第39話 魔王②


 魔王城の間で俺と魔王が向かい合っている。


 今の俺のダンジョンはまともに防衛戦力を置いていない。


 ダンジョンに設置したコアが破壊されたら俺は死ぬ。それが分かっている魔王が俺に降伏を勧めてきたのだが、そんなことを聞いてやるつもりはない。


「おいおい。そう簡単に攻められるかな? 俺が何の準備もしていないとでも」

「思っていません。落とし穴、毒の霧、天井沈下、炎の柱、氷の床と罠の数々が報告されています。それは予想していましたので、こちらは魔王城の全兵力で攻めています」


 魔王は罠を予想していたらしい。


 天井沈下については記憶にないが黙っておくことにする。


「罠に全て嵌ってしまえば怖くないってか……脳筋すぎるだろ」


 そう俺はダンジョンにトラップを仕掛けまくって来た。


 魔王が言った以外にも溶解液の罠、酸素を消滅させる罠とか。


 だが罠は一度発動してしまえば無効化されたに等しい。どこにあるかわかる罠など怖くはない。


「貴方のダンジョンバトルは全て見ていました。悪辣な罠を使うのは知っていましたので……それにしても予想以上でしたが」

「ちっ。流石は魔王だ、卑怯な奴め」

「卑怯なのは不意打ち気味に攻めてきた上に、悪辣な罠を仕掛けまくる貴方では……」

「黙れ! 魔王は存在自体が悪で卑怯なんだよ!」

 

 魔王は存在自体が卑怯なのだ。勇者パーティーが魔王を罠にかければ英雄。


 魔王が勇者を罠にかければ卑劣の極み。それが世界の真理である。


 それと今の話は俺に重要な情報をもたらした。魔王は俺のダンジョンバトルを見ていたと言った。


 ならば……それを考慮して作戦を立てる!


「それで降参しませんか? 今なら四天王待遇で迎えますよ」


 魔王は手を差し出してくる。四天王待遇って……あのバカみたいなやつらだよな。


 こいつはそれを破格の待遇だとでも思っているのだろうか。


「あんな奴らと同格になれと?」

「……あの者たちも弱くはないのですよ。これでもうちの最大戦力達でしたし……」


 魔王は俺から視線を逸らした。お前も四天王の残念さを自覚してるじゃん。


 そもそも四天王バカと魔王の能力に差がありすぎる。四天王バカが全員揃っても、魔王の足もとにも及ばないではないか。


「早く降伏しないと手遅れになりますよ。どうやら……うちの兵士が貴方のダンジョンの最下層までたどり着いたようです」

『我が主よ、敵が我が間へと入って来たぞ』


 どうやら敵がヴェルディの間まで入り込んだらしい。


 大量に仕掛けた自慢の罠も防ぎぎれなかったか。せめて門番に強力なゴーレムでも置ければよかったのだが。


 その報告を聞いて俺は両手をあげる。まさか敵が全戦力を突っ込んでくるとは思わなかった。


「やれやれ、しかたないな」

「降参ですか」

「見事だったよ……まさかここまでうまくいくとはな」

「え?」


 首をかしげる魔王に対して、俺は指を鳴らす。


 すると魔王の顔色が一気に悪くなり、こちらをにらみつけてくる。


「兵士たちの命が消えて……っ!? 何をしたのですか!」


 激高する魔王に対して思わず笑みを浮かべてしまう。


 こいつは見事に俺の策にはまったのだ。


「ダンジョン全てに行き渡るように、用意していた溶解液を流した。そもそもだ、自分の最大の弱点をうかつに放置するわけないだろ。お前が狙ってくるのは考慮済みだ!」


 俺のダンジョンは穴倉式。上から溶解液を大量に流せば逃げ場はない。


 溶解液はツバの力で発生させた。あいつをダンジョンに残していたのはこのためである。


 魔王はかなり動揺しているな、ここは畳みかける!


「ありがとよ! お前が全兵力を突入させたおかげで、俺達は楽にお前までたどり着けた! しかも溶解液で一網打尽! 笑いをこらえるのが大変だったんだが、実はお前って俺の味方だったりしない?」


 俺の言葉に魔王は身体を震わせている。よく見ると少し涙目である。


 これは好機だ! 逃す手はない!


「ライラ! 煙だ!」

「はいっ!」


 ライラが槌を床にたたきつけると、辺り一面に埃が舞い散って周囲が見えなくなる。


「なっ!? ムダな手を使って……!」


 急な事で魔王の反応が遅れている間に、俺とライラは距離をとろうとする。


 だが急に突風が吹いて煙は綺麗に消え去った。時間稼ぎにならなかったようだ。


 魔王が片手を俺に向けて、必死の形相で睨んでいる。


「卑劣な手を使いますね……ですが無意味です」

「それはどうかな! 俺のとっておきを見せてやる!」


 俺は腰から銃を取り出す。それを魔王は恐ろしく警戒しているのが見て取れる。


 一挙一動すら見逃さないとばかりに俺を見つめていた。


 それはつまり――周りの警戒が薄くなっているということだ。この部屋にいる俺達の最大戦力を忘れるほどに。


 小さな影が魔王の背をとった。


「どう来たとしても……なっ、まだ動けたのですか!?」

「……」


 無警戒なのを利用して、エイスが魔王の腹部に剣を刺した。


 魔王は驚愕の顔を浮かべた後、エイスを殴り飛ばす。今のエイスにそれを防ぐ手段はなく、彼女は床に叩きつけられて動かなくなった。


 魔王は腹部に刺さった剣を抜いたが、苦悶の表情を浮かべている。

 

 ようやくまともなダメージを与えられたらしい。


 床に倒れたまま動かないエイスを心配しつつも、魔王に向けて拳銃を構える。


「……傷を受けたのは何千年ぶりでしょうね。ですがこの程度、すぐに回復します」

「そうかい。だが俺のとっておきはそんな程度じゃすまないぜ」


 俺と魔王は向かい合ったまま動かない。


 奴は俺の切り札である拳銃を完全に警戒しているのだ。だが……もうこいつの役目は終わった。


「なあ。俺のことを色々調べていたように言っていたが、この銃のことは知らなかったのか? 散々使っていたんだが」

「聞いています、大した性能はないと。ですが貴方のことです、その武器にどんな卑劣な仕掛けをしているか」


 そう言いながら魔王は銃から目を離さない。本当にすごく警戒してくれているようだ。


 そんなこいつに種明かしをするとしよう。


「いやー、残念。この銃さ、お前の知ってる武器と全く変わらないんだよ。仕掛けも何もない」

「……え? どういうことですか?」

「ブラフだよ。本当面白いくらい引っかかってくれてありがとな!」


 満面の笑みを浮かべて叫ぶと、魔王は無表情になる。


 魔王の周囲に電撃が走り、床が凍り付いていく。


「もういいです。ここまでコケにされたのです、貴方は殺します」


 凄まじい恐ろしさを感じる。魔王に向けられた殺気に、俺は冷や汗を大量にかいてしまう。


 今までも本気ではなかったのだろう。だが――もう時間だ。


 現在の時刻は23時59分40秒。つまり俺の求めていた時間帯!


「すごい怖いな……そのすごさに免じて今回だけ本当のことを言う。これが俺の切り札だ! ヴェルディ!」


 俺の叫びに呼応するように、魔王の間に巨大な魔法陣が出現する。


 その陣から巨大な神龍――ヴェルディが姿を現した。


「姑息な時間稼ぎに卑劣な不意打ち、よくやったぞ我が主! 後は任せよ!」


 ヴェルディは大きな翼を広げ、魔王に対して咆哮をあげるのだった。

 

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