第30話 鬼の迷宮②
ヴェルディは遠見の魔術で、ダンジョン内部の様子を見ている。
神龍が最奥に鎮座する迷宮で、一体の鬼――マサムネがゆっくりと歩を進めていた。
それの進みを防ぐように、武装した五体のゴブリンが立ちふさがる。
「虫の迷宮で相まみえたゴブリンか。悪いことは言わぬ、ひくがいい」
「ゴブゥ!」
言葉に逆らうようにゴブリンたちは剣を構える。
マサムネは一息吐いてから、腰の鞘から通常よりもやや大きい剣を引き抜いた。
「ゴブリンにしては力がある、だが私には及ばぬ。無益な殺生は好まぬ、死ぬ前に去れ」
あれはゴブリンどもでは勝てぬじゃろうな。
奴らは確かにゴブリン離れした力を持っている。じゃがマサムネとやらには及ぶまい。
勝てはせぬ、だが無視されるほど弱くはない。
時間を稼ぐことに徹せばそれなりのことはできる。そしてゴブリンたちもそれを理解している。
我が動けば確実に勝てるが……切り札を安易に使うのはよくない。
マサムネがゴブリンたちに対して剣を横なぎに振るう。
ゴブリンたちは全員で剣を構えてそれを受け止めた。
ゴブリン5体とマサムネの腕力は拮抗しているようだ。つまり1体ずつでは受け止められない。
「やはり小鬼とは思えぬな。だが」
マサムネはゴブリンの1体に狙いを定めて剣を振るった。
そのゴブリンは剣で防御こそしたが勢いよく吹き飛ばされて、壁へと叩きつけられ口から血を吐いた。
神龍装備と言えども衝撃を完全に吸収することは難しい。
時間稼ぎとはいえあまり長くは持たないじゃろうな。少しばかり主を急かすとするか。
そう考えて念話を飛ばそうとすると。
「「「「「ゴブゥ!」」」」」
ゴブリンたちがそれを制止するように叫んだ。
ふむ。まだ自分たちはやれると言いたいようだ。
彼奴らの気持ちも多少はわかる。我が主は自覚なしにゴブリンたちを弱者と扱っている。
童のように危険から遠ざけて、決して無理はさせない。
確かに愛着を持って扱っている。確かにゴブリンとは思えないほど大事にしている。
だが――決して信頼していない。それを彼奴らは快く思っていない。
ただ庇護されるだけの存在など嫌だと。それゆえに毎日死んで訓練している。
自分たちは愛玩動物ではなくて、ダンジョンの戦力たる魔物であることを示すために。
その志は強者たる我にすら少しは理解できる。
主を急かすのはやめじゃ。その代わりにお主らの戦いを見せることにしよう。
ーーーーー
俺達は鬼の迷宮を攻略すべく、寝ているオーガの首を狩りつつ奥へ進んでいる。
するとヴェルディから念話が届いた。
『ゴブリンたちの戦いの映像を送る』
その言葉と共に空中にスクリーンが表示され、ゴブリンたちとマサムネが戦っている様子が映された。
いや、戦いと言えるほど力は拮抗していない。マサムネに蹂躙され、それでもなお立ち上がるゴブリンたちの姿が映されていた。
神龍装備こそ傷一つないが、彼らの生身の身体はボロボロだ。
血も出しているし腕が動いていないゴブリンもいる。
「やっぱり戦いにならないか……これでも本当に手を貸さないのか!?」
俺はエイスに怒鳴りつけた。
確かに勝負がつくまで手を出さないようには言われている。
だがこんなボロボロになってまで放置というのは……だがエイスは首を横に振った。
「……まだ勝負はついてない」
彼女は有無を言わさぬとばかりに俺をにらみつけてくる。
《獅子は我が子を千尋の谷に落とす》とは言うがなぁ……。
「……それに勝負はここから。私たちも先に進む」
そう呟いてエイスは先へと走り出す。
仕方なくついていくと空中モニターもついてきた。どうやら戦闘状況は見続けられるらしい。
映像の常用だが、ゴブリンたちは一匹を除いて力尽きて倒れている。全員生きてはいるようだが……それに残りの一匹も剣を杖にして何とか立てている状態。
「小鬼の身で見事」
マサムネは剣を鞘に戻すと、ゴブリンを無視して立ち去ろうとする。
ゴブリンはそれを邪魔するように剣を振るった。だが立っているのもやっとな者がまともに剣を振れるはずもない。
力ない剣はマサムネの片手で受け止められた。
奴は受け止めた剣とゴブリンを見つめた後。
「……礼を失したな。其方は小鬼ではなく武人だ。ならば首を屠ろう」
マサムネは納めた剣を再び抜き、ゴブリンの首元につきつけて目をつむる。
そして僅かばかりの時間が経った後。
「さらばだ、名もなき小鬼たちよ。あるいは其方らが育てば、私の求める者になったやも知れぬ」
そう言い残してマサムネは剣でゴブリンの首を落とそうとした。
その瞬間、ゴブリンの身体が光り輝いて剣を、いやマサムネを弾き飛ばした。
奴は少し離れたところで姿勢を整えると。
「進化か。だがホブゴブリンになっても私との差は……」
あの光は以前に見たことがある。スライムがツバになった時と同じだ。
つまり進化である。ゴブリンたちは未だに進化していないのがおかしいとまで言われていた。
ならばこのタイミングで進化するのはあり得る。
ゴブリンの進化はホブゴブリンと聞いている。ゴブリンと見た目は変わらぬが、体躯が1.5倍ほどになりそれに応じて力なども上がると。
ならばマサムネにも対抗できるのではないだろうか。
そう思っていたのだが……。
「……何?」
光が消えた時、ゴブリンの姿は平均的な人と同じサイズになっていた。
ホブゴブリンならば精々が人の胸程度までの大きさのはずだ。
話に聞いていたよりもかなり身長が高い。それに……何より違和感があるのは装備だ。
神龍装備の形が変わっている。いやそれどころか、存在しなかった盾まで握っていた。
マサムネは即座に剣を構えている。先ほどまでとは違い、強敵を相手にしたかのような真剣な表情だ。
「其方、何者だ?」
投げかけられた言葉にゴブリンは口を開く。
「俺は『勇者』だ」
勇者と名乗ったゴブリンは剣と盾を構えた。それは威風堂々としていて、以前のゴブリンとは比べるのもおこがましいほどの力を感じる。
どうなってるのかはわからない。だがこれだけは言える。
勝機が生まれたのだ。
「……その名乗り。見極めさせていただく」
マサムネは両手で剣を構えて大きく息を吸うと、一気呵成に何度も斬撃を繰り出す。
先ほどまでのゴブリンなら一撃すら止められない攻撃が、幾重に襲い掛かってくる。
それを勇者ゴブリンは盾と剣を使って全て防いだ。
「ま、まじか! すげぇ! 勇者ゴブリンすげぇ!」
思わず叫んでしまった。血のにじむような努力をしていたゴブリンが、とうとう報われたのだ。
俺としてもものすごくうれしい。
「……応援はいい。でもこちらも迷宮主の前」
「えっ?」
エイスに言われて映像から目を離すとどこかの部屋にいた。
玉座のような椅子があり、紅い色をしたオーガが座っている。
映像に夢中になっている間に、迷宮主のところにたどり着いていたようだ。
「来やがったか! てめぇ! よくも俺達に酒なんぞ寄越しやがったな! うまかったじゃねぇかこの野郎!」
「けなしてるのかお礼言ってるのかどっちだよ」
玉座に座ったオーガは俺達に対して叫んでいる。
その足元には空の酒樽が転がっていた。樽の数はちょうどクレイマンに渡した数なので全て飲み干したようだ。
「どうすればいいか迷ってるんだよ! こんなうめぇ酒飲んだことねぇが、そのせいで俺の配下は全滅だ! くそぉ! どうしてこうなった!」
「俺もわからん」
俺としても完全に予想外なのである。
二日酔いになって少しでも弱体化してくれたら程度だったのに。
オーガはしばらく頭をかかえていたが、意を決したのか立ち上がる。
玉座の横に置いていた巨大なこん棒を持ち上げて床へと叩きつける。
轟音と共に石の床が砕けて破片が飛び散った。
「なったものはしかたねぇ! てめぇを殺して酒を奪う!」
「仇をとるとかじゃなくて酒かよ!」
「俺達に仇なんて言葉はねぇんだよ! やられた奴が悪い! 強い奴が正しい!」
オーガは猛烈な勢いで突進してくる。
ゴブリンたちの状況も気になるが……まずはこいつを何とかしなければ!
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