第31話 鬼の迷宮③
鬼の迷宮の玉座の間の主――赤いオーガは俺達の前に倒れていた。
その首は身体と別れを告げている。エイスが秒殺したからである。
「ば、ばかな……」
首だけになったオーガが小さな声で呟く。まだ生きているとは恐ろしい生命力だ。
「……弱い。ゴブリンたちと戦っている奴のほうがはるかに強い」
「そりゃそうだろうなぁ……だがまだ勝負はこれからだぜ!」
オーガの首なし胴体が立ち上がり、俺達へと襲い掛かってきた。
しかも俺達がやってきた方角から、同じく首なしの身体たちが襲い掛かってくるのが見えた。
うわきもっ! いつの間にここは鬼の迷宮からゾンビ迷宮になったんだ!?
「オーガの生命力を舐めるなよ! 首を斬られただけじゃ死なねぇなぁ!」
「ライラ! なんか聖水的なやつはないか!?」
「あ、ありません!」
「俺達はアンデッドじゃねぇよ!」
首なしの身体で動くとかどう見てもゾンビだろうが!
俺達のパーティは鍛冶師に剣士に俺。明らかにアンデッド系を倒すのに向いてない。
シスターとか魔法使いの領分だろこれ!
この状況はまずい。ゴブリンたちがマサムネを抑えている間に、鬼の迷宮主を倒す必要があるというのに。
「くそっ! ゴブリンたちの状況は……」
空中に映るモニターを確認すると、マサムネと勇者ゴブリンが剣で打ち合っているのが見えた。
先ほどとは違っていい勝負をしているように見える。
その様子を見ているとエイスが鞘に手をかけて前に出る。
「……私に任せて」
「おおっ! なんかあるのか! 邪気退散剣とか、聖なる剣とか!」
「……そんなの不要」
エイスがぼそりと呟いて、ゾンビの群れへと突っ込んでいった。
それと共にゾンビたちの手足が落とされ、本当の意味で胴体だけとなった死体が大量生産されていく。
そこらに散乱した手足や胴体はビチビチと動くが、打ち上げられた魚のようにその場で跳ねるのが関の山のようだ。
「……下位のアンデッドなら、手足を斬ればいいだけ」
「おお!」
「だから俺らはアンデッドじゃねぇよ!」
エイスが向かってくるゾンビたちを次々捌いていく。
それを見て劣勢と感じたのか、鬼の迷宮主改めゾンビの迷宮主は俺に襲い掛かる。
「あの化け物は部下に手いっぱい……てめぇを殺せば俺の勝ちだ!」
エイス……ゾンビに化け物扱いされるとは不憫な……。そう思いながら襲い掛かるこん棒を剣で受け止める。
だが神龍装備を以てしても腕力に差があるらしく、徐々に押し込まれていく。
それを見たオーガは下品な笑い声を出した。
「てめぇは大したことねぇな!」
「俺は頭脳担当なんだよ! 脳筋に力で負けても全く悔しくないんでな!」
「なんだと!? 誰が脳筋だてめぇ!」
「お前だよ! 首がないんだから正真正銘に脳筋だろうが! 筋肉だけで動きやがって!」
敵の首なしオーガとつばぜり合いをしながら叫ぶ。
首のない敵と切り結ぶのこえぇ……。だが奴は挑発している俺にしか注意を向けられていない。
それはすなわち、うちの脳筋を完全放置している。
「やあああぁ! 《雷槌》!」
「なにぃ!? 小娘がいつの間に!?」
「えっ、ちょっ、俺もいる……」
ライラが首なしオーガの背後から、槌を全力で振り下ろす。
本気を出せば山をも砕くほどの力、それを全力で情け無用に。そうなると当然のことではあるが、恐ろしいほどの衝撃が周囲に生まれるわけで……。
オーガを押しつぶしつつ、地面に叩きつけられた槌の一撃。
その衝撃波で発生した土埃と共に俺は吹き飛ばされ、壁に勢いよく叩きつけられた。
めっちゃ痛い……骨折れたんじゃないだろうかこれ!?
