第29話 鬼の迷宮①


 植物の迷宮主を倒し、急いで俺達は自分の迷宮へと戻った。


 ちなみに迷宮主の死体――大木は置いてきた。持って帰る時間もないし、でかすぎて帰りの門に入るわけもない。


 ライラが後で取りに来る気マンマンのようだが。

 

 自分の迷宮に戻るとものすごく静かであった。


 てっきり鬼の迷宮からの猛攻を受け、騒がしいものと思っていたのだが……。


『まだ敵は攻めて来ていないな。主の酒振る舞いの策がうまくいったのでは?』


 ヴェルディから拍子抜けする言葉が呟かれた。


 酒振る舞いの策は、二重スパイのクレイマンに大量の酒樽を持ち運ばせただけである。


 DPで購入した俺の世界の酒――なんの銘柄かは忘れたが焼酎を。


 あわよくば鬼と言えば酒が好きだろう。あわよくば二日酔いでもなってくれないか程度の策だったのだが……。


「まさかうまくいくとは……鬼ってバカなのか?」

『大した力も持ってないが、頭はもっと弱いことで有名じゃな』

「……魔物として見るなら、人に少し劣るくらいの知能は厄介」


 エイスの言葉に納得する。

 

 人として見るならバカでも、魔物がその知能を持っているのは驚異だ。

 

 現実世界でもゴリラとかが人と同じ知能なら、すごく恐ろしい生物だったろう。


 もし鬼の迷宮が絶賛へべれけ状態ならば、今の間に攻め込めばいいのではないだろうか。


 決してこれは卑怯などはない。古来より化け物は酒で酔わせて倒すものだ。


 ヤマタノオロチとかもそうだし。


「エイスとライラ。連戦になるがすぐに鬼の迷宮を攻めたい。行けるか?」

「……ん」

「はい! お任せください!」


 返事に力があるので大丈夫そうだ。


 だが疲れているのは間違いないな……何かあっても困るしツバも連れていくか。


 どうせ敵がへべれけ状態なら攻めてこないし、さっさと仕掛けたほうが得策だ。


「ツバも来い。ゴブリンたちはここの防衛を頼む、まあ攻めてこないとは思うが」


 俺の言葉にツバが首を縦に振り、ゴブリンたちが元気よく返事をする。


 それを確認すると門を出現させて、鬼の迷宮へと乗り込んだ。


 鬼の迷宮はどうやら遺跡を迷宮として使っているようだ。


 ようやく迷宮っぽいダンジョンが来たな。


「よし、すでに敵陣だ。みんな注意しろ、どこに敵がいるかわからないからな!」

「……その言葉そのまま返す」


 俺が警戒をうながすと、エイスからの冷めた視線が突き刺さる。


 ……何か嫌がるようなことしたっけ。


「エイス? 俺、何か怒るようなことした?」

「……そうじゃない、足元」

「足元?」


 エイスに言われて自分の足元を見ると……倒れているオーガの背中を足蹴にしていた。


「うおぉぉぉぉ!?!?」


 思わず飛び上がって距離をとったが、オーガは酒瓶を抱えたまま気持ちよさそうに寝たままだ。


 起きる気配がまったくない。


 あまりに起きないので、剣を鞘から抜いて首に振り下ろす。


 一切目覚めないまま、オーガの首は胴体から別れを告げた。


「あー、ビビった。足蹴にされても起きないのか……」

「……オーガからすれば小石が乗ったようなもの」


 わりと思いっきり踏んでたんだけどな。


 ここまで鈍感なら今後も戦闘にならずに暗殺できそうだ。


「よし! オーガを見つけたら起きる前に殺していくぞ!」

「……卑劣千万。鬼畜の極み」

「主様……ライラは主様が外道畜生に落ちてもお供します!」

「そこまで言うか!? 俺は味方の犠牲が減らない手段をとってるだけだぞ!」


 損害なく敵に甚大な被害を与えるのが策士である。


 そう俺は軍師的な感じで活躍しているのである。……まあ完全に計算外というか、戦争の日にへべれけ状態になるとは思わなかったけど。


「いさ前進! いいか、敵を見つけたら起こさず殺れ」

「……」


 エイスから吹雪のように冷たい視線が向けられるが無視。

 

 遺跡の奥に進んでいくと、ちょくちょくいびきをかいて寝ているオーガたちがいた。


 全員残さず寝首をかいておいた。


 そしてさらにしばらく進んでいると……ヴェルディから念話がつながった。


『我が主よ、敵が攻めてきたぞ』

「何? へべれけ状態なのにか? 何体だ?」

『一体じゃ。ほれあのなんじゃっけ、マツタケ? とかいうやつ』

「マサムネだろそれ! てか何で!? あいつ酔っぱらってないのか!?」


 完全に計算外である。


 だっておかしいだろ。酒で酔わせる作戦がバレているなら、オーガは全員へべれけになどなっていない。


 バレなかったから簡単に寝首をかけているのだ。


 なのになぜマサムネだけが……敵の作戦か!? 俺達を完全に油断させて、敵の最大戦力を突撃させる。


 だとしたら完全に騙された! 今の迷宮にはヴェルディとゴブリンしかいない。


 調子に乗ってツバまで連れてきたのは失敗だった……!


「ヴェルディ! マサムネを殺せるか!?」

『無論じゃ。だがその前に……ゴブリンたちがすでに迎撃に向かったぞ』


 以前に出会った時、マサムネはかなり強そうだった。


 ゴブリンたちの強さはゴブリン離れしている上に、神龍装備であるので決して弱くない。


 だが倒せるほどの力を持っているのかは怪しい。


 師匠であるエイスに視線を向けると、彼女は首を横に振った。


「……無理。勝ち目はない」

「エイスが言うなら無理だな。ヴェルディ、お前がマサムネを倒して……」

『それは無理な相談じゃな』


 ……ヴェルディは何を言ってるのだろうか。


 仮にも神龍でどんな敵でも秒殺を豪語しているのに。


 マサムネはそこまで化け物じみた強さなのだろうか。


『ゴブリンどもに言われたのじゃ。マツタケ? とかいう奴との戦いには手出し無用と』

「はあ!? 何言ってんだゴブリンたち!? そんな勝ち目のない戦いに挑ませる意味ないし無駄な……いっ!?」


 そんな興奮した俺の言葉を遮るように、エイスは俺の顔の前に剣を向けた。


 目を細めて怒った視線をぶつけてくる。


「……無駄じゃない。あの子たちを安全な戦いにだけ出すのは侮辱でしかない」

「ま、待てよ。勝ち目もないんだろ? ならヴェルディに倒させて……」

「……勝てなくてもやれることはある。それにそんな簡単に切り札を使ったら、敵がもう一計持っていたらそこで終わり」


 ……確かにエイスの言うことは一理ある。


 マサムネが敵の切り札ではあるだろうが、他にも攻める手を用意している可能性はある。


 ヴェルディは日に十秒しか動けないし、マサムネを倒せばほぼ時間を使い果たすだろう。


 敵に第二の矢があれば一気に俺達の敗北確率は上がる。


 だがゴブリンたちが時間を稼いでくれるなら、その間に俺達が鬼の迷宮を落としてしまえばいい。


 そうすれば敵が何手用意していてもこちらの勝ちだ。


「…………わかったよ。でも危なくなったら助けてやってくれ」

『ゴブリンどもが望めばな』


 別に問題はないか、死にかければ助けを求めるに決まっている。


 神龍装備だから即死とかはなさそうだし……まあそれならいいか。


 ゴブリンたちが頑張ってくれている間に、さっさとこの迷宮を攻略してしまおう。

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