第54話 冬馬のアルバム

「初めまして、冬馬のおじです。いつも、彼がお世話になっています」


「初めまして、桜田可奈子です。私の方こそ、いつも彼にはお世話になっています」


 おじさん家のリビングにて、あいさつをかわす。


「そして、夏の時には、うちのバカ娘が大変ご迷惑をおかけしました」


「ちょっと、パパ。バカ娘とかひどいし~」


「お前はちょっと黙っていなさい」


「は~い」


 繭美は投げやりな返事をする。


「ていうか、もう可奈子ちゃんの実家にはあいさつを済ませて来たの?」


「まあな」


「うんうん、ちゃんと将来を見据えて、ごあいさつをしないとね」


「お前の方こそ、将来をちゃんと考えろ」


「だから、あたしはキャバ嬢になって稼ぎまくるの」


「全く、この娘は……」


 おじさんはため息を漏らす。


「ねえ、パパ。せっかく可奈子ちゃんが来てくれたのに、説教ばかりじゃつまんないよ」


「むっ、それもそうだな……母さん、お茶菓子を頼む」


「はーい」


「どうぞ、お構いなく」


 可奈子さんは微笑んでそう言った。




      ◇




 その後、おじさんとおばさんは用事があって出かけた。


「さてと……3《ピー!》でもする?」


「「しません」」


 繭美のアホな提案を2人揃ってすぐ否定した。


「じゃあ、昔のアルバムでも見る?」


「アルバム?」


「そっ。冬馬の小さい頃とか」


「あ、それ見たいかも。そう言えば、私のばかり見せて、冬馬くんのアルバムは見せてもらったことないわ」


「そうだったっけ?」


「じゃあ、ちょっと待っていて」


 繭美はパタパタと駆けて行く。


 しばらくして、数冊のアルバムを抱えて来た。


「よいしょ、よいしょ」


 そして、なぜかその内の1冊を、胸の谷間に挟んでいた。


「冬馬、これ取って♡」


「お前は年中発情期かよ」


「それはお互い様でしょ? 毎日のように可奈子ちゃんと子作りしているくせに♡」


「いや、ちゃんと避妊ひにんを……」


 俺はわずかに言いよどむ。


「どしたの?」


「……そういえば、この前、1回だけそのまましちゃったな」


「マ、マジで? それっていつ?」


「クリスマス……」


「じゃあ、もしかしたら、可奈子ちゃんのお腹には既に……やっちまったな、冬馬♡」


「ま、まだ分からないから」


 可奈子さんが言う。


「まあ、デキちゃったらデキちゃったで、何とかなるっしょ。ねえ、冬馬?」


「ああ、何とかするよ」


「もしお金に困ったら、あたしも学校やめてすぐキャバ嬢になるから」


「おじさんが激怒するよ。高校くらいはちゃんと卒業しなよ」


「冬馬くんもね」


「うん」


「てかさ~、これ見てよ~」


 いつの間にか繭美がアルバムを開いていた。


「げっ」


「あっ」


 それは俺が小さい頃、思い切り泣いている写真だった。


 しかも、繭美に慰められているし。


「この時の冬馬は可愛かったな~。弱虫くんで」


「う、うるさいよ。こんな情けない写真を可奈子さんに見せるなって……」


「けど、可奈子ちゃんはこんな冬馬を見て、母性をくすぐられるでしょ?」


「うん、すごく」


「か、可奈子さん……」


「けど、おじさんとおばさんが死んじゃってから、急に凛々しくなったのよねぇ」


 繭美はしみじみ言う。


「ほら、これ」


 アルバムは遡って、俺の赤ちゃんの頃の写真だった。


 俺は久しぶりに、父さんと母さんの写真を見た。


「これが冬馬くんのご両親……」


「あれ? 可奈子ちゃん、初めて見るの?」


「うん。何だか、感慨深いなぁ」


 可奈子さんは目を細めて俺の両親の顔を見つめていた。


「ずっと、写真を飾っていると、いつまで経っても前に進めないからさ」


 俺は言う。


「なるほどね~……あっ」


「どうした、繭美?」


「いや、これは、ちょっと……」


「何だ、お前の恥ずかしい写真でも見つけたのか? お返しに、見て笑ってやるよ」


「や、ダメ、これは……」


 俺は嫌がる繭美の手を強引にどけた。


「……あっ」


 それは、繭美が俺にキスをしている写真だった。


 ほっぺにだけど。


「こ、これは……」


 俺はチラッと可奈子さんを見た。


「2人は仲良しだったのね」


 可奈子さんは微笑んで言う。


 さすがに、小さい頃のことで嫉妬はしないか。


「まあ、そうだね。あたし、将来は冬馬のお嫁さんになってあげるって、言っていたから」


「お、おい、繭美」


「でも、冬馬には可奈子ちゃんがいてくれるから……あたしはこれからも、自由に生きられるよ」


 グッと背伸びをして、ニコっと笑う繭美。


「何かテレビでも見る? 年末の特番おもしろいのあるかな~」


 繭美はリモコンを手に取った。


「ねえ、繭美ちゃん。もう少し、アルバム見ていても良いかな?」


「うん、良いよ。何なら、どれか1枚あげるし」


「えっ、そんなこと言われたら……う~ん」


「って、真剣に悩んでいるし。可奈子ちゃん、どれだけ冬馬のことが好きなのよ」


「だ、だって……」


「あ、可奈子さん。俺たちの家にもアルバムは置いてあるから」


「けど、恥ずかしい写真はみんな捨ててるでしょ?」


「うっ……うるせーよ」


 歯切れ悪く言う俺のことを、繭美はからかうように笑った。







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