第12話 初めてのキス

 俺はひたすらスマホの画面を見ていた。


『女性がドキドキするキスのやり方』


 そんなページを眺めている。


 正直、こっぱずかしいけど。


 可奈子さんに素敵なキスをしてあげたいから。


 そういった経験が無いってことは、たぶんキスも初めて……だよな?


 女の子にとってファーストキスって大事な思い出だから。


 よく聞く前歯をぶつけちゃったとか、それは避けたい。


 俺は所詮、まだお子ちゃまで大人のキスとか無理だけど。


 少しでも、可奈子さんを……


「よっ、冬馬」


 ふいに背後から肩ポンされてビクッとした。


「……って、道三郎かよ」


「何を見てるんだ?」


「な、何でもないよ」


 俺はサッとスマホを隠す。


「何だよ、隠れてこっそりエロ動画でも見ていたのか?」


「見てねーよ、道三郎じゃあるまいし」


「うるせえよ。あと、俺のことはミッチーと呼べっていつも言っているだろ?」


「お前のどこがミッチーなんだよ。道三郎で十分だ」


「でも、ミッチーの方が呼びやすいだろ?」


「ううん、全然」


「親友のくせに冷たいぜ……」


 道三郎は少しだけ肩を落としながら自分の席に戻って行く。


 たぶん、あいつもキスの経験は無いだろうから。


 相談はできないな。


 ていうか、こんな相談は他の誰にもしたくないし。




      ◇




「可奈子さん、ごちそうさま」


 夕食を終えて言う。


「お粗末さまです」


 可奈子さんは微笑みながら言ってくれる。


「洗い物は私がやっておくから」


「ごめんね。じゃあ、俺は先に部屋で休むから」


「うん」


 笑顔で頷く可奈子さんを背に置いて、俺は二階の部屋に向かう。


 ベッドの上に座ると、スマホを持った。


 そして、動画を見始める。


 キスシーンから始まった。


 いや、そこで再生を止めていたのだ。


 ちなみに、エロ動画ではない。


 動画配信サイトで恋愛映画を視聴しているのだ。


 そのキスシーンは濃厚すぎず、かといって稚拙でもない。


 ほど良い感じが参考になると思った。


「うーん、なるほど……」


 動画をしばし見ていると、ちょっとだけ実践してみたくなる。


「あ、そういえば……」



『知っているか、冬馬? 親指をこうして真っ直ぐ伸ばして、ちょっと拳を作り感じにするとこぶが出来るだろ。それって、人の唇と同じ柔らかさなんだってさ』



 と、道三郎が語っていたことを思い出す。


 その時はバカみたいだと言ったけど……


「……こんな感じか」


 俺は自分の親指のあたりにぷくっと出来た膨らみを見る。


 もちろん、そのままするのは気持ちが悪い。


 けど、これが愛しい可奈子さんの唇だと思えば……


 この前、その素敵なキス顔は見せてもらったから、イメージはバッチリだ。


「……可奈子さん」


 俺はよりイメージを膨らませるように彼女の名前を呼んで、キスをした。


 こ、これは……思った以上に良い感触だな。


 傍から見たら、ちょっとヤバい光景だけど。


 それもこれも、みんな可奈子さんに良きキスをしてあげるためなんだ。


 そう言い聞かせて、恥を捨てて俺はキス練に励む。


 あぁ、もしこれが本当に可奈子さんの唇だったら。



『んッ、あッ……冬馬くん、上手だよ』



 た、たまらん……


 って、俺は変態か!?


 その時、コンコンと音がした。


「冬馬くん、入るよ」


「えっ!?」


 突然のことに俺は激しく動揺して、スマホが飛んでベッドの外に落ちてしまう。


 それがちょうど、部屋に入って来た可奈子さんの足下に滑り寄った。


「ん?」


「あっ……」


 俺のスマホには、まだバリバリにキスシーンが流れている。


 可奈子さんを目を丸くして見ていたが、ふと我に返ったように俺のスマホを拾ってくれた。


「は、はい、どうぞ」


「あ、ありがとう」


 お互いにぎこちなく笑いながら、スマホを受け渡しする。


 しばし、気まずい沈黙。


 可奈子さんがベッドに腰を掛けた。


「「……あの」」


 同時に声を出して、また少し動揺してしまう。


「……もしかして、キスの練習をしていたの?」


「う、うん……ごめん、気持ち悪いよね?」


 俺は苦笑する。


「そんなことないよ。ちょっと驚いたけど……私、嬉しい」


「え、本当に?」


「うん。冬馬くんがそこまで一生懸命になってくれて」


「可奈子さん……だって、可奈子さんにとって、良い思い出にしてあげたいから。は、初めて……だよね?」


「うん……まだキスしたことないから」


「そ、そっか……」


 またお互いに何だかモジモジとしてしまう。


「……ねえ、冬馬くん」


「な、何?」


「まだ、約束の1週間は経っていないけど……」


 そっと、可奈子さんが俺の手に触れる。


「……キスして」


「えっ……」


「私、もうたまらなくて……早く、冬馬くんにファーストキスを捧げたいの」


 や、やばい……可愛すぎる。


 何だこの可愛すぎるお姉さんは。


 いや、この人は俺の彼女で……将来は俺の嫁なんだ。


 そう思ったら、自然と肩を掴んでいた。


「か、可奈子さん……行くよ?」


「う、うん」


 少し不安げな彼女を見て、男として守ってあげたいという想いが強く迸った。


 けど、キス自体は優しく出来たと思う。


 イメージしまくったおかげかもしれないけど。


 そっと優しく、可奈子さんのきれいで柔らかい唇に自分のそれを重ねた。


 ちゅっ、と音が鳴り、可奈子さんのかすかな吐息がこぼれる。


 やがて、スッと離れた。


 本当はもっとしていたかったけど。


 最初だから、遠慮してしまった。


「……だ、大丈夫だった?」


「う、うん……けど、すごいね……キスって」


「そ、そうだね。何かもう、心臓がおかしくなりそうだよ」


「私も……けど、もっとメチャクチャにしてくれても良いんだよ?」


「か、可奈子さん……」


 少しいたずらっぽく言う彼女に、俺はまたドキドキする。


「そ、それはもう少し練習してからで……」


「じゃあ、今から実践練習する?」


 可奈子さんは自分の唇に触れて言う。


「……勘弁して下さい」


「えー、何で何で?」


「あなたが可愛すぎるのがいけない」


 俺はひどく照れながら伝える。


「……あ、ありがとう」


 可奈子さんも同じように照れてくれた。







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