「ご主人様! 申し訳ありません!」
ライラがこちらに走ってきて土下座してきた。
彼女に俺はこんな指示を出していた。《隙を作るからオーガを潰せ》と。
力加減しろと命じておけばよかった……。
「お、起きてしまったものはしかたない。それより敵のオーガはどうなった?」
「あ、あれです」
ライラの指し示す先には、一枚の巨大な焦げたハムっぽいものがあった。
なるほど。プレスされて雷で焼かれてハムになったらしい……あまり想像して気持ちいい光景ではないな。
「ところでエイスは……」
「…………ここにいる」
ライラの横に現れたエイスだが不機嫌そうな表情をしている。
よく見ると服がかなりボロボロになっていた。
埃だらけで一部は破れてもいる。もし身体が女性的なら少し煽情的な姿になっていただろう。
少女体型でなければなぁ。
「……衝撃を殺しきれなかった。こんな狭いところで使う力じゃない」
「ごもっともで。まあ勝てたからいいとしよう! ところでゴブリンたちはどうなっている!?」
エイスの視線がすごく冷たいので話を変えることにした。
ゴブリンたちのことも気になっているのは事実だし。あの衝撃でもモニターは生き残っていたようで、ゴブリンの様子を映し続けている。
そこには――勇者ゴブリンとマサムネたち。そして4匹の人ほどの大きさのゴブリンたちがいた。
4匹のゴブリンたちは進化した残りのゴブリンたちだろう。
彼らもまた神龍装備の形が変わっていた。片手剣が巨大な剣になっていたり、魔術師のローブっぽくなっていたり。
しかしマサムネは何で消えていないんだ。迷宮主を倒したら配下の魔物も消えるとか聞いたような気がするが……。
「ヴェルディ! 俺達をゴブリンたちの元へ!」
『いいじゃろう』
ヴェルディの転移魔術が発動し、周囲の景色がねじ曲がってモニターに映っていた風景に姿を変えた。
そこではゴブリンたちとマサムネが相対している。
だが――マサムネは地に片膝をつけている。ゴブリンたちが奴を圧倒しているのだ。
奴はゴブリンたち、そして俺を見た後に軽く笑みを浮かべた。
「見事だ。まさかお前たちが私の探していた鬼たちとはな」
「俺達を探していた?」
「左様。私は世界の鬼を救う者――勇者を探していた。私が鬼の迷宮に滞在していたのも、そこならば勇者が生まれると踏んでいたからだ」
全くの見当違いだったがな、とマサムネは自嘲した。
どうやらマサムネは外の魔物らしい。言うならばエイスと同じ外からの助っ人か。
「鬼の勇者ね……それを見つけてどうするつもりなんだ?」
「この世界を救ってもらうのだ。魔王を倒すことで」
マサムネは俺を、そして勇者ゴブリンを強くにらみつけた。
そこには強い意志を感じさせられる。少なくとも嘘をついているようには見えない。
勇者ゴブリンもそう感じたようで、構えていた剣を鞘へと戻した。
「マサムネ、あなたの言うことは俺にもわかる。何故か心が感じているんだ、世界を救わねばと」
「それが勇者の役割だからだ。何故あなたが勇者になったかはわからない。だが勇者は鬼の世界を救う者だ」
俺が手塩にかけて育てたゴブリンが、勇者になるなんて……思わず涙腺が緩むじゃねぇか。
あれだけ必死に頑張ってきたもんな! 毎日首を斬り飛ばされ、手足を斬り飛ばされ……それでも必死に修練してきたんだ。勇者になる資格だってあるに決まっている!
「うちのゴブリンたちはすごいからな! 毎日死にながら修行を積んで! 大量の肉を無理やり食って! それでこの力を得たんだ!」
「……愛情をもって育てられたのは分かる。だが毎日死にながらとはどういうことだ?」
俺の言葉に首をかしげるマサムネ。
蘇生陣の上でずっと稽古をつけてきたと言うと。
「……凄まじいな」
ドン引きしながら頷いていた。うん、俺も正直やりすぎだと思ってたよ。
「小鬼が勇者になるとは今も信じられぬ。だがそれは貴方のおかげだな、礼を言おう」
そう言ってマサムネは俺に対して、地に膝をつけたまま頭を下げた。
オーガの文化は分からぬが決して軽い礼ではないだろう。
「俺は全く何もしていないんだが……」
「いや。このゴブリンたち自身の努力は間違いない。だが凄まじく恵まれた環境であった、だからこそ勇者になれたのだ。小鬼に愛情を注ぐなど同族たる我らですら信じがたい」
そういえばゴブリンは使い捨ての魔物で、愛情など与える価値がないのが常識と聞いたな。
俺はそれはちょっとと思ったので、飯とか与えてはいた。
大事に育てたかと言われると口が裂けても言えないが。
「ところで俺達も魔王を倒したいんだ。さっき勇者ゴブリンが魔王を倒すって言ったよな?」
「ああ。正確に言うならば、魔王を倒すカギになるということだが」
俺達もいずれ魔王と敵対するのは確定していると聞いている。
ヴェルディの力が強すぎて、魔王が放置するわけがないと。
ならばマサムネの言葉は他人事ではない。奴の言葉を聞いてみることにした。
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