第34話 夏の集大成
夏祭り。
自然と、気持ちが華やぐ。
海とかプールとか、日中に盛り上がるイベントも良いけど。
夜にもこうして、賑わえる夏はやっぱりすごい。
けど、夜な分、日中よりも独特にゆるい浮遊感があって。
それが何だか心地良い、のだけど……
「おい、見ろよ。あのお姉さん、超美人じゃね?」
「たまんねえな。あのうなじを舐め回したいぜ」
何だと……?
確かに、今の可奈子さんは普段と違って髪を結い上げることで、また違った色香を放っている。
そのことは認めよう。
だが、この人は俺だけの物だ。
お前らのような飢えた狼どもに……
「冬馬くん」
「えっ?」
「一緒にたこ焼き食べたいな♡」
「あっ……夕飯、まだだったもんね」
「うん、行こ?」
可奈子さんは微笑んでそう言いつつ、主導権を俺に渡してくれる。
俺は照れたまま、可奈子さんの手を引っ張って行く。
「はい、いらっしゃい」
「えっと、たこ焼きを2パック……」
「1パックで良いです」
「えっ?」
「はいよ!」
店主が手際よく、6個入りのそれを包んでくれる。
「美人さんには、おまけしといたよ!」
「ありがとうございます」
可奈子さんは如才なく微笑んで返事をする。
「冬馬くん、あっちで食べようよ」
飲食スペースが設けられていた。
そこでは既に、カップルたちが寄り添っている。
俺たちもあそこに交じるのか……ちょっと緊張するな。
「よいしょっと」
可奈子さんは可愛らしく言って座る。
「パカッっと……わぁ、美味しそう」
確かに、豪快な店主が作った割に、ふわりと優しい香りが漂って来る。
「ていうか、1パックしかないから……あっ」
「冬馬くん、あーん」
可奈子さんが爪楊枝でたこ焼きをさし、俺の口元に運んでくれる。
「あ、あーん……」
別に初めてのことじゃないのに、何だか無性にドキドキした。
「あふっ」
「ふふ、大丈夫?」
「う、うん……おいひい」
「良かった。じゃあ、お次は……」
可奈子さんがねだって期待するような目を俺に向けて来た。
「じゃあ……あーん」
「あーん♡」
可奈子さんは幸せそうな顔で頬張り。
「あ、あちゅい……」
「あちゅい?」
「はひゅ、はひゅ……ふぅ~」
「可奈子さん、今の可愛すぎる声は……」
「あ~、お姉さんをバカにして~、怒っちゃうよ?」
そんな可愛い顔で怒られても全く怖くないし、むしろただの可愛さ倍増である。
分かっているのか、この人は? 自分の魅力度の高さを。
「はい、あーん」
「あふっ」
「あーん」
「あひゅっ♡」
とか言いつつ、最後の1個になった。
「あ、店主がおまけしてくれたって言ってたな……」
だから、奇数個で平等になっていない。
「可奈子さん、食べる?」
「うーん、そうだな~……」
可奈子さんは口元に指を添えてから、自分でたこ焼きを口元に運び、咥える。
だが、なぜか咀嚼しようとしない。
そのまま、ジーッと俺を見ていた。
えっ、いや……マジで?
戸惑う俺だけど、可奈子さんは尚もジッと俺のことを見つめている。
ええい、ままよ!
軽く、周りがざわついた。
何せ、俺と可奈子さんが半ばキスするように、たこ焼きを半分こしたから。
「「あふっ」」
お互い、まだ熱々のたこ焼きをほふほふとする。
「……キスしちゃったね」
「い、いや、ギリギリの線で当たっていないから」
「でも、周りにはそう見えていないと思う」
可奈子さんが照れながら言う。
周りのカップルたちは、何か色めき立ち、俺たちの真似をしようとしていた。
ちょっとしたインフルエンサーになってしまった。
「か、可奈子さん、行こう」
「うん」
俺は可奈子さんの手を引いてその場を後にした。
◇
帰り道の静かなアスファルトを歩く。
「……花火、きれいだったね」
「……うん、きれいだった」
俺は一つ、息を置く。
「何よりも、可奈子さんがきれいだった」
「こ、こら、バカ。からかうんじゃないの」
「いや、冗談抜きで。でも、可奈子さんは魅力的すぎるから、周りの奴らもジロジロ見て……ちくしょう、俺だけの可奈子さんなのに」
唇が塞がれた。
一瞬の神業。
「……私は冬馬くんだけのモノ」
潤んだ瞳で俺を見つめて来る。
「まだ、体の火照りが収まらないから……ね?」
可奈子さんは相変わらず滑らかさを感じさせる手で、俺の肩に触れた。
「……その浴衣って高い?」
「えっ? まあ、それなりの値段はするかな」
「じゃあ、俺またその内バイトするよ」
「えっ?」
「もう待ちきれないからさ……それ着たまま、可奈子さんを押し倒すから」
我ながら大胆というか、随分とアホなことを言っていると思う。
一歩間違えば、変態男だ。
「……ド、ドキドキしちゃう」
可奈子さんは少し俺から視線を外した。
「じゃあ、次は冬馬くん好みの浴衣を買ってちょうだい?」
「うん、分かった」
「だったら……私のこと、ぜんぶ好きにして?」
耳元で囁かれた。
「よっと」
「きゃっ。と、冬馬くん?」
俺に抱き上げられ、可奈子さんは目を丸くした。
「言ったでしょ? 体を鍛えているって。もう待ちきれないから、家までダッシュするよ?」
「お、お姫様だっこ……もうダメ、頭おかしくなっちゃう。メチャクチャ」
「うん。家に帰ったら、本当にメチャクチャにするから。夏の集大成だ」
「……バカ。エッチ冬馬」
「可奈子だって、エッチでしょ?」
「……うん」
ひたすらに照れる彼女を抱えて、俺は夜道を走った。
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