第2話 素敵な女性
それはまるで、ふと舞い降りたような、桜の花びらみたいなきれいさだった。
「初めまして、
しとやかに美しい女性はそう言った。
「あ、は、初めまして。月城冬馬です」
「はい、月城冬馬さんですね。今回は家政婦サービスをご利用いただき、ありがとうございます。早速ですが、お宅に上がってもよろしいでしょうか?」
「ど、どうぞ、どうぞ」
俺は美人のお姉さんを相手にすっかりドギマギしてしまう。
「あら、とてもきれいなお宅ですね。ちゃんと整理整頓されて、そうじも行き届いているし。私がお掃除をするまでもないかしら?」
「あはは、そうですね。今回は、美味しい料理を作って欲しくて頼んだんです」
「かしこまりました。じゃあ早速、台所をお借りしてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
俺はまだ緊張したまま言う。
そうこうしている間に、桜田さんはエプロンを着ていた。
「じゃあ、始めます。どうぞ、くつろいでいて下さい」
「あ、はい」
俺はかしこまった状態のままソファーに座る。
「さてと……うん、冷蔵庫の食材は充実している。冬馬くん、何か嫌いな物はある?」
「へっ?」
いきなり名前で呼ばれてドキッとした。
いや、全くもって嫌な気持ちじゃないけど。
むしろ、こんな美人で巨乳なお姉さんにフランクに接してもらえて嬉しいくらいだ。
「き、嫌いな物は特にないです」
「まあ、偉いのね」
「あはは」
「じゃあ、張り切って作っちゃうから。待っていてね」
「お、お願します」
俺は何だか心臓の鼓動が早くなって来た。
頬も熱くなって来たし。
トントントン、と音が聞こえて来る。
その音を聞くだけで、何か良いなと思ってしまう。
チラと台所を見ると、見目麗しい桜田さんの立ち姿がまたそそる。
いやいや、俺は何て嫌らしいことを考えているんだ。
彼女はあくまでも、ちゃんと家政婦としての仕事をこなしているだけなのに。
変な勘違いをするなんて気持ちが悪いぞ。
「つかぬことを聞いても良いかしら?」
ふいに、台所に立つ桜田さんが言った。
「あ、はい。何ですか?」
「冬馬くんのご両親は?」
「えっと、その……二人とも、俺が小さい頃に他界しているんです」
「あっ……ごめんなさい」
「いえ、気にしないで下さい」
俺は苦笑しながら言う。
「長年、1人暮らしをして来たから。家事はだいたい出来るんですけど。たまには、人が作ってくれた温かいごはんが食べたいなと思って。それで今回、家政婦さんをお願いしたんです」
「そうだったの……光栄だわ、そんなあなたの下に来ることが出来た」
「俺の方こそ。正直、家政婦さんって気の良いおばちゃんのイメージだったから。まさか、こんなに若くて美人のお姉さんが来てくれるなんて」
「そ、そんな……嬉しいこと言ってくれるのね」
俺たちはお互いに照れ臭くなって、しばし無言になってしまう。
緊張を誤魔化すように、俺はテレビをつけて待つ。
「お待たせしました」
ふわりと、湯気が香った。
おぼんに載せて運ばれて来たのは、温かみのある食事。
ふっくら炊けた白いごはんに、ふんわりと香り漂うみそ汁。
目玉焼きとほうれん草のおひたし、お茶まで添えられている。
「ごめんなさい。若い子には、質素だったかしら」
「いや、桜田さん……控えめに言って最高です」
「本当に?」
「はい。早速いただいても良いですか?」
「どうぞ、召し上がれ」
微笑み桜田さんに見守られながら、
「いただきます」
俺はありがたくそのご飯をちょうだいする。
「うん……美味い。ご飯の炊き具合も、みそ汁の塩加減も……完璧です」
「ありがとう」
「俺もつかぬことを聞いても良いですか?」
「何かしら?」
「桜田さんって、結婚されているんですか?」
「へっ、私?」
「はい。こんな人を奥さんに出来る人は幸せだなって」
「と、冬馬くんってば……私はまだ独身よ」
「あ、そうなんですか。もったいないですね」
「うふふ。でもそのおかげで、こうして冬馬くんに出会えたよ」
微笑んで言われて、俺はドキリとする。
だから、勘違いするなって。
「い、いや~、それにしても美味しいな」
「うふふ、若い子の食べっぷりは見ていて微笑ましいわ。ごはんのおかわりいる?」
「お願いします」
俺があっという間に平らげたおわんを嬉しそうに受け取ると、桜田さんはおかわりをよそってくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、決して安くない料金をいただいている訳だし。お料理以外の家事もしちゃうわね」
「良いんですか?」
「もちろんよ。冬馬くんは、旦那さま気分でのんびりしていて」
「う、嬉しいなぁ」
何か至れり尽くせりって感じだ。
1万円ってちょっと高いけど、こんな美人のお姉さんが世話をしてくれるなら……って、だから変な考えをするなって。
それから俺は、ちょっとドキドキしつつも、最高にリラックスできる時間を過ごせた。
◇
「じゃあ、名残惜しいけど。そろそろ時間だから」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
俺は玄関先で桜田さんを見送る。
「良ければ、また頼んでくれると嬉しいな」
「俺もそうしたい所ですけど……やっぱり、毎度頼むにはちょっとお金が」
「あ、そうね……」
桜田さんはきれいな唇に手を添えて少し考える。
それから、肩に提げた小さなカバンを開けた。
一枚の紙を取り出す。
「はい、これ」
「何ですか?」
「家政婦サービスの割引券」
「え、良いんですか? もらっちゃっても」
「うん。本当は常連さんに渡すんだけど……冬馬くんは特別」
桜田さんは唇に人差し指を添えて、少しいたずらに微笑む。
俺はまたドキリとしてしまう。
「じゃあ、今日は楽しかったよ。ありがとう、またね」
「あ、また……お願いします」
最後のまた素敵な微笑みを残して、桜田さんは去って行った。
その場に残された俺は、1人玄関先に佇む。
「……桜田さん、素敵な人だな。あんな人がお嫁さんになってくれたら……」
って、俺は何を考えているんだ。
相手は大人の女性。
所詮、俺みたいな高校生のお子ちゃまなんて相手にされないよ。
俺は渡された割引券を見る。
「……また頼もう」
きっと、近い内に。
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