第55話 俺は可奈子さんを……

 年末年始にお互いの家族にあいさつを済ませてから、ようやく落ち着いた気がしていた。


 けど、最近ちょっと様子がおかしくて……


「あ、もしもし。涼香さんですか?」


 ここ最近、冬馬くんがよく、涼香さんと電話をしているのだ。


 それが気になった私は、


「ねえ、涼香さんと何を話しているの?」


 何気なく聞くのだけど、


「えっ? いや、その……道三郎のことで、相談されて」


「へぇ~、そうなんだ」


 私は笑顔を浮かべて頷きつつも、内心の疑念は晴れていなかった。


 なぜなら、冬馬くんは自分の部屋に1人でいる時も、涼香さんと頻繁に電話をしていたから。


 ていうか、それをコソコソ覗き見る私の方が、罪深いかもしれないけど。


 でも、やっぱり……不安になってしまう。


 もしかして、私に飽きたとか?


 若い子って、気持ちがコロコロ変わっちゃうだろうし。


 けど、まだ年上に興味があるから、今度は涼香さんを……


 確かに、涼香さんは美人だ。


 私にはない色気と落ち着きを纏っている。


 私みたいに、余分なお肉も付いてないし……そう考えると、何だかすごく劣等感を覚えて来たわ。


 もしかして、浮気……とか?


 あの優しい冬馬くんが、そんなこと考えたくないけど……


 でも、冬馬くん。


 涼香さんとの電話で、すごく嬉しそうな顔をしているから。


 もう、私は……用済みなのかな?


 そう考えると、涙がこぼれそうだった。




      ◇




 一晩寝て、私は決心していた。


「可奈子さん、おはよう」


 冬馬くんが欠伸を噛み殺しながら言う。


「おはよう、冬馬くん」


 私は朝食を用意しながら、


「ねえ、冬馬くん。ちょっと話があるんだけど、良いかな?」


「うん、良いよ」


 冬馬くんがあっさり頷いて、席に座った。


「それで、話って何かな?」


「えっと、それは……」


 その時、何やら震えるような音が聞こえた。


「あ、ごめん。2階で俺のスマホが鳴っている。ちょっと、待っていてね」


 冬馬くんが慌てて言うと、階段を駆け上がった。


 私は何だかモヤモヤした気持ちになる。


 そして……


「……あ、涼香さん」


 私はビクッとした。


 また、涼香さん……


「いえ、大丈夫です……え、あ、はい」


 一体、何の話をしているのかしら?


 すると、階段を駆け下りる音がした。


「可奈子さん、ごめん。俺、これからちょっと行かないといけなくなった」


「えっ? ど、どこに?」


「それは……また後で話すね!」


 冬馬くんは慌ててトーストを咥えると、そのまま玄関に行ってしまう。


「あっ、冬馬く……」


「可奈子さん、ごめんね!」


 そして、彼は去ってしまった。


 私はその場に立ち尽くす……


 何だろう、この気持ちは……すごく、切ない。


 もしかして、このまま、私たちの関係は終わってしまうのだろうか?


 つい先日まで、幸せだったのに……


「……そんなの嫌だ」


 みっともないかもしれないけど、私は最後の抵抗を試みることにした。


 例え、無様にフラれることになっても……




      ◇




 私は走っていた。


 まだ冬の道を走り抜ける。


 寒くは無かった。


 色々な意味で、体の内から熱が湧いて来るから。


 もう歳なんだし、体力が不安だったけど……意外と走れた。


 そして、街までやって来る。


「はぁ、はぁ……」


 ロクにお化粧もしないまま、街に出てしまうなんて恥ずかしいけど……


「あ、お姉さん。ちょっと良いですか~?」


「はい?」


 膝に手を置いて息を乱していた時、ふいに声をかけられた。


 顔を上げると、3人に男の人が、ニヤニヤしながら私を見ていた。


「お姉さん、すごい美人ですね~。モデルさんですか?」


「え、違いますけど」


「いやいや、この爆乳はグラドルだろ? ですよね~?」


「だから、違いますって」


 何なの、この人たちは?


