第33話 脅しの剣


 魔王を弱体化させるために、俺達は3つの策を用意することになった。


 1つ目は不死魔術を消す。2つ目はヴェルディ抜きでの戦力強化。


 そして3つ目は23時59分50秒にヴェルディを呼び出すこと。


 つまり日付が変わる瞬間に戦うことで、ヴェルディの戦闘時間を20秒にする。


 このうち3つ目は時間を合わせるだけだが、1つ目と2つ目が問題だ。


 この二つの策を同時に進めるのが難しいのである。戦力補強はライラのゴーレムや装備作成で補いたい。


 だが不死魔術を消すのも、エイスによると伝説級の性能の魔剣が必要と言う。


 そんな魔剣などライラにしか作れない。


 つまりライラの腕が足りないのである。


 俺はモニュメントと化しているヴェルディに背を預けている。


「魔物を召喚したら強化にならないか?」

『半端な魔物が出ても足手まといじゃ。儂が喰らって魔力の足しにするか? 0.1秒くらいは活動時間が延びるやもしれん』

「そんな悪魔みたいなことは勘弁」


 食われるためとか召喚した魔物が不憫すぎる。


 食用の牛とかも同じかもしれないが、魔物は言葉が喋れるやつもいるもんなぁ……。


 そもそもライラの手が足りないのは、ダンジョンが始まってから常に発生している問題だ。


 ダンジョン外に作る建物など、ライラ以外でも作れる物は普通の大工――タコマに頼むなど対策しようとしてきた。


 だが今回の2つは両方ともライラにしかできない。


 ダメ元で伝説の魔剣やゴーレムを造れる鍛冶師の心当たりを皆に聞いたところ。


「……いるなら私は何十年も探してない」


 とエイスが呟き。


「伝説と語り継がれる物を作る鍛冶師などいるわけがない。そも普通の魔剣ですら、今の人では作れぬ」


 マサムネがため息をついた。


 どうやらこの世界の住人には全くもって期待できないようだ。


 俺は二人からバカにされたような視線で見られてしまう。


 くそぅ。誰か一人くらいいろよ、伝説の鍛冶師ぃ!


「……スグル、ライラのところへ行って」


 エイスが俺の服のすそを引っ張ってくる。


 ライラは工房で鍛冶に集中している。もちろんだが俺は鍛冶などできないので手伝いは無理。


「俺が行っても邪魔になるだけだろ」

「……スグルにもできることがある。ライラの作業が早くなるはず」


 俺にできること? ライラの手伝いは無理だ。


 もしかして応援の言葉をかけろとか、差し入れを持っていけということだろうか。


 確かにそれくらいなら俺でもできると、ライラの工房へと向かった。そして俺の考えが甘いことを知った。


「……ライラ、早く剣を造らないとスグルの命はない」

「は?」

「ええっ!? ご主人様!? エイスさん!?」


 工房についた直後に俺は布団で簀巻きにされ、エイスに首元に剣を突きつけられている。


 ついでにご丁寧に身体を足で踏まれる。なにこれひどくね?


 ライラは作業を完全に止めて俺を見ている。むしろ邪魔してるだろこれ!


「……早く造らないとスグルの命はない」

「は、早くってどれくらいですか!?」

「……早く」


 か、回答になっていない。そもそもエイスが俺を斬るはずが……いや待て、出会った瞬間から辻斬りしてきたな!?


 とはいえあれは知り合いでなかった時だ。今ならばそんなことはしてこない……はず。


「だ、大丈夫だライラ。エイスの冗談に決まって」

「……大丈夫。斬った後はヴェルディに治してもらう」


 エイスは無表情のまま俺に親指を突き立てる。

 

 そうだった。この娘、生き返るからと訓練でゴブリンの四肢を切断していた。


 つまり……俺に対しても同じことやるな!? 首をかけてもいい!


