第8話 トラウマ

 俺は今、未だかつてない程震えている。

 何故ならば、今いるこの場所が異常すぎるからだ。

 この世界に来て俺が初めて見た森は、虫も動物も日本と同じ大きさであり、違和感はなかった。


 しかし、ここは違う。

 何が違うって全て違う。

 虫も小動物も不自然に大きいし、木や草も大きい。

 もしも白亜紀の時代の森に来たらこんな感じなのかと思うかもしれない。

 まるでジュラシックパークの世界のようだ。


 それだけに、俺は怖かった。

 ブライアンがいるだけかなりマシではあるが、それでも怖かった。


「なぁブライアン、この森ってなんか普通と違ったりしない?」


「お? 前にカブトムシを探しにきた事があるけど、特に他と変わったところはなかったと思うぜバーロー、まぁすげぇ格好いい昆虫が多いってところは違うかもしれねぇぜ、バーロー。」


「いやいや普通におかしいだろ! 見ろよ、あれ……多分リスだと思うけどなんだありゃ! 小動物じゃねぇ! 1mはあるぞ!」


「お? そういや少しでけぇ気がするぜバーロー」


「少しって……つかやべぇなここ。そこらへんに飛んでる虫すらまともに近づいたらアウトだわ。でかすぎるし、きもすぎる」


 バシ! バシ! バシ!


「確かにうざってぇなバーロー」


 平然と一撃で巨大な虫を払い落とすブライアン。


「いや、まじで尊敬するわ。この調子で頼むぜ。」


 俺は、無敵生物ブライアンの傍から離れないように警戒して歩く。


「ところで、あの大樹まで行ったことあるんだっけ?」


「おおよ、あの木に登ってカブトムシ見つけたからなバーロー!」


「まじか!? ちなみにそのカブトムシの大きさってどのくらい?」


「お? 俺っちが乗れる大きさだぜバーロー。何年も前の話だけどな。」


 ブライアンが乗れる大きさ?

 それ、本当にカブトムシか?

 まぁこの森にいる虫見れば大体予想はつくか。


 俺は、若干恐怖が紛れつつも、この魔境のような森の中にいる、アズの事がまた心配になり始めた。


 急がなきゃ


 気が付くと俺はブライアンの前を歩き始めていた。


「お? 相棒! そっちは危ねぇぜバーロー!」


 ブライアンにしては珍しく焦ったような、語気の強い警告を発する。


 俺はその声に気付いて立ち止まると、目の前に巨大な蜘蛛の巣があった。

 だが、ブライアンのお蔭で引っかからずに済む。


「ん? うぉ! なんじゃこりゃ! 網か?」


 俺の目の前には物凄く巨大な蜘蛛の巣が広がっており、その上では餌がひっかかるのを今か今かと待ち構えている巨大蜘蛛がいた。


  その巨大蜘蛛は黄色と黒の斑色の足をしており、日本でもよくみかけるジョロウグモと呼ばれる蜘蛛に酷似している。


 しかし、大きさがまるで桁違いだ。


 日本での大きさが2センチから3センチに対し、この巨大蜘蛛は足の長さを入れると3メートル近くあった。

 

 巨大蜘蛛は餌(シン)が蜘蛛の巣にひっかかり動けなくなったところを捕食しようと思い、息を潜めていたが、蜘蛛の巣の手前で餌が立ち止まったため巣で捕獲するのを諦めた。


 しかし巨大蜘蛛にとって、既に俺との距離は十分捕食可能な範囲であり、そのチャンスを見逃すことはない。


 巨大蜘蛛は高速で急降下し、俺に襲いかかった。

 気づいた時には、その巨大蜘蛛は俺の目の前まで接近している。


 やばい、食われる!


 俺は、反射的に両手を頭の前でクロスしてガードしたが、巨大蜘蛛から吐かれる強い粘着性のある糸で絡めとられて、そのまま蜘蛛の巣に張り付けにされてしまう……はずだった。


 しかしそうはならない。

 なぜなら、既に巨大な蜘蛛の存在に気付いていたブライアンが一瞬で俺と蜘蛛の間に割り込み


「どっせぇ!!」


と大声をあげながら、巨大蜘蛛の顔面をぶん殴ったからだ。


 キュイイーー!!


 巨大蜘蛛は断末魔と共に、そのまま顔面が陥没し動かなくなる。

 九死に一生を得た俺はというと、巨大な蜘蛛が近づくという恐怖が未だ残っており、放心状態になっていた。


 普通の日本人であれば、手のひらサイズの蜘蛛だって怖いのに、3メートルの蜘蛛が凄い勢いで近づいてくるというのは、怖いなんてレベルではない。

 凶悪な姿を目の前にして、動じない人間などいるだろうか……。

 ただでさえ、虫に対する嫌悪感を持つ人が多いのが人間であり、それが巨大動物クラスであれば失神してもおかしくないレベルだ。


 しばらく俺はその場で固まったように動かなくなり茫然とする。

 ここでは自分は捕食される餌でしかない事実に気付いたのだ。


「お? 相棒? 大丈夫か?」


「こええ、怖いよ。なんだよここ? 無理だ、もう無理だ……誰か助けて。」


 俺は震える体を両手でクロスして抱き抱えて震えていた。

 アズを探しに行く心は既に折れてかけている。


「おい相棒! しっかりしろ相棒! こんなんでビビってたら先に進めねぇぜバーロー」


「馬鹿言うな! こんなんだと? 今死ぬとこだったんだぞ! 確かにブライアンのお蔭で今は生きてる! だけど次は間に合わないかもしれない! 無理だ! 帰ろうブライアン!!」


 俺は恐怖から立ち直れず、ブライアンに八つ当たり気味に叫んだ。


 「相棒……このままだと負けるぞ、悔しくねぇのかバーロー!」


 ブライアンはかくれんぼだと思って話しているが、シンには違う意味で伝わった。


「負ける? 俺が負ける? 誰に? 俺に? 嫌だ! もう俺は諦めない!」


 俺は混乱しており、記憶が前の世界で絶望を味わった部活を思い出した。


「そうだ! 俺はもう絶対諦めないってあの日誓ったじゃないか! 死ぬのが何だ! 失う辛さに比べればこんなもん!」


 俺は高校時代、バスケの名門にスポーツ推薦で入学し、そこで活躍することで仲間と信頼も得た。

 しかし、大会でケガをして長期的に離脱をした際、丁度才能が開花した後輩が自分のポジションに代わっていた。


 すぐに取り戻せると諦めずに練習するも、度重なる不運と仲間だった同級生の裏切りから、俺は逃げ出してしまった。

 全てを早々に諦めたせいで取り戻せるものも取り戻せず、自分の居場所を全て失う。

 その時の喪失感は当時の自分に耐えられない程強く、そして後悔した。


 あの時最後まで諦めなければ……

 どんなに無様でも自分を信じて頑張っていれば……

 気付いた時にはもう全て遅かった。

 俺の周りには何も無かった。


 それ以降、もう二度と最後まで諦めることはしないと心に誓ったのだった。


「そうだぜ相棒! 次は俺っちも、もうちょい気を付けるからよさっさとチビ助をとっ捕まえに行くぜバーロー!」


「あぁ……今ほどお前を頼もしく思った事はないよ。悲しいけど俺は弱い。すまないけど、また助けて欲しい。俺も俺にできる事を全力でするから!」


「当たり前よバーロー、俺っちに任せときな!」


「よし、もう大丈夫だ! 行こう!」


「おう!」


【30分後】


 その後二人は、虫や動物に襲われる事なく森の中を進んで行ったが、そこで奇妙な音が聞こえ始める。


 ビリビリ!

 モキュモキュモキュモキュ

 ジュル!!


 なんだよこの変な音……。

 後ろから聞こえるな。

 後ろはあいつがいるから平気なはず。


 ブライアンの事は信頼している。

 何かあればすぐに対応してくれるはずだ。


 しかしどうしても気になってしまい、後ろを振り向くと……。


「お? 相棒も食うか? うめぇぞ?」


 ブライアンが黄色と黒のマダラ模様の何かの皮をめくって食べていた。

 不気味な音の発生源はブライアンそのものだった。

 巨大なタラバガニの足を食べているように見えなくもないが、その色と形は……間違いない、さっきの蜘蛛だ。


「おえぇぇぇ……。」

 

 俺は気を張り、今まで何度も胃液が出るのをこらえていたが、ついに吐いた。


「お? どうした相棒? 大丈夫か? これ食うか?」


「ば、ばか! そんなもん近づけんなよ! それさっきの蜘蛛だろ? なんつうもん食ってんだよ……こっちくんな!」


「お? どうした? うまいぞこれ?」


 さっきまであれだけ頼もしく感じていたブライアンが一瞬にしてキモチワルイアンに戻っていた。


 気にしたら負けだ。

 確かに弱肉強食、倒したら食うのが自然の摂理。

 食うために殺す。

 ブライアンは間違ってない。

 しかしグロテスクすぎるだろ……。


 俺は極力後ろを見ないように先に進むも、不幸は連続する。


  ゴゴゴ!! ゴロゴロ!!


 何かが転がってくるような音が聞こえてきた。

 俺はそのままブライアンの後方に目を凝らすと、後ろから灰色の岩のようなものが転がってくるのが見えた。


「ブライアン! やばいぞ! なんか近づいてくる!」


 俺は必死に駆け出すが、岩の方が早かった。

 走りながら後ろを見ると、転がっている岩が飛び跳ねて、その姿を現す。


 あれは……ダンゴムシだ!

 でけぇぇって、そんな場合じゃねぇ!


 転がってきているのは巨大ダンゴムシの集団だった。

 どうやら蜘蛛肉の匂いに引き寄せられたらしい。


 あれ? ダンゴムシって肉食だっけ?

 枯れ葉とか食べてたはずだけど、本当は雑食だって聞いた事があるな。

 いやそんなことより、あの大きさにタックルされたら即死だろ!


 俺にとっては、ここにいる生物全てが自分より上位の生物。

 通常であれば遭遇=死というスペランカー(古き時代の死にゲー)状態。


「おう、相棒。鬼ごっこか?」


「ちげぇよ!!みりゃわかんだろ!!潰されるぞ!!」


「おお、ありゃすげぇな。よし、俺っちに任せておけ! 相棒舌かむなよ!」


 そういうとブライアンは蜘蛛の足を投げ捨て、俺のバックパックを掴むと上空にジャンプした。


「おおお! たけぇぇぇ。って、着地大丈夫?」


 俺の不安を他所にブライアンは10mほどジャンプし太い木の枝に飛び乗った。


「ふ、木登りのブラちゃんとは俺のことよバーロー!」


「木登りっていうかジャンプじゃねぇか!!」


 下の方を見るとおぞましいほどの数の巨大ダンゴムシが転がりながら通り過ぎて行った。

 俺はその光景にほっと一息つく。

 俺達が座っている枝は非常に太く、見晴らしもいいため、ここで一旦休憩することとした。


「ブライアン、ちょっと休憩しよう。正直食欲は全くないけど、この先を考えたら今の内に何か食べておいた方がいいかもしれねぇ。」


 俺はバッグパックの中からスズカさんが作ってくれたニンジン弁当を取り出す。


「俺っちも腹ペコペコだ! ナイスアイデアだぜバーロー!」


「お前さっきまで気持ち悪いの食ってたじゃねぇか……。」


「お? あれはおやつだぜ、相棒。」


「……まぁいいや、とりあえず飯くって休憩だ。」


 死ぬような事が連続で起き続け、正直、俺の心と体は限界だった。

 食べる気力も無いが、今食べなければいつ食べれるかわからない。


 故に食べる。

 生き残るために食べる。


「そういえば、ブライアンって何歳なの??」


「お? 俺っちは、14歳だぜバーロー」


「え? 14って中学生じゃん! 俺より年下だったの? その顔で?」


 俺は驚きながらブライアンを見る。

 やっぱりきもかった……が大分慣れてきた。


「馬族は10歳で成人だぜ、俺っちも最初に戦争にいったのは10歳だったからな。」


「戦争かぁ……ここじゃ当たり前なんだろうなぁ。俺の世界では戦争なんて昔の事で、本やテレビでしか見たことないからなあ。ブライアンは凄いな。」


「バーロー、俺っちは凄くねぇぜ。あの頃は今ほど強くなかったし、そのせいで親父は死んじまったしな。俺っち達は意味のない戦いなんてしたくねぇんだけどよ、一方的に奪われるのを見過ごせるほどバカじゃない。鬼族だけは許せねぇぜバーロー!」


「そうか……そうだよな。また嫌な事聞いちまったな。最後に一つだけ教えてくれないか? 何で俺の事を助けてくれるんだ?」


 俺は真剣な眼差しでブライアンを見つめて聞いた。

 ずっと不思議だった。

 昨日会ったばかりの俺に、ブライアンがここまでしてくれるのが。


「お? そんなの決まってらぁ。ダチを助けるのに理由なんてねぇだろバーロー。」


 ブライアンは当たり前の事のように話す。


「いや、だって俺らまだ出会って間もないじゃん、俺の事なんも知らないだろ?」


 珍しくブライアンは黙り込んだ……。

 そして恥ずかしそうに語る。


「相棒、相棒は知らないかもしれねぇが、俺っちは……実はよぉ……。」


 なんだ? いきなり真剣な顔で。


「俺っちは……実はあまり頭がよくねぇんだ。後友達がいねぇ。純粋な馬族じゃねぇからな……


 いや、知ってるから!

 って友達いないのは多分そこじゃないと思うぞ。


「だからよぉ、難しいことはわかんねぇけど、なんとなく相棒とは初めて会った時から……お? お? なんだっけ? お! 相棒ってことだ!!」


 いや、全然言ってる意味わからないんですけど!


「まぁよくわかんねぇけど、俺もこの世界で一番最初の相棒がお前でよかったよ。」


「やめろよ、照れるぜバーロー! おう、相棒! そろそろ行くか?」


 ブライアンは照れているのを隠すように立ち上がる。


「そうだな、日が暮れると困るし、目的の大樹もあんなに大きく見えるから、間もなく着くだろ。大分気持ちも落ち着いてきたし、行くか!」


 そして俺達は荷物をまとめると、再び大樹の下に歩き始めるのだった。

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