「あの、すみません。先を急ぎますので……」


「まあまあ、そんなこと言わずに。俺らとあそぼーよ」


 私は手首を掴まれる。


「いやっ、離して……」


 ダメッ、怖くて声が出ない。


 冬馬くん――


「――お前ら、その人から手を放せ!」


 怒声が響き渡った。


「えっ?」


 私が顔を上げると、そこには……


「……と、冬馬くん」


 わたしは彼の名前を呼んだ。


「あん? 何だ、お前は?」


「その人の彼氏だ。今すぐ、手を放せ」


「うるせーガキだな。すっこんでろ!」


 男の1人が冬馬くんに殴りかかる。


「冬馬くん、危ない!」


 けど、冬馬くんは軽い身のこなしで相手の拳をかわすと、そのままふくらはぎにキックをお見舞いした。


「ぐあッ!?」


 相手は倒れる。


「ふざけんな!」


「クソガキが!」


 他の2人も襲い掛かるが、冬馬くんはまた同じように相手のふくらはぎを狙い、動きを止めた。


「「ぐはッ……」


 そして、3人の男たちは倒れてよろめく。


「お前たち、いい加減にしないと、警察を呼ぶぞ」


「クソが……」


 男たちは舌打ちをし、よろよろしたまま、


「行こうぜ……」


 去って行った。


「可奈子さん!」


 冬馬くんは、力が抜けて倒れそうだった私を抱きか抱える。


「大丈夫? ケガはない?」


「う、うん」


「ていうか、どうしてここに……」


「そ、それは……」


 私が言いよどんだ時、


「――冬馬くん」


「あっ……りょ、涼香さん」


「って、可奈子ちゃん。どうしたの?」


「いま、可奈子さんがナンパ野郎たちに襲われていたので」


「何だって? それで急に走り出したのか。でも、王子様に助けてもらって、良かったね~」


 涼香さんは言う。


「……あ、あの」


「ん?」


「と、冬馬くん……もう、私に飽きたの?」


「えっ?」


「もし、そうだとしたら……良いよ。涼香さん、素敵な人だから。応援するよ……あ、でも、道三郎くんが可哀想か……あはは」


「あの、可奈子さん。何を言っているの? 俺には可奈子さんだけだよ?」


「だ、だって、最近ずっと、涼香さんと電話をしていて……」


「ああ、ごめん。ちゃんと説明していなかったね」


 冬馬くんは言う。


「実は俺、涼香さんの所で勉強がてら、バイトしていたんだ」


「へっ?」


「俺さ、将来は在宅ワーカーになりたいんだ。そうすれば、ずっと可奈子さんと一緒にいられるかなって……あっ、でも、それだと可奈子さんが息抜き出来ないかも。ていうか、俺の方が可奈子さんに飽きられちゃって……」


 私はたまらず抱き締めた。


「わっ……か、可奈子さん?」


「もう、バカ! そんな冬馬くんに飽きるなんて……あり得ないわ。だって、私にはもう……あなただけだから」


「可奈子さん……」


 私たちは、お互いの唇がくっつきそうなほど、間近に迫っていた。


「おーい、お二人さーん。お熱いのは結構だけど、周りの目を気にしなさ~い」


「「ハッ……!?」」




      ◇




 その晩、俺と可奈子さんは、数えきれないくらいのキスをしていた。


 家に帰ってから、料理をしている間、夕飯を食べている間、お風呂に入っている間、そして……ベッドの中でも。


「んっ、あっ……冬馬くん……もっと、私を……!」


「やばい、可奈子さん……俺もう……良いよね?」


「うん……来て」


 可奈子さんは、ありのままの姿を俺に見せてくれる。


 それが、どれほどきれいなことか。


「……ねえ、可奈子さん。今日は……着けないで良いかな」


「えっ?」


「俺さ、涼香さんに教えてもらって、まだまだひよっこだけど、将来のめどが立ったというか……だから、可奈子さんと本気で……良いよね」


「そ、それって……」


「ダ、ダメかな? 今日みたいなこともあるし……俺は本気で、可奈子さんを俺だけの物にしたいんだ」


 俺は可奈子さんを見つめて、切実に想いを伝える。


「……うん、良いよ。私も、冬馬くんだけの物になりたい」


「ほ、本当に?」


「その代わり、ちゃんと高校は卒業してね」


「うん、分かった……」


 そして、俺たちは……


「行くよ、可奈子おおおおおおぉ!」


「来て……冬馬ああああああぁん!」


 本当の意味で、結ばれた。







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