 身の危機を感じて簀巻きから抜け出そうとするが、芋虫のようにもぞもぞと動くだけである。


 めちゃくちゃキツク紐で結ばれているみたいでビクともしない。


「ライラ! 頼む、早くしてくれ! 俺の五体が満足なうちに!?」

「ご、ご主人様!? お、お任せください! このライラ、ご主人様のためならば!」


 そう叫んでからのライラの作業速度は圧巻だった。


 先ほどの二倍くらいの速さでの作業が行われているように見える。


 恐ろしい速度で巨大な槌が振るわれ、金属が餅のように叩き潰されていく。


 俺はそれを簀巻きにされた状態でずっと観察していた。


 ライラが俺のために、自らの限界を超えて作業してくれているのだ。


 エイスもそれがわかっているのだろう。何度も小さく頷いて、ライラの動きを眺めている。


「……腕が疲れてきた。一度切り落としていい?」

「ライラァ!? 頼む!? 一秒でも早く!?」

「は、はいぃぃ!」


 更にライラの作業速度が上がった。


 ここまで無理をさせる意味があるのか? という疑念が湧いてくる。


 仮に早くできたとしても失敗したら意味がない。


 俺をずっと足蹴にしているエイスを何とか上目で睨む。


「なあエイス。あそこまでライラを急がせてもメリットが……それに可哀そうだろ。俺も含めて」

「……大丈夫。後でライラにはスグルを好き放題していいって言うから。私が斬った後に譲り渡す」

「お前は俺に二度死ねと!?」


 ライラはまったく力加減ができない。


 俺が解放されてライラに渡されたとしよう。彼女は俺に抱き着いてくるだろう。


 そこで俺はミンチになって死ぬ。間違いなく死ぬ。断固として死ぬ。


 すでにそのシチュエーションは経験済みだ! いかん! これは何とかして逃げねば……!


「エイス、交渉しよう。アイスをやる」

「……今の私には、魔王の命より必要な物はない」


 そう呟いた彼女の目は爛々と輝いていて、俺は交渉の余地なしと判断した。


 切り札を使う時が来たようだな!


 俺は天ならぬ洞窟の天井に向けて叫ぶ。


「ヴェルディ! 俺を助けろー!」

『断る。自分で何とかせい』

「……すでに買収済み」


 俺の心からの救いの叫びに応えたのは、ヴェルディからの無慈悲な宣告であった。


 ……バカな!? 最強無敵の切り札が通用しない!?


 てかヴェルディ!? お前どうやって買収されてんの!?


 俺はここにはいないヴェルディをの代わりに天井を睨んだ。


「ヴェルディ!? お前、俺の味方だろ!?」

『無論じゃ。我はいつでもお主の味方じゃ』

「なら助けろ!」

『主よ、ここは我慢じゃ。そうすればお主にも好ましい結果がもたらされる』


 俺の遠吠えに対して、ヴェルディは爺様のような達観した声。


 悟った。今のヴェルディは味方ではない、と。


 もはや剣が完成しなければいい。そう思い始めたのを裏切るように、ライラが一本の剣を抱えて俺達のそばにやって来た。


「で、できました! これでご主人様を開放してもらえますね!?」

「……もちろん」


 エイスは剣を受け取ると、俺を簀巻きにしている紐を切断した。


 俺は布団から解放される、されてしまった。


「ご、ご主人様! ご無事ですか!? ライラは頑張りました!」


 ライラが俺を抱く姿勢で抱きかかって来た。


 俺はそれがスローモーションのようにゆっくりと見えていた。そして彼女に胸に包まれて……


「エイス、助け……」

「……いい剣。これなら私の呪いも斬れる。名は……脅しの剣?」


 そんなエイスの呟きを最後に俺の意識は消えた。

 次に目覚めるとライラが土下座を受けた。もう仕方がないので全部許すことにした。

 元々悪いのはエイスである。この恨み、絶対晴らしてやるからなぁ!

 

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