったなバーロー!」


 どうやらブライアンはさっきの強打で一時的に記憶が飛んだらしい。

 めんどくさいことにならなくてよかったと思うと同時に、ふざけたカップルの誕生を見られず残念にも思う。

 

 そんなブライアンは俺の持ち物を見て、テンションが上がった。


「お? それは手綱と鞍じゃねぇか、俺っちのか? 久しぶりだぜバーロー。よし、ここからは俺っちの背中に乗んな!」


 失恋を忘れたブライアンは元気そうだ。

 ブライアンはその場でブリッヂをし始める。


 え、どういうこと?

 お腹に乗れと?

 逆じゃないの?


 よくわからないが、とりあえずブライアンの腹に腰を掛ける。


「おうおう、相棒気がはええぜ、これは久々の馬化だから準備体操してるだけだぜバーロー。」


「先に言えよ!!」


 シンがそうツッコムとブライアンはブリッヂをやめてジャンプした。


「あらよっと!!」


 すると、ブライアンの周りが輝き始める。

 俺は眩しくて目を閉じていたが、目を開けると……


 そこには、顔がブライアンのままの馬がいた。


 …………。


「おう! どうだ、すげぇだろ相棒! 格好いいだろバーロー!!」


 俺はあまりに衝撃的な光景で言葉を失う。

 そしてやっと出た言葉は……


「うわぁ……すっげぇきもい。」


だった。


 こんな気持ち悪い生物に乗りたくはないが、体は馬の形をしているので乗るのは可能だろう。

 冷静に考えた俺は、とりあえずさっき買った鞍をブライアンに装着させようとする。


が……思わず手が止まった。


 突如、謎の化け物(ブライアン)から気色悪い声が漏れ始めたからだ。


「お、お、ぎもぢい……。お、そんなところ、触っちゃ……」


 俺は耳を塞ぎたくなるような、残酷な馬化のテーゼを聞きながらも必死だ。


「うるさい、黙れ! 俺だってやりたくてやってるんじゃ……頼むから気持ち悪い声を出さないでくれ。」


 俺はブライアンの気持ち悪い声に耐えながら、なんとか鞍を装着した。

 ブライアンは頬を紅潮させ、うっとりしている。


「ふぅ~、次は手綱だな。」


 地獄を乗り越えた俺は、後は手綱だけだとほっとしていたが、実は手綱が鬼門であった。

 普通の馬の顔用に作られた手綱は、ブライアンには合わなかった。


「あれ? これどうやってつけるんだ。装着することができないぞ!!」


 俺が手綱の装着に四苦八苦していると、突然アズからの助け船が出た。


「貸すニャ! ここに付ければいいニャ。」


 アズは手綱を手に取り、ブライアンの3つに割れたアゴの凹みに手綱を装着する。

 あら不思議。

 ぴったり装着できていた。

 顔がすっきりと引き締まった感じがしたブライアンは、アズに感謝する。


「おう、わりいなチビ助、なんかフィットした感じがして力が沸いてきたぜ。どこにつけたんだバーロー?」


 俺たちはその質問に答えない。


 お互い気にしたら負けだぜバーロー。


 俺は早速ブライアンの背に乗って手綱を持つと、アズは俺のシャツの中に入り、顔だけ襟口から出した。


「よぉし! 色々おかしなことが多かったけど、やっと冒険だ!!」

「出発ニャ!!」

「行くぜバーロー!!」


 こうして俺は気持ち悪い顔面の馬にのって洞窟に向かうのであった。

 

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