第38話 魔王①
四天王を倒した俺達は、城の最上部へ向かって進んでいく。
敵と全く出会わないまま、他よりも立派な鉄の扉にたどり着いた。
その扉を見てマサムネが。
「ここが魔王の間だ。入れば魔王がいる……覚悟はいいな?」
「ああ、うん。正直、魔王も弱いんじゃねと思い始めてるが」
四天王があまりに弱すぎて、魔王も実は弱い説が出てきている。
だがそれを否定するようにマサムネは首を横に振る。
「魔王は別格だ。四天王とは比べ物にならない」
「怪しい……」
「……魔王は本当に強い」
「わかった。気を引き締めていくぞ!」
「何故私のことは信じず、エイス殿の言葉は信じるのか!?」
そりゃもう信用度とこれまでの実績が違いすぎる。
エイスは冗談とか嘘の類は言わないし、そんな彼女が扉を睨んでいるのだから。
魔王はこれまでとは別格の存在と考えたほうがいい。
「よし、行くぞ!」
エイスが扉を真っ二つに切り裂き、俺達は魔王の間へと侵入する。
その部屋は禍々しい玉座の間と形容するにふさわしい部屋だった。
そして玉座に一人の少女が座っている。
色白の肌に露出の多い服装。胸の谷間を強調する服が、その者が女性であることを証明していた。
少女は俺達を見て微笑んだ。
「よく来ましたね、侵入者。私はルミス」
「ああ、うん。ところで魔王はどこ?」
「目の前にいるでしょう?」
ルミスは俺達に可愛らしい笑みを浮かべる。
すごく可愛い。今までに見たことがないほどだ。胸が通常サイズだと言うのに……!
いや待て、おかしいぞ。俺は巨乳なほど好きだ、なのに彼女が今までで一番かわいい?
疑念を抱いた瞬間、腹部に激痛が走った。
「ごふっ……!?」
「……魅了されてた」
どうやらエイスが俺の腹部分の鎧を叩いたらしい。
魅了だと? やはりな、おかしいと思った。
「お前、サキュバスだな! 危なかったぜ、もう少し胸が大きかったら即死だった!」
「おや? 大きい方が好みでしたか? 周りの女の子を見ると、小さい方が好きと思ったのですが」
「こいつらは顔は好みだから。身体は物足りないんだおぉ!?」
再び腹部に激痛が走る。エイスが俺に対して、獲物を狩るかのような目で睨んでくる。
やばい、次は殺される……。
「はっ!? これはあのサキュバスの策略だ! 俺達を仲たがいさせようとしてるんだ!」
「流石ご主人様! 敵の策略にはまらず見破るなんて!」
ライラが俺のことを疑いもせずに誉めてくる。
「ところでルミス、お前が本当に魔王なのか?」
「そうですよ。私が魔王ルミス……おっと、危ないですね」
ルミスは自己紹介をしながら、魔法で光の剣を手に出現させて斬りかかったエイスの剣を防いだ。
相変わらずの辻斬りをいともたやすく。
「エイスちゃん。私のこと女だと知ったのに動揺しませんね」
「……魔王は殺す。それがどんな存在でも」
エイスもルミスが女だと知らなかったようだ。
ヴァンパイアだと聞いていたのにサキュバスだったとはな。
本当にマサムネの情報はあてにならんな……マサムネは俺のあきれた視線に気づいたのか。
「すまぬっ! だが魔王城の兵士もほぼ全員がヴァンパイアだと思っていたのだ!」
「私も兵士たちの前では、ヴァンパイアに化けてましたから。四天王も知らなかったと思います。なのでマサムネを責めないであげてください」
敵である魔王ルミスにすら、擁護されるマサムネ。
最初から魔王の掌でくるくるされてたんじゃねーか。
だがマサムネの言葉でひとつだけ本当だったことがある。
「私も魔王ですからね。驚きのひとつやふたつ、用意しておこうと思っていました。なのでこのような意趣をと」
「……っ!」
エイスの腕が斬られて、血が空中に飛び散る。
魔王ルミスは俺達によそ見をして雑談しながら、エイスを圧倒していた。
そう魔王ルミスは強い。
「マサムネぇ! よりにもよって魔王が強いってところだけ当てるんじゃねぇ!」
「無茶苦茶言うな!?」
「面白い方々ですねー」
エイスを簡単に捌く奴なんて見たことないぞ!?
わりと冗談抜きでやばい。時計を見るが時刻は11時40分。後19分粘らなければヴェルディタイムを使えない。
何とかして耐えねば。いや本当は魔王を弱らせる必要があるんだが、そんなことを言ってる余裕がなさそうだ。
『我が主よ、いざとなれば時間にならずとも我を使え。最悪、撤退してやる』
ヴェルディが俺に警戒をうながす。
こいつが撤退なんて言ってくるとは、魔王は想像以上に強いのではないか。
「魔王は強いか?」
『我の方が強い。だが十秒では倒しきるのは無理じゃ』
十秒で無理なのは予定通り。だが俺は甘く見ていた、ヴェルディが十秒で倒せない敵を。
チート神龍をして瞬殺出来ない、そいつが化け物じみた強さであるということを。
「ライラ! カイ君を躍らせろ!」
「は、はい!」
ライラが子グマゴーレムことカイ君を召喚。
カイ君はよちよちと床で可愛いダンスを開始し、俺達の身体が輝き始める。
バフにより俺達の全能力が1,5倍に向上した。
「おや? 面白い魔法ですね。でも……そんな程度じゃ私には勝てませんよ?」
「……かっ!?」
魔王ルミスの蹴りを腹に受けて、エイスは吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
その衝撃で壁の一部が崩壊する。あの馬鹿力やばいぞ!
てかバフかかってるのにエイスが負けた!?
「おおおおおお! 私は誇りを捨てたぞ! 魔王よ、覚悟ぉぉぉぉ!」
マサムネが剣を構えて魔王に襲い掛かった。その刃には紫色の液体がついている。
とうとう俺の助言を聞いて剣に毒を塗ったか!
そうだ! お前にはそれが足りなかった! 何が何でも勝とうという執念が!
そしてマサムネの毒を塗った剣が振り下ろ……されなかった。
「ごはぁ!?」
魔王は剣すら使わず、マサムネの顎にアッパーを繰り出した。
残念ながらいくら勝つ気概があっても自力が違いすぎる。
マサムネは吹き飛ばされて、床に倒れて痙攣している。完全に戦闘不能だなあれは。
俺はマサムネに向けて敬礼する。あいつはやれるだけのことはやった、ただただ力不足だっただけで。
魔王は俺達に視線を向けて微笑んでくる。
「随分と余裕ですね? あなたは強いとは思えませんが」
全く余裕などない。エイスのほうを見るが壁に叩きつけられたまま動かない。気絶しているようだ。
こちらの残り戦力はゴブリン勇者パーティーとライラ。
絶望的である。エイスが歯が立たない相手に、この面子で勝つのは無理である。
「正直、今までで一番やばいと思ってるぞ。弱点とか教えてくれない?」
「面白い人ですね。でもごめんなさい、私に弱点はありません」
残念ながら弱点はないらしい。あったとしても教えてくれないだろうが。
勇者ゴブリンパーティーがそれぞれ武器を構えて、魔王を囲むと一気に襲い掛かる。
だが――。
「いい連携ですね。ですが遅い」
四方から飛び出したゴブリンたちは、魔王に近づくことすらできず全滅した。
どうやら斬られたようで、全員床に血を流している。
魔王はゆっくりと俺達に近づいてきて、ライラが槌を構えて威嚇する。
「これで残りはお二人ですね。降参しませんか?」
「嫌だと言ったら?」
俺にはまだ逆転の目がある。ヴェルディという切り札も。
まだ負けたと考えるには早すぎるのだ。
そんな俺の言葉に呆れたように、魔王は残念そうに呟いた。
「なら……貴方のダンジョンコア、壊してしまいますよ?」
『我が主よ、ダンジョンに大量の敵が攻めてきた』
魔王の言葉と共に、ヴェルディからの報告がやってきた。
そういうことか。魔王城の兵士が誰もいないわけだ。
全員で俺達のダンジョンに攻めていたから、もぬけの殻になっていたと。
俺達のダンジョンに残っているのはツバだけだ。つまり――。
「もう一度言いますよ。降参しませんか?」
魔王が勝ち誇ったように、俺に微笑みかけてきた。
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