第3話 あなたの専属になりたい

 今日も今日とて、俺は学校に行ってマジメに授業を受けて、親友と楽しく喋って、学校帰りにスーパーに寄って家に帰り、先に風呂を済ませてから夕飯を作って、テレビを見ながらそれを食べてくつろいでいた。


 家政婦サービスを頼んでから、2週間が経過していた。


 俺はもらった割引券を手に持って見た。


「せっかくもらったけど……」


 何だかんだ、使わないままでいる。


 いや、決して家政婦サービスが嫌だった訳じゃない。


 むしろ、最高の一言だった。


 桜田可奈子さん。


 とても素敵な女性だった。


 美人で気立てが良くておまけに胸も……コホン。


 とにかく、俺としてはまた来てもらいたいくらいだけど……


 そう頻繁に呼んだら迷惑かな、とか。


 鬱陶しがられるんじゃないかな、とか。


 色々と心配してしまうのだ。


 これだから、思春期の高校生は面倒なのだ。


 ていうか、相手が美人だから俺も身構えてしまっているのかもしれない。


「あ~……」


 軽く唸ってしまう。


 でも、桜田さんが作ってくれた料理、美味しかったなぁ。


 ……と思ったら、スマホを手に取っていた。


 家政婦サービスの予約ページを開く。


 俺はドキドキしながら、指名欄に『桜田可奈子』さんの名前を入力した。




      ◇




 俺はドキドキしながら、ソファーの上で正座をしていた。


 ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴ると、心臓が跳ね上がった。


「は、はーい!」


 俺は慌てて玄関に向かうと、ドアを開けた。


 そこに立っていたのは――


「――こんにちは」


「さ、桜田さん……こんにちは」


 俺が言うと、彼女は微笑んでくれる。


「どうぞ、上がって下さい」


「お邪魔します」


 彼女は微笑んだまま家に中に入って来た。


 俺はそのまま、彼女を連れてリビングに戻る。


「いやー、それにしても……」


「……あの、冬馬くん」


「はい?」


 俺が振り向くと、桜田さんは少し浮かない顔だった。


「ど、どうしましました?」


「……前回の私の仕事っぷり……あまり良くなかったかな?」


「えっ? いやいや、全然そんなことないですよ」


「そう?」


「何で、そんな風に思うんです?」


「だって、また冬馬くんに指名して欲しくて割引き券まで渡したのに、なかなか呼んでもらえなかったから……」


「いや、それは……桜田さんがあまりにも素敵すぎて」


「へっ?」


「こんなに美人でスタイルが良いお姉さんが家政婦とかマジでラッキーだって思うけど。俺は所詮、まだガキの高校生だから。何か恥ずかしいというか、不安というか……とにかく、俺は桜田さんが嫌だった訳じゃなくて……」


 ああ、何か説明するほど言い訳っぽく聞こえちゃうパターンだぞ、これ。


 もし、桜田さんをさらに傷付けてしまったら、どうしよう……


「……嬉しい」


「桜田さん?」


「私のこと、そんな風に思ってくれて」


 桜田さんはまた微笑んでくれる。


「今日もまたごはん作ろうか?」


「あ、はい。お願いします」


「うふふ、待っていてね」


 すっかり元気を取り戻した桜田さんは、キッチンに向かう。


「前回は和食だったから、今日は洋食にしましょうか?」


「良いですね」


「パスタなんてどう?」


「好きです」


「良かった」


 桜田さんは微笑みながら、リズムよく調理を進めて行く。


 俺はそんな彼女のことを、じっと見つめていた。


 嫌らしいと思われちゃうかもしれないけど。


「お待たせしました」


 まるで魔法のように、あっという間に料理が完成した。


「春キャベツのパスタとコンソメスープ、あとは付け合わせのパンよ」


「うわぁ~、やっぱり女性ならではの繊細さがたまらないっす」


「ありがとう。でも、食べ盛りの男子くんにはちょっと物足りないかも」


「大丈夫ですよ。いただきます」


 俺は早速、桜田さんの手料理をいただく。


 フォークにパスタを巻いて、パクッと。


「……美味い!」


「良かった。少しおかわりもあるからね」


「ありがとうございます」


 俺と桜田さんは、しばしずっと微笑みが止まらなかった。




      ◇




 間もなく、契約時間が終わる頃。


「桜田さん、今日もありがとうございました」


「こちらこそ、楽しかったよ。ありがとう」


 お互いにぺこりと頭を下げ合う。


 あぁ、楽しい時間はすぐに過ぎちゃうな。


「……ねえ、冬馬くん。一つ、相談があるの」


「えっ、何ですか?」


 俺は首をかしげる。


「私ね……家政婦をやめようと思うの」


「えっ……そうなんですか?」


「うん……」


「……じゃあ、もう……桜田さんには会えないんですね」


 って、やめろ、俺。


 未練がましい男みたいで気持ちが悪いぞ。


 所詮、俺と彼女は客とサービスマンの関係なんだから。


「あのね、私……冬馬くんの専属になりたいの」


「はい?」


「冬馬くんだけの家政婦さんになりたいの」


 俺は一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。


「それはもう……嫁じゃないですか?」


「うん……そうだね」


 桜田さんは少し照れ臭そうに微笑む。


「ダメ……かな?」


 可愛らしく小首をかしげる。


 対する俺はしばし固まってしまった。






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