第5話 スズカさんの優しさ

「お? お? おお!?」


 今朝、ブライアンは目が覚めて、顔を擦っていると自身の異変に気付いた。


「相棒!おい、相棒起きろ! すげぇぞ!」


 ブライアンは寝ている俺の肩を両手で掴み上げ、上下に揺さぶる。


「なんだよ、朝っぱらからうるせぇなぁ」


 俺は、気持ちの良い朝の微睡を邪魔されて、機嫌が悪い。


「おう、相棒! 起きたか? ほら、これ見てみろバーロー。」


 俺はしぶしぶ顔をあげて、ブライアンを見る。


 ったく、朝からなんだよ……。


「うわ!!」


 あれやっぱ夢じゃなかったのか。

 昨日まで圧倒的な存在感を誇っていたケツアゴが、更に気持ち悪くバージョンアップされていた。


 アゴが3つに割れるって、ミツアゴ?


 その意味不明な現象とブライアンの顔見て思わず笑ってしまった。


「あはは、それやばいな。いいよ、それ!」


 じわじわとくる笑いの渦に耐えかねて、腹を押さえて笑う俺。


「お、やっぱ相棒はわかってくれるかバーロ! 俺っちも朝アゴ触った時驚いたが、こりゃすげぇな。俺っちの魅力が100上がったぜバーロー。」


「ダウンの間違いだろ、まぁそもそも0からは下りようはないがな。」


「お? ダウンか、そうだな? お? 更にイケメンになったってことだなバーロー」


 上げて降ろされるツッコミをされても、ブライアンは理解できない。


「おやおやまぁまぁ、起きたかね? 朝ごはんできてるから早くお食べ。精霊様は先に食べてるでなぁ」


 見渡してみると、アズの姿は近くには見当たらない。

 どうやら既に飯を食べているらしい。

 俺も朝から笑わされたせいでお腹が空いてきたので、朝食にすることとした。


 その日の朝食は、ニンジンフレークといって、馬乳にコンフレークのようなニンジンが入っている食べ物であり、これも意外に美味しかった。

 食事が終わると、俺はアズに昨日聞こうと思ってた事を口に出す。


「なぁ、アズ。今日洞窟行くんだろ? その洞窟って、ここからどの位でいけるの?」


 アズは食後の毛づくろいで白い体毛をペロペロしながら答えた。


「歩くと10日はかかるニャけど、馬族の力を借りれば、半日あれば往復できるニャ。」


 馬族の力半端ねぇな。

 

「馬族の力ねぇ……乗馬なんてやったことないけどなぁ。」


「お? 相棒! 俺っちの助けが必要か? 困ってるなら手を貸すぜバーロー」


「いいのか? お前仕事あるだろ? たぶん一日はかかると思うけど大丈夫なのか?」


「お? お? 仕事か。特にねぇなバーロー。」


 特にないんかーーい!


「お前、自衛隊に所属してるんだろ? 普段から訓練とか色々やることあるんじゃないの? 昨日だって夜に帰ってきたし。」


「お? 昨日は大変だったぜ! 蟻の巣を見つけてよ、小さな蟻が巣穴からうじゃうじゃ出てきて、土掘っててよぉ。面白くてずっと見てたら暗くなっちまったぜバーロー!」


 …………。


 は? こいつ何言ってんの?

 それは断じて仕事ではない!

 リストラされたけど家族に言えなくて一日公園で時間を潰しているサラリーマンだ。


「そ、そうか。で他はどんな事してるんだ? 流石にそれじゃ、金は貰えないだろ。」


「おう、鬼族が侵攻してきた時には最前線で戦うから普段は仕事なんてねぇんだ。金やニンジンは鬼族と戦った後に貰えるからな。まぁ他のやつは大体普段は農業やってたり、集まって訓練してっけどな。俺っちは一人だからやることもないんだぜバーロー。」


 そうか。

 こいつバカだからボッチなんだな……。


「おやおやまぁまぁ、ブライアンは人族の血が入ってるから強い子だけど、訓練はしなきゃダメじゃぞ。いつもみたいに昼寝や川遊びばかりしてたら鬼族に食われてしまうからのぉ。」


 突然、意味深な事をスズカさんは言った。


 人の血が入ると強い?

 どういうことだ?


「アズ、人って最弱種って言ってたよな? どういうことだ?」


 既に毛づくろいを終えた白猫アズは、丸まって今にも寝そうになりながらも答える。


「人族は身体能力では最弱種ニャけど、精霊に愛された唯一の種族ニャ、ニャから人族の中に精霊を宿した者がいるニャ」


 精霊を宿す?


「火、水、地、風、雷、光、闇の7つの精霊がこの世界にはいるニャ。人によってその精霊の加護の恩恵を与えられた者がいて、その力を行使できるんだニャ」


「まさか……それが魔法か!?」


「そうニャ、それと他の種族は人族と交配する事で精霊の力を使えるニャ。だから他の種族は、人族を拉致したり、誘惑したりしてその種を得ようと必死ニャ。」


 ヤベー!

 人族だとみんなから狙われるのかよ、この世界は


「ふむふむ、なるほどなぁ。でもサイズ的に全ての種族と交わるのは難しそうだけどなぁ。てか想像したくないわ……。」


 俺は強大な化け物に犯される想像をして気持ち悪くなる。


 そこに何も理解していないブライアンが入ってきた。


「つまり俺っちがいれば100馬力だから、期待すんなよってことだなバーロー。」


「つまりの意味がわからん! てか期待していいのか悪いのかわからんがな!」


 そんな馬と鹿のハーフ疑惑のブライアンにつっ込みつつも、シンとアズはそろそろ出ようかと立ち上がった。

 するとスズカさんが何かを持ってくる。


「おやおやまぁまぁ、もう出発するのかね? それならお弁当と交換用のニンジンも持っていきなされ。この村じゃお金のかわりにこのニンジンを使うのじゃよ。それと息子が使っていたバックパックもあるから持っていきなされ。」


 そう言ってスズカさんは、大きめのバックパックの中に、布で包んだお弁当とニンジンをたくさん詰めて渡してくれた。


 息子さんが使っていたって……。

 遺品じゃないか、それ。


 本来赤の他人に貸し出すなんてありえない。

 しかも見ず知らずの俺に、金の代わりやお弁当まで……。


 俺はスズカさんを、今まで馬面で気味が悪いと思っていた。

 そんな自分が恥ずかしく思えてくる。

 俺はスズカさんの思いやりに触れて、嬉しさと申し訳なさで胸が詰まった。


 そんな大切な物は受け取れないと、スズカさんに返そうかとも悩む。

 しかし、それこそ人の好意を無にする行いだと気づき、有難く受け取ることとした。


「スズカさん……ありがとうございます。この御恩は必ず返させていただきます。そしてこの大切なバックパックは命に代えても守って、必ずお返しします。」


 俺は、涙ぐんだ目で深い感謝と強い決意を伝えて家を出ると、後ろから優しい声が聞こえてくる。


「気を付けていってくるんじゃぞ、やっぱりそのバックパックは息子じゃなくてブライアンのだから気にせんでええぞぉ」


 やっぱりブライアンの祖母。

 天然だった……。


 スズカさんに別れを告げたシンは、アズに行先を尋ねながら歩いて行く。


「よし、じゃあ行くか! アズ、どっちに進めばいい?」


「とりあえず今のままニャとダメニャ。 村でアイテムを買うニャ。」


「アイテム? アイテムって何か必要なの?」


「馬族の力を借りるにはアイテムが必要ニャ。このままだと馬族の速さに耐えられないニャ。」


 あぁ、鞍とかの事かな?

 確かにブライアンにおんぶしてもらうわけにはいかないな。


「おう! じゃあ俺っちが案内するぜ! 丁度いいもん売ってるとこ知ってるぜバーロー。」


 ブライアンが自信満々に言うけど、今までの流れから説得力はない。


 嫌な予感しかしない……。

 だがしかし、場所がわからないのも事実。

 行くしかないか。


「OK、じゃあそこまで歩いて行くか。」


 俺は一抹の不安を残しつつ、諦めてブライアンに付いて行くことにした